桜の運命

 それを表す最もたるエピソードがある。


 ある日の休み時間に廊下で数人の男子がふざけて遊んでいた。


 初めは鬼ごっこの要領でタッチして何かを擦り付け合うようなしょうもない遊びだった。


 しかし、それがだんだんと白熱して押し合いになった際に、そのうちの一人がたまたま通りがかった桜花ちゃんにぶつかった。


 避ける間もなく、ドンと大きな音を立てながら勢いよく壁に打ち付けられた彼女。


 その場に居た全員の顔が瞬時青ざめる中、当の本人は難なく体勢を立て直すと、表情一つ変えず、“何事もなかったかのように”その場を去って行った。


 そんなまさしく誰も眼中には入っていないかの振る舞いには、皆唖然とするしかなかった。


「ゴメン」


 ぶつかった男子生徒が慌てて彼女の背中を追いかける。


「マジゴメン! ほんとごめんって」

「……」


 でも、一切取り合ってもらえず、男子生徒はひたすら空中に向かって平謝りしていた。


 それはそれはなんかもう哀れに見えてくるくらい。


「何なんだよ! そんな怒ることねーじゃん。こんな謝ってんだからさぁ」


 至極プライドが傷付けられたようで、ついに男子生徒は怒り出した。


 一部始終を見ていた側としては、自分の否を棚に上げて逆ギレしたくなる彼の気持ちも分からなくない。


 むしろ、多分、前に和泉の言っていた“普通”の反応がこうなんだろう。


 僕も、昔の彼女を知らなかったらきっと皆と似たような気持ちを抱いていたかもしれない。


 でも、僕はそれが本来の姿じゃないことを知っているから。


 僕は、僕だけは何があっても桜花ちゃんのことを信じていたいし、出来るなら彼女が抱えているものを知りたいと思っている。


 それが僕が彼女にしてあげられる恩返しだと思うから。

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