第27話 ニア・ミーキュラスハート

「最下位だったら退学……」



 あれから少し経って、A組は他のクラスよりも早く昼休憩に入っていた。



 俺は現在、食堂の席でメニュー表を眺めているが、退学という言葉が頭の中をよぎってそれどころではなくなっていた。



『気にすることないよ!退学かどうか決まるのは1学期の終わりだし……』



 先ほどカレナはそう言ってフォローしてくれたが、初日の評価点でこれなのだ。どれだけ評価点に差があるかは分からないが、普通にやっていっても順位は覆らないだろう。



 俺が努力しても、他のクラスメイトもまた努力して実力を伸ばすのだし。



 あの後先生に、昼からのテストで運動系のものはあるかと聞いてみたら微妙な顔をされてしまったし、順位アップの望みがどんどん薄くなっていく。



 その上、俺以外の騎士団候補生は成績が良いと来た。俺が最下位なのは全クラスメイトに知れ渡っているので視線も痛い。



「くそ……どうすりゃいいんだ……」



「あの……隣いいですか……?」



 今食堂にいるのは、A組の人間だけだ。



 席などいくらでも空いているだろうに。



 わざわざ俺の隣に座ろうとしてくる変わり者の顔を拝んでやろうと声の主に顔を向けると、そこには見覚えのある少女がいた。



 首元まで伸びている水色の髪と、胸元には確かな存在感があるボン。



「あれ?君は確か廊下で……」



「あ……あの時はどうもすみません……ちょっと急いでて……私、ニア・ミーキュラスハートって言います……」



「ニア・ミーキュラスハートか……じゃあニアだな。ていうか廊下の時は俺も悪かったし気にしなくていいよ。どうぞ、座って座って」



「……失礼します」



 ニアは慎重に椅子に座った。一つ一つの所作を見て気づいたが、ほとんど音を立てていない。相手を不快にさせないための配慮か、それとも家柄か。



 普段の俺なら廊下の角から人が来ることはなんとなく音で予想できたはずだが、それができなかったのは彼女が足音を立てていなかったからなのだと今になって気づいた。



「そういえば、結構席余ってるけどなんでニアは俺の所に?何か用事だったりする?」



 俺は率直に聞いた。



 でなければ彼女がここに来る理由が無いからだ。



 すると、俺の質問に彼女はゆっくり頷いた。どうやら俺の予想は当たっていたらしい。



 だとすれば、一体何の用事だと言うのだろうか?



「じ、実はグレンくんに、相談したいことがあって……」



「そ、相談?」



 俺は彼女の言葉に困惑した。俺には別に誰かに相談される度量などない。というか、このクラスで最も順位が低い人間なのだから、どちらかと言えば相談したいのはこちらの方である。



「はい、実は……」



 そんな俺の気持ちを他所に、ニアは自分のことについて語り出した。




 ※ ※ ※




「それじゃあニア。パパもママも応援してるから、試験頑張ってきてね!」



「うん、行ってきます……!」



 私は、王国の東部分に位置する魔法学校で、最も優秀な成績を収めた最高学年の生徒ということで、学校側から王国最高峰の魔導学園である『王都魔導学園』への推薦状をもらった。



 元々私は魔法が好きで、学校内での授業だけでなく、家でもお出かけした先でも、空いた時間さえあれば水魔法の練習に励んでいた。



 だから、好きなことに対して注いでいた努力と時間が認められて推薦の話を聞いたときはすごく嬉しかった。



 パパもママも、まるで自分のことのように喜んでくれた。入学試験の前日も、豪華な料理を2人で作ってもてなしてくれたくらいだ。



 そんな2人の期待に応えたくて、私は入学試験に全力で挑んだ。試験の内容は、受験者同士による一対一の実力勝負だった。



 あんなに広い場所で、しかもあんなに大勢に見られている中での勝負は初めてで緊張したけど、応援してくれたパパとママの顔を思い出したら、気にならなくなった。



 緊張もほぐれた私は水魔法を駆使して戦い、対戦相手の少年に危なげなく勝利した。



 やった。勝った。これでパパとママも喜んでくれる。



 そう思った矢先に、対戦相手の彼が私に向かってこう言った。



「お父様とお母様に認めてもらえる最後のチャンスだったのに……!くそ!お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃだ!」



 彼は瞳に炎を宿してそう言っていた。彼の裏にどんな事情があったのかは分からないが、あそこまで怒りに染まった目を向けられるなんて思ってもみなかった。



 これまでの人生で悪態をつかれた経験などなく、私はひどく恐怖した。魔法を使って実力を示す場所で、当たり前のことをしただけなのに、何故私が悪者みたいになっているのかが分からなかったからだ。



 その後、彼を迎えに来た従者の服装を見るに、彼はどこかしらの貴族だったのだろうと想像した。



 独りで王都まで来ていた私は、試験の相手に罵倒されたショックを誰にも相談できずに、家に帰っても1人で抱え込んだ。それほど、彼の怒りに満ちた目が怖くて忘れられなかった。



 もう2度と、あんな目で見られたくないと考え続けていた結果、私は学園に入学してからのテストで、自分の本来の実力を無意識にセーブしてしまうようになった。


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