第31話 それでも君は弱くない
「マジか……!」
まさか、ニアの対戦相手がこいつとは思わなかった。ニアも驚きを隠せない様子だ。
「……!」
「なんだ?ビビってんのか?」
ギルはまるでニアを挑発するかのような態度を取っている。
「ちょうどいい機会だ。俺は弱いやつが嫌いなんでな。ここできっちり実力の差ってヤツを教えてやるよ」
相変わらず強い言葉ばかりを使う。だがニアは、ギルの言葉に臆する様子はなく、むしろ戦いに向けて闘志を燃やしているような顔をしていた。
「私、弱くないもん……!」
「なら見せてもらおうじゃねえか。お前が弱くないって証拠をな」
※ ※ ※
ルールは試験の時と一緒で、先に相手に結界が解除されるほどの致命傷を与えた方の勝利。降参はアリらしい。
くじ引きを終えたクラスメイトたちは、修練所にある各結界へと散らばり、勝負を始めていた。
中には既に勝負を終えた者もいる。遠目に見ていただけなので詳しくは分からないが、グレースは無詠唱で秒で終わらせていたように見えた。
このテスト中、退屈そうな顔をしているのを何度か見かけたし、早く終わらせたかったのかもしれない。
「よし、じゃあ行くぜ」
戦闘開始の合図は、先生が風魔法で声を飛ばしてやってくれている。しかもクラスメイト全員分をだ。本当に周りを見る目がすごい。
そしておそらく、今しがたニアとギルにも合図が届いたのだろう。両者は手を構えて詠唱を開始した。距離を詰める様子は無いので、魔法戦が行われそうだ。
「バーニング・バレット!」
「……ウォーター・シールド!」
どちらも素早く詠唱を行ったが、ニアよりも若干ギルの方が早かったように思える。案の定、先にギルの炎の弾が10個ほど生成され、ニアの方に飛んでいった。
だがニアの方も詠唱が無事に完了したようで、水でできた盾がニアの前方を守るために現れた。
ギルの使用魔法は、やはり俺と同じ炎属性だった。だが、ギルが炎なら水属性使いのニアはまず魔法の撃ち合いで負けることはないだろう。なぜなら属性相性的に、水と炎では水属性の方が有利だからだ。
ニアはウォーター・シールドでギルのバーニング・バレットを受け切った。多少後手に回されている感はするが、カウンターすることを意識して戦っていけば、一気に有利な場面まで持っていけるはずだ。
が、そう思ったのも束の間、ギルはニアがシールドを張った瞬間にできた一瞬の隙を狙い、ぐんぐんと距離を詰めていった。
「しまっ……!」
魔法の出は悪くなかった。若干ギルの方が早かったとはいえ、いい詠唱だったと思う。
だが、一瞬詠唱や反応が遅れただけで勝敗が喫する。それが戦闘だ。
「バーニング・バレット!これで終わりだ!」
いつのまにかゼロ距離まで詰めてきていたギルに反応しきれず、バーニング・バレットをもろに顔に食らってしまい、結界は解除された。
ギルの勝ちだ。
「なんだ、やっぱり弱いじゃねえかよ。時間の無駄だったみたいだな」
思いの外、早く勝負が終わってしまった。他のクラスメイトたちの方を見てみると、実力が拮抗して盛り上がっている試合がいくつかあった。
ギルはニアに興味が無くなったのか、他の生徒の試合を見に行った。
まだまだテストは終わりそうにない。
結界が解除されて、ニアはその場に崩れ落ちた。思わず駆け寄ると、俯いた彼女の瞳から涙が溢れていることに気づいた。
「私、グレンくんに励まされたり誉められたりして、自分のこと強いんだって、勝手に強くなった気でいた。でも、違った……」
「ニア……」
「本気でやったけど呆気なく負けた。悔しいけど、私は弱くて、ギルくんの言ってることは正しかった。こんなんじゃ、私を信じて送り出してくれたパパとママに顔向けできない……自分を、信じられない」
自分の実力の無さに絶望する気持ちは俺にも分かる。誰かに期待されて背中を押してもらっても、結果を残せなければただ辛いだけだ。
「俺もさ、入学試験で緊張してたときに背中を押してもらったんだ。君なら大丈夫って」
「え……?」
「でも、結局その後負けて落ち込んだんだ。その時、自分って誰かの期待に応えられるような人間なのかなって思って、自分を信じられなくなった」
ニアは潤んだ目で俺を見つめている。その顔は、他人からの期待に応えられない自分に対して絶望している時の顔だった。
「でもその後、試験の対戦相手とか俺の師匠とかに誉められてさ、気づいたんだよ。今は自分のことが信じられなくてもいいって。でもそのかわり」
そうだ。自分なんて信じなくていいんだ。勝手に期待して、勝手に落ち込んでしまうのなら、今は自分のことなんて別に信じる必要なんてない。だからかわりに。
「自分を信じてくれた人たちを信じろ。そうしたらいつか、自分を信じられる日が来る」
「自分を信じてくれた人たちを……」
「あー……でも、最下位の奴にこんなこと言われてもそんなに説得力無いよな……」
「え、えっと……そうかも?」
「いやひどいな!でもまあ、そうだな。例えばニアを負かしたあいつに勝てば、ニアの強さを信じてる俺を信じられるようになるか?」
「か、勝てるの?ギルくんに……」
まだギルは近くにいる。勝負を仕掛けるなら今しかないだろう。
「まあ、見てろって」
不安そうな表情で俺を見つめるニアを尻目に、俺はギルのいる場所まで駆け出した。
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