第20話 装い

「で、なんでお前があそこにいたんだよ」



 あれから俺たちは、近くにあったグレースの行きつけの喫茶店に寄って優雅に紅茶を楽しんでいる。



 というわけでもなく、ただ席に座ってグレースにあそこにいた理由を問い詰めていた。優雅に紅茶を楽しんでいるのはグレースだけである。



「あら、わたくしがあそこに居たら何か問題でもおありでしたか?」



「いや、今日は合否判定の通知が来る日だろ?家で待たなくていいのか?」



 今日は合否判定が届く日。俺のように家で待っておくのが普通だと思っていたのだが、グレースの場合は呑気に外を出歩いているのだ。



「受け取りなら従者に任せていますので、そこはご安心を。それに、わたくしの合格は決まっているようなものですから」



 そこまで言い終えて、グレースは紅茶を啜った。



 試験の時は緊張感と気品で溢れていたのに、プライベートで会うとマイペースというか自由というか、なんだかラフなイメージだ。



「大体なんだよその格好。メガネ掛けてるってことは目悪かったのか?」



 なんせ今のグレースは、一瞬では判別をつけられないほど姿が違う。にも関わらず眼鏡が様になっているのは、グレースの顔が綺麗だからだろう。



「変装用の偽メガネですわ。普段通りの格好で外を出歩いていると声をかけられて困りますので」



「なるほどな」



 団長の娘ということもあり、色々な新聞記事で取り上げられているため容姿は王都内に広く知られているし、外出の際は常に人の目を気にしなければいけないわけだ。



 有名だから声をかけられるというのは、少しだけ可哀想な話ではある。プライベートを邪魔されるわけだし。



「まあ先ほどの彼らのように、わたくしがグレース・アイシクルロードであろうとなかろうと、声をかけてくる輩はいるんですけどね」



 それほど頻繁に絡まれるなら、護衛として従者の1人や2人でもつけて歩けばいいのにとは思う。まあそこまで聞くのは野暮というし、おしゃべりはここまでにしよう。



「というか、あなたこそ家で合否判定を待たなくていいのですか?あなたの家に従者は居ないでしょう?ミネンも忙しいでしょうに」



「俺はお前に用があって外を出歩いてたんだよ」



 そう言って、俺はグレースの合否判定が入っている封筒を差し出した。



 グレースはそれを受け取り、中身を見て少し驚いたような表情を見せた。



「なぜあなたがわたくし宛の手紙を……?」



「メッセンジアバードが間違えたみたいでな」



 俺宛の手紙はまだどこにあるのか分からないが、とりあえずこれはグレースに渡しておく。



「じゃ、用も済んだし俺は帰るぜ」



「……わざわざありがとうございます。ですがこの件、メッセンジアバードを使役している運送テイマーの方々に報告した方がいいのでは?」



「いいよめんどくさいし。後で問題になってもミネンのコネでなんとかなる」



「大雑把ですわね……」



「ま、俺のところに合否判定の手紙が来なかったらそうするつもりだよ。じゃあな」



 そう言って俺は席を立った。喫茶店に来たのに、出された水にすら手をつけずに出ていく俺を見て、店員はどう思っただろう。少しだけ心が痛い。



「グレン」



「ん?」



 席を離れていく俺を、グレースは呼び止めた。



「もし合否判定が届かなくても、報告しなくていいと思いますよ」



「なんで?」



「あなたの合格も決まっているようなものですから」



 そう言った後、グレースは紅茶を啜った。



 まさかグレースからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。嘘か本当か分からない。だが、合否を気にしている俺にとっては、少しだけ嬉しい言葉だった。



「……お世辞でも、感謝しとくよ」



 それだけ言って足早に店を出た。誉められたような気がして嬉しかったからだ。店を出るとき、俺は多分にやけてたかもしれない。



 試験で負けて、自分に対しての信頼を無くしかけていた俺の心は、グレースのその一言で救われた。


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