第3話 事件の臭い
稲妻小僧の身柄の確保失敗から、俺は自分の家である神保町の骨董店に戻った。普段だったら帰りがけに一杯引っかけるんだが、そんな気分にもなれず、真っ直ぐに帰宅した。
裏の勝手口から中に這入る。
因みに表は細いながら路地に面していて、骨董品の陳列棚が並び、その奥に帳場と応接の空間があって、さらにその奥は厨や、西洋風にいうとリビングやダイニングみたいな場所になっている。二階は主に寝室と書斎、そして地下は俺の本業、探偵業のあらゆる物、事を備えた私的な空間として使用している。ま、俺様の秘密基地ってとこだな。
俺は稲妻小僧を取り逃がしたことと、邪魔に入った警官に腹を立て、帳場の椅子にドカンと腰を下ろした。
しっかしあったま来るぜぇ。
帳場の机の上に両足を投げ出し、グラスにブランデーを注いで一気に飲み干した。
稲妻小僧といい、あの新顔の優男警官といい、どちらも術を使ってるようには思えなかった。むしろあれは異能の力だったなぁ。
稲妻小僧は、文字通り稲妻の如く速く動ける異能。
などと真っ暗な天井を見上げながらぼんやり考えていると、誰かが階段を下りてくる音がした。
「あれ、帰ってたんすか?」
ランプ片手に現れたのは、骨董屋の二階に居候して働いている、店番兼探偵助手の
「ああ。悪ぃ、起こしちまったか」
「あれ、もしかして仕事しくじったんすか?」
「なんで⁉」
「師匠が優しいときは機嫌悪いときっすから」
え、そうなの? いや、俺そんなつもりなかったんだけど、そうだったの?
「お茶漬けでいいですか? 飯、冷たいのしかないんで」
俺が戸惑っているのも気にせず、春日は厨に這入って夜食の支度を始めた。
なんだよ、飯どころか俺に対する態度も冷めてるよ、冷たいよ。
まったく、ちょっと前までは「師匠師匠キャッキャ、キャッキャ」してたのに、最近はどうしたんかね、あれか? 思春期なのか?
しばらくして、春日が厨から夜食を持ってやってきた。
「はい、海苔の佃煮の茶漬けっす。って、それなんすか?」
「ああ? これか? 拾ったんだよな」
俺は指で摘まんで眺めていた指輪を春日に見せた。
金製で二匹の蛇が絡まり合い、目の部分に赤黒い石、恐らくオニキスが埋め込まれている。
「へぇ、良く見るといい感じっすねぇ」
春日が珍しく物欲しそうな目をした。
なんだ、指輪になんて興味あんのか? まったく色気付きやがって、可愛いねぇ。
「気に入ったか? だがやらねーよ」
「はぁ? 誰も欲しいなんていってないじゃないすか! だいたい拾ったんでしょ? ケチ臭いなぁ」
「バーカ。単なる指輪だったらやってもよかったけどな、これは特殊なもんなんだよ」
「どう特殊なんすか?」
春日は未だに不満そうにむくれ面をしている。
「これには、非常に強力な術が施してある。知らずに嵌めてたら、どうなるかわかったもんじゃねぇ」
さて、こんな代物があんな場所に偶然落ちている訳がない。もしかして、稲妻小僧の落としもんか?
なんだか事件の臭いがするなぁ。
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