閉じた蕾

「……決めたんだ」

「?」

「あの時、ああすれば良かったとか、もっとこうしていたら……とか、そんな後悔を抱えて死ぬよりも辛いことはない。なら、まだこの命が続く限り、足掻けるだけ足掻いてみようって」


 死線なんて何度彷徨ったか分からない。三途の川を半分くらい渡りかけたこともある。


 良い思い出のないこの世に未練なんてない。


 だから、いっそのこと、生を手放してしまえば楽になれる。そう思っていた。


 なのに、どうしてか死にたくないと思った。


 どうしても、桜花ちゃんの表情が忘れられなかった。


 ぎだらけのがらくたの心臓からだを脱ぎ捨て、食べたい時に食べて外に出たい時に好きなだけ歩けて。自由に生きられるようになった。


 何も阻むものがない今、自分が傷つくのが怖いというだけで臆して足踏みするのは至極もったいないと思った。


「それに、皆楠木さんのこと無愛想でぼっちだって言うけど、僕の知る楠木さんはよく笑ってたし友達もそれなりに居たよ」

「マジ?」

「うん。笑わなくなったのにはきっと何か理由があるんだと思う」

「……想像つかねぇわ」


 うへぇと大袈裟に顔を顰めてみせる和泉。


 実際の所、僕もアンドロイドのような桜花ちゃんなんて想像つかなかったから彼の気持ちは分からなくもない。


「どうして今みたいになったのか分からないけど、ずっと誤解されたままじゃ可哀相かなって」

「良い奴かよ、お前」

「楠木さんにはまた笑っていて欲しいんだ。僕は昔、あの笑顔に救われたから」


 言い終えた時に、今まで自分の中で説明し難いもやもやとしていたものが、はっきりと形のある使命感に帯びていくのを感じた。


(もう一度あの笑顔が見たい)


 きっとその為に自分はここに居るんだ。


 話を聞き終わると、和泉はそっかと考え込むように黙った。


 和泉と言えば、学年でも目立つグループの中心にいる人物だ。


 体を張ってふざけるといったことはしないものの、日頃よく誰かを茶化しては周りを笑わせている。


 だから、ムードメーカーである和泉のそんな仕草はとても珍しい。


 和泉の返答を待っている内に、僕は次第に気まずさに駆られた。


 自分でも、随分と臭い台詞を吐いたような気がする。


 他人の自分語り……増してや同性おとこのノスタルジアを聞かされるのは、鬱陶しい以外の何者でもないだろう。


 とうとう込み上げて来る羞恥心に耐えきれず、適当に理由をつけてこの場を立ち去ろうとした時だ。

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