閉じた蕾

桜花Side


「……はぁ」


 中庭の桜の木の前で私はため息をついた。


 あいつ、朝比奈獅子がうちの学校に転入してきてからと言うのも、私の日常は大きく変貌を遂げた。


「桜花ちゃ……楠木さん、おはよう」


 まず、毎日しつこく追いかけ回されて困っている。


 思わず登校拒否でもしたくなるくらいに。


「今日はいつもよりご機嫌斜めみたいですね」


 次に、何があってもめげない。


 どんなに冷たくあしらっても、酷い言葉を浴びせても、また次の日にはケロッとした態度で近寄ってくる。


 この男はドMなのではないだろうかと何度も疑ってしまう程だ。


 話しかけるなと強く撥ねつければ、一応はそれに従ってみせる。


 が、ちらちらと視線を寄こしては自分の存在をアピールしてくるので喋っても喋らなくても鬱陶しいことこの上ない。


 だからつい自分も反応してしまったりして。妙なループに陥ってしまうのだ。


「……ん」


 肌寒さですっかり縮こまった体を温めがてら、空に向かって背伸びをする。


 昼休みは大体いつも朝比奈が隣のクラスからわざわざ侵入してくる。


 だから、元々ないに等しかった教室の片隅の私の居場所も完全になくなり、すっかり中庭ここの常連になってしまったけれど。


 校舎の陰からみる薄青色の空もわりかし好きだと、ここに来るようになってから気付いた。


 まさに、日陰者の自分に相応しい居場所を示してくれるようで。


 肌にぴったりと馴染むようなしっとりとした空気をもっと味わいたくて、木の幹に背中を預けた。ひんやりとした冷たさも案外心地良い。


 呼応するように、背後で桜の木がさわさわと揺れる。


『……なんていうか、生きてるって感じがする』


 擦れ合う葉音に混じって、幻聴が聞こえた。


 あの時は、その言葉を聞いて本当に驚いた。


 桜の木に向かってそんなことを言う人がの他にもいたなんて。


 大きく伸びた影に吸い込まれるように、はらはらと薄桃色の花びらたちが落ちてゆく。


 それは地面に溶けて混じり合い、ほんの数秒で薄汚れてしまった。中には足跡のついたものもある。


 せっかく美しく生まれても、こうなってしまっては跡形もないだろうに。


ーーーだから桜は嫌いなんだ。だってまるで……

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