第3話  事件の臭い

 稲妻小僧の身柄の確保失敗から、俺は自分の家である神保町の骨董店に戻った。普段だったら帰りがけに一杯引っかけるんだが、そんな気分にもなれず、真っ直ぐに帰宅した。

 裏の勝手口から中に這入る。

 因みに表は細いながら路地に面していて、骨董品の陳列棚が並び、その奥に帳場と応接の空間があって、さらにその奥は厨や、西洋風にいうとリビングやダイニングみたいな場所になっている。二階は主に寝室と書斎、そして地下は俺の本業、探偵業のあらゆる物、事を備えた私的な空間として使用している。ま、俺様の秘密基地ってとこだな。

 俺は稲妻小僧を取り逃がしたことと、邪魔に入った警官に腹を立て、帳場の椅子にドカンと腰を下ろした。


 しっかしあったま来るぜぇ。

 帳場の机の上に両足を投げ出し、グラスにブランデーを注いで一気に飲み干した。

 稲妻小僧といい、あの新顔の優男警官といい、どちらも術を使ってるようには思えなかった。むしろあれは異能の力だったなぁ。

 稲妻小僧は、文字通り稲妻の如く速く動ける異能。客人対応係マレビトたいおうがかり、いわゆる術者や異能者や魑魅魍魎の対応を専門とする部署の新顔優男警官の異能は、もしかして・・・。

 などと真っ暗な天井を見上げながらぼんやり考えていると、誰かが階段を下りてくる音がした。


「あれ、帰ってたんすか?」


 ランプ片手に現れたのは、骨董屋の二階に居候して働いている、店番兼探偵助手の児屋根春日こやねかすが十四歳(推定)だった。


「ああ。悪ぃ、起こしちまったか」

「あれ、もしかして仕事しくじったんすか?」

「なんで⁉」

「師匠が優しいときは機嫌悪いときっすから」


 え、そうなの? いや、俺そんなつもりなかったんだけど、そうだったの?


「お茶漬けでいいですか? 飯、冷たいのしかないんで」


 俺が戸惑っているのも気にせず、春日は厨に這入って夜食の支度を始めた。

 なんだよ、飯どころか俺に対する態度も冷めてるよ、冷たいよ。

 まったく、ちょっと前までは「師匠師匠キャッキャ、キャッキャ」してたのに、最近はどうしたんかね、あれか? 思春期なのか?


 しばらくして、春日が厨から夜食を持ってやってきた。

「はい、海苔の佃煮の茶漬けっす。って、それなんすか?」

「ああ? これか? 拾ったんだよな」


 俺は指で摘まんで眺めていた指輪を春日に見せた。

 金製で二匹の蛇が絡まり合い、目の部分に赤黒い石、恐らくオニキスが埋め込まれている。


「へぇ、良く見るといい感じっすねぇ」


 春日が珍しく物欲しそうな目をした。

 なんだ、指輪になんて興味あんのか? まったく色気付きやがって、可愛いねぇ。


「気に入ったか? だがやらねーよ」

「はぁ? 誰も欲しいなんていってないじゃないすか! だいたい拾ったんでしょ? ケチ臭いなぁ」

「バーカ。単なる指輪だったらやってもよかったけどな、これは特殊なもんなんだよ」

「どう特殊なんすか?」


 春日は未だに不満そうにむくれ面をしている。


「これには、非常に強力な術が施してある。知らずに嵌めてたら、どうなるかわかったもんじゃねぇ」


 さて、こんな代物があんな場所に偶然落ちている訳がない。もしかして、稲妻小僧の落としもんか?

 なんだか事件の臭いがするなぁ。

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