第29話 怒り

「はあ、なんか手応え無いなあ……」



 先ほどニアに対して偉そうなことを言った俺だが、午後のテストでは、未だにこれだ!という結果を出せていなかった。



 そもそも、テストの内容が魔法の技術や魔力量そのものを求められるものが多いので、エンチャントしか使えない&魔力量が少ない俺に評価されるポイントが無いのだ。



「それに比べてニアは……」



 訓練所の壁に背を預け、俺はテスト中のニアの方に目を向けた。



 現在ニアは、動く的に魔法を当てるといった内容のテストを受けている。



 的は魔法を当てる度に速度が上がる。だがニアは、的の速度が速くなっても難なく水魔法を当てられている。凄まじいほどのコントロール力だ。思うように実力が出せていなかったのは本当だったみたいだ。



 まあ、俺の言葉で魔法に対して前向きになれたのならそれでいい。とりあえず今は、自分の事に集中しなければ。



「さっきは剣が軽すぎてなあ……」



 ニアのやってる的当てテスト、俺は魔力を飛ばせないので学園側から渡された剣にエンチャントして投げたのだが、なんせいつも使っているイグニス・ヴォルグとは重さが違い、投げる前に手が滑って剣が落ちてしまい、失格扱いになった。



「ど、どうだったかな?グレンくん……」



 気づけば、ニアがこちらまで駆け寄って声をかけてきた。声音も先ほどとは違って明るい。本人も手応えを感じているのだろう。



「めちゃくちゃ良いコントロールだったな。騎士団候補生の3人とも、いい勝負できるんじゃないか?」



 カレナ達3人は、相も変わらずテストで良い結果を出し続けていた。みんなクラスメイトたちに囲まれてて羨ましい。まあグレースは全てを突っぱねて1人でいることが多いが。


 


「そんなわけねえだろ?騎士団候補生もどきがよ」



「うわ」



 思わず「うわ」とか声に出てしまったが、この赤髪男がめちゃくちゃしつこい。俺がテストで結果を出せない度に現れてくる。  



 動く的当てテストも順調に進んでいき、次のテストの説明が迫っている。先生の合図がかかればこいつも離れていくので、適当に流してしまおう。



 すると、赤髪男はニアを見るなり下劣な笑みを浮かべてこう言った。



「お前は確か、最下位一歩手前のニアってやつだったよな?なんだよ、弱いもの同士つるんでてお似合いだな」


 


「おい!俺のこと悪く言うのは勝手だけど、ニアにまでそんなこと言ってんじゃねえよ……!」



「はっ、正義のヒーロー気取りか?騎士団候補生もどき!」



 さすがにこれ以上、こいつに好き勝手言わせるわけには行かない。せっかくニアが前向きにテストに取り組んでいるんだ。こんなやつに邪魔されるわけにはいかない。



「グレンくんのことを弱い弱いって見下してるけど、そういうあなたはどうなの……?」



「あ……?」



 意外なことに、ニアが反論した。ニアが試験を受けたときに文句を言ってきた相手はこいつと似たようなタイプだろうし、トラウマが蘇ってしまうのではないかと危惧していたのだが、杞憂だったようだ。



「見下した相手にしつこく付き纏ってるあなたの方が弱いんじゃないかって聞いてるんだよ……?」



「このクソ女……!」 



 そして、案外言葉が強い。ニアの言葉に赤髪男はガチギレ寸前だ。



 顔を合わせた時のオロオロした雰囲気はどこへ行ったのやら。芯のある性格に早変わりした。



 もしかしたら、一時的に気が弱くなっていただけで、ニアは元々こういうタイプだったのかもしれない。



「さあ、みんな終わったし次行くわよ!」



 先生が移動の合図を出した。さすがに赤髪男は、先生から合図があったらおとなしく引き下がっていった。



「グレンくん、行こ?」



「……ああ」



 ニアはそう言って、俺に手を伸ばした。あの男に言われたことをあまり気にして無さそうな雰囲気だ。でも、僅かにだけど、ニアの手は確かに震えていた。



 きっと、あの言葉を出すのにかなりの勇気を振り絞ったのだろう。



 そう考えると、あの男に対して無性に怒りが沸いてきた。自分を馬鹿にされたときに感じた怒りとはまた別のものだ。



 もし次、あいつがニアが傷つくようなことを言ったら、俺は自分を抑えられないかもしれない。


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