其の五

「それで、あなたは何者なの」


公園のベンチに持たれて一息つく。隣の綾は意識がないままだが、男の声いわく、もう一度取り憑かれる心配はないそうだ。


けれど、その言葉を信じるかすら今の状況では決められない。もう一度、昨夜と同じ話題に踏み込めば、面倒げに声はため息をついた。


「それを教えてやってもいいけどな。先に俺に言うことあるだろ、君」


「あ、ごめん。綾を助けてくれて、ありがとうございます」


うながされて、私はまだ彼に礼をしていなかったことを思い出した。謝罪とともに感謝を伝えれば、気を悪くした様子もなく声が返す。


「かまわないさ。元々そのつもりだった話だからな。俺の力だけじゃ助けられないから、君の手を借りられて幸いだった」


「ううん。綾は私の友達だから。助けるのは当たり前」


そう伝えれば、そうか、と声は返した。そっけない返事だったが、どこか嬉しそうにも聞こえたのは気のせいだろうか。


「で、俺の素性が知りたいんだな、君は。話せば長いから簡潔に言うが、大体君たちの予想で正しい。まあ神様ってやつだ、俺は」


けれど、続いた言葉はそんな穏やかな気持ちを吹き飛ばすもので。半ば予想はしていたこととはいえ、思わず背筋を正してしまう。


「それは、綾の――」


「いや、悪いが守護神とかそんな良いものじゃない。確かに今は故あってあの子を護ってはいるが、本来の俺は広く浅くが信条だからな。一人だけをひいきしたりはしないさ」


「そう、なんだ」


その言葉に落胆しながらも、どこかで安心している自分がいる。頭では決して敵ではないと、悪い人ではないと理解しているのに、本能的な部分は彼を「恐れるべき相手」として認識して動かさないのだ。


「やっぱり、名前は教えてくれないんだね」


「悪いな。俺たちにとって、名前ってのは力の一部なんだ。名前を教えるって行動自体が、力を分け与える行いの一種だと言える。今はちょっとばかり力が足りなくてね。奴に盗み聞きされている可能性も考慮すると、名前は勘弁してほしいところだ」


「そうだったのね。軽率に聞いたりしてごめん」


そう謝れば、声は気を悪くした様子もなく返す。


「なに、気にするな。俺の説明不足だ。ま、安心したまえ。この件が落ち着くまではちゃんと護ってやるさ。ただ、こっちにも事情があってなあ。ただでというわけには……」


しばらく声は一人でぶつぶつと考えていたが、やがて何かを思いついたのか呟くのをやめた。


「よし、こうしよう。俺は君とあの子の両方を護る。その代わり、一つ条件を出させてほしい」


「条件?」


思わず身構えてしまうのは、今までの経験によるものか。人には見えないものと取引してはいけないと、私は経験上理解していた。


「そう警戒してくれるな。何も命だの魂だのをよこせと言いたいわけじゃない」


そんな私の心の内を読んだかのような言葉に、そんなに自分は分かりやすかったかと少し落胆する。それを知ってか知らずか、彼はそのまま「条件」とやらを口にした。


「簡単な話だ。俺が力を取り戻すのに協力してくれ。まあ、条件というかお願いだな、これは。このままじゃ、じきにあの子を護りきれなくなる」


一応うかがいの形式は取っているものの、私が拒否することを想定していない口調だ。断る理由もない気がする。怖くないといえば嘘になるが、今は恐怖にすくんでもいられない。


「分かった。協力する。その代わり、綾は絶対守ってよ」


「当たり前だ。まあ、見ててくれ。俺は、約束は違えない男だからな」


そう答える男の声はとても頼もしくて、私は知らず知らずに入っていた肩の力が抜けるのを感じていた。

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