第16話 ミネンの思い
グレースに負けて、それからのことはあまり覚えていない。あの後観客席に戻って、ぼーっと試合を眺めて、それから色々あって今自宅の寝室のベッドに転げている。
入学試験は終わったのだ。
「何が約束だよ……守れてないじゃないか」
6年前にミネンと交わした、王都魔導学園へ入学するという約束は今日で白紙となった。あれだけの実力差を見せられた上で負けたのだ。合格になっているわけがない。
「まだ不貞腐れているのですか?グレン」
寝室の扉が開き、ミネンが入ってきた。それと同時に扉の方から香ばしい香りが漂ってくる。
「クッキーを焼いたのですが、良かったら食べませんか?そして少しだけ、今日のことについて話しましょう」
「……うん」
※ ※ ※
「今日の入学試験、お疲れ様でした。グレースとの戦い、長期戦は不利だと判断して開幕から詰めに行ったのは、中々良い動きだったと思います」
「……」
ミネンが俺に対して怒ることは滅多にない。怒られたのは出会ってすぐの頃に一度だけで、それ以降は全く怒って来なかった。
小さい頃街で迷子になった時も、剣と魔法を教わっている時も、ミネンが俺を怒ることはなかった。
「それにしても驚きましたね。グレースが無詠唱を使ってくるなんて――――」
「――――なんで、ミネンは俺のこと怒らないの?ミネンとした約束、守れなかったのに」
俺はミネンの言葉を遮ってそう言った。ミネンは遮られたことに対して気にした様子は無く、顔色1つ変えず俺を見つめながら語り始めた。
「確かにあなたは、今日の試合で負けてしまいました。教員の方から評価されるためには、試合で勝たなくてはなりませんし、合格の線は薄くなったかもしれません」
「……」
「でも、まだ不合格が決まったわけではないです。負けても合格する可能性はゼロではありませんから」
確かに、負けても合格する可能性はあると試験官の先生は言っていた。
剣の腕ならあの場にいた誰にも負けないつもりではいるけど、今日受けた試験は魔導学園のものだ。俺はエンチャントの魔法しか使っていないし、正直言って大した評価はされていないだろう。
「それに合格できなかったとしても、あなたが復讐以外に生きる目的を持ってくれれば、私はそれでいいんです」
「え?」
「まあとりあえず、今回の件であまり凹まなくて良いってことですよ」
そう言い終えて、ミネンはクッキーをかじった。
『あなたが復讐以外に生きる目的を持ってくれればそれでいい』
ミネンは俺が復讐のために生きていることを、あまり快く思っていないのだろうか。
魔導学園に入るという約束もミネンに剣と魔法を教わる交換条件として出されたものだった。今にして思えば、学園に入れば俺の心が変わると踏んでの約束だったのかもしれない。
「グレン、早く食べないとクッキーが冷めてしまいますよ?」
「……うん」
ミネンの思いを聞いて、俺はこれからどうするのが正しいのか、少しだけ分からなくなった。
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