閉じた蕾

「あのさ、」


 気が付くと、僕はその瞳に吸い込まれるようにして彼女の前に立っていた。


「さっきはごめん」

「……」


 反応は一切無し。視線すら僕の方に動かされる気配もなく。


 まぁ、当然っちゃ当然か。さっき関わるなって言われたもんな。


「桜花ちゃん……」

「だから、名前で呼ぶなってば!」


 なんだか無性に悲しくなって思わず泣き言を漏らすと、遂に彼女が反応した。


「そんな怒鳴んなって〜。彼氏びびってんじゃん」

「は? 彼氏じゃないし」

「じゃあ、いったいどういう関係なんですか〜」


 彼女に絡む和泉の口角が上がっている。これ、絶対面白がってるでしょ。


「ほんと、うざいな! 今すぐ消えろ」

「ひー! 怖ッ」


 と口では怖がったようなことを言いつつも、完全に臨戦態勢に入る彼女を前にしても和泉は泰然としている。


「ねぇ、」


 そんな二人のやり取りを眺める自分の袖を誰かがくいっと引っ張った。


「無理に話しかけない方がいいよ? 楠木さん、基本的に誰とも喋んないから」

「……え?」

「業務連絡……っていうの? そういう時くらいしか話してくれないよ」

「そーそ! のぞみんの言うとおりだから。あいつめっちゃ感じ悪いし」


 親切心のつもりでわざわざ伝えてくれたんだろう。のぞみんと呼ばれた女子生徒の言葉に他のクラスメイト達も同調する。


「でも、昔はあんなんじゃなかったって……」

「あ、なんかそれ聞いたことあるかも! 事故でお兄さん亡くしたってやつでしょ? それから変わったって」

「え? それって……」


 ガタンと大きな音がした。


 音がした方向を見れば、桜花ちゃんが無言で椅子から立ち上がった所だった。眉間に皺を寄せた彼女はそのまま教室を出ていく。


「あ……」


 呆然とその姿を見送っていたら、


「楠木ってさ、なんかいっつも怒ってるよな」

「多分生理なんじゃね?」

「ちょっと、やだぁ」


 取り残された僕への励ましのつもりか。


 クラスの中でも、フレンドリーさとコミュニケーション能力の高そうな生徒たちがいつの間にか僕の周りを取り囲んでいた。


「気にすんなって。あんなん、いつものことだから」


 そして、彼らのその筆頭である和泉が慰めるように僕の背中を叩く。


「俺らみたいなのとは一緒に居たくないんだって」


 怒鳴りながら他人を拒絶する姿がいつものこと? 違う。そんなわけない。


 だって、僕の知っている彼女はーーー。


 程なくして、昼休み終了のチャイムがなった。それでも、彼女は戻ってこなかった。

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