第17話 父とのひととき
ヴァルサレン王国の王城付近には、位の高い貴族の邸宅が集まるサルトレーバという区域がある。
一般の都民は出入りは結界により制限されており、足を踏み入れられるのはサルトレーバに居を構える貴族とその従者たち、及びそれらの人間から許可を得た者だけ。
少々過保護にも思えるこの制度だが、これでも王国の成長に一役買っているらしい。興味が無いのであまり詳しく調べたことはない。
まあ、かくいう私もそのサルトレーバに居を構える貴族の内の1人なのだが。
屋敷の窓に広がるサルトレーバの夜景を横目に、私は父のいる書斎へと足を運んだ。
※ ※ ※
扉の前に着いた私は浅く息を吸って2回ほどノックをした。中から「どうぞ」と返ってきたので、あまり音を立てないよう、ゆっくりを扉を開ける。
「失礼いたします」
書斎の扉を開いた先にあったのは、仕事の書類の山を片付けている父の姿だった。
「悪いね。食事の後に呼んでしまって」
「いえ、お気遣いなさらず」
父は「そうか」と返すと、私を呼び出した理由について話し始めた。
「今日の入学試験、お疲れ様。いつの間に無詠唱を使えるようになったんだい?試験の数週間前までは使える様子では無さそうだったけど」
父は王国の騎士団長という立場上、屋敷を開けていることが多い。故に、今こうして屋敷の中で会話をしていることさえ珍しい。
家にいても私より書類と顔を合わせることの多い父が、私の魔法技術の進捗について知っているのは少し意外だった。見ていてくれていたのだと考えると少しだけ嬉しくなる。
「わたくしが無詠唱を使えるようになったのは、今日の試合が初めてですわ。彼に追い詰められて初めて、今まで見えてこなかった景色が見えたのです」
私は嘘偽りなく事実を語った。無詠唱で魔法を発動するために、これまで色々なことを試してきた。
例えば、込めなければいけない魔力の量の調節や、詠唱の際に必要なイメージを通常よりも鮮明に浮かべるなど。
だがどれを試してみても、無詠唱の成功には至らなかった。そこで、王都魔導学園の入学試験という絶対に負けられない戦いの場で、最も自分と実力の近い相手を挑発して本気にさせ、私をギリギリまで追い詰めさせた。
結果私は限界を超えることができ、無詠唱を成功させるに至ったのだ。
「なるほど、土壇場で完成させたと言うのかい?どうりで屋敷で成功した気配が無かったわけだ」
父は嬉しそうに笑った。普段は冷静沈着な最強の団長を装ってはいるが、屋敷にいる時は普通に素が出てくる。
「コホン。1つ教えておくよ、グレース」
父はひとしきり笑った後、小さく咳払いをして私の目を見つめた。一切の曇りのない目をしている。
こういうときは、決まって大切なことを話してくれていた。あまりにも真剣な眼差しで見つめてくるので、思わず背筋が伸びた。
「今回のことで味を占めて、強くなるために自分を追い込み過ぎないようにね。魔法に関しても、人間関係に対してもだ。その行為はいつか、君自身を滅ぼすことにつながる」
「……分かっています」
何も言っていないというのに、父は私のやり方が強引だということに気づいているようだ。
「なら良し。それじゃあ今日はもう寝るといい。おやすみ、グレース」
「はい、おやすみなさいお父様」
私はそう返すと、物音を立てないよう静かに父の書斎から出た。
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