第12話 導きと激励
観戦席から出た途端、服の袖がほんの少し揺れる強さの風が舞った。
「あの人の魔法か」
闘技場内部は風通しが良い訳ではないし、なんなら風の入ってくる隙間もない。となれば、人為的に産み出された風だと考えた方が良いだろう。
なにより、その風に触れた時、なんとなく分かってしまったのだ。この風はあの先生の魔法なのだということを。
「ずっと一定の方向に吹いてるな……風の向く方に進めってことか」
先ほどの説明で控え室への道は聞かされていなかった。なのでおそらく、この風に沿って進めということなのだろう。直接言わずに魔法で示して来るあたり、流石は魔導学園と言ったところだろうか。
「ま、とりあえず進んでみるか」
考えることをやめた俺は、小さな風に導かれて闘技場内部の通路を駆け出した。
※ ※ ※
風に導かれて進み、無事控え室まで到着した。ここに来るまで似たような部屋がいくつもあった。
本来この闘技場は学園の生徒たちの修練に使われているのだろうし、それくらい設備が揃っているのは当然と言えば当然だ。
いよいよグレースとの戦いが迫ってきた。少し緊張で手が震えているが、ここで緊張していては本番で実力が発揮できない。
「……よし!」
思い切って控え室の扉を開けると、その部屋の中には見知った人物がいた。先ほどは整えられていた金髪も、激しく運動した影響で乱れており、汗をかいているせいか、所々が肌にくっついてしまっている。
そこにいた人物は、試験前の俺に道案内をしてくれた少女だった。
「……お、グレンくん!さっきぶりだね~」
「カレナ!そっか、こっちはカレナのいる控え室だったんだな」
カレナは水分を取りながら、軽く手を振りながらこちらへ寄ってきた。息遣いも荒く、近づくほど彼女から熱気が伝わってくる。
「お疲れみたいだな」
「えへへ……色んな人の前だと緊張して疲れちゃってね?それに、負けられないって考えたらますます緊張しちゃってさ」
勝てて良かったよー、とカレナは胸を撫で下ろした。その様子を見て、よほど安心したのだろうと感じた。
「グレンくん、これからグレースちゃんとやるんでしょ?」
「ああ、先生がいい感じに調整してくれたみたいで良かったよ」
「……」
先ほどのカレナのように、これからたくさんの人に見られながら、今世代最強と呼ばれる相手と戦う。負けてしまえば、グレースに舐められたままで終わるし、ミネンは俺の元を離れてグレースの師匠へと変わる。
なにより、ミネンと交わした『魔導学園卒業』という約束すら果たせなくなってしまう。6年も前からした約束だ。ここで敗れてしまっては、ミネンに合わせる顔が無くなってしまう。
ダメだ。負っているものを数えれば数えるほど怖くなる。自然と手が震えてしまっている。緊張か恐怖か、はたまた両方か分からない。
すると、震える手が2つの暖かい感触に包まれた。
「大丈夫だよ。グレンくん」
カレナは両手で俺の手を握ってそう言った。慈愛に満ちたその声には不思議な安心感があった。
「グレンくんが震えてる理由も、背負っているものも分からないけど、これだけは言えるよ。グレンくんなら大丈夫だってね!」
「……っ!」
さっき出会ったばかりで、俺が震えている理由も分かっていないというのに、どうしてカレナはここまで自信を持って言えるのだろうか。
だがそれと同時に、震えていたのがまるで嘘だったかのように、手の震えが収まった。
今まで一体、何に緊張していたのだろうか。
色んな奴が見ているからどうした。俺が剣を交え、魔法を交えるのはグレースただ1人だ。
今世代最強がどうした。俺に勝ってから言いやがれ。
負けたらミネンが俺の元から居なくなる?負けなければいいだけの話だろ。
約束は必ず守る。それがグレン・ブエルガンだ。
「……カレナ」
「ん?」
「背中を押してくれる人がいるって、こんなに心強いんだな」
「……うん!」
『転移ゲートが開きます。控え室にいる騎候生は準備をしてください』
風魔法で先生の声が送られてくると同時に、目の前に魔力で生成された扉が出現した。
「そのゲートを潜れば、闘技場の中心に転移するよ。グレンくん、ファイト!」
ファイト!の掛け声と共にカレナが拳を突き出してくる。俺もそれに合わせて拳を突き出し、コツンと当てた。
「ああ!行ってくる!
勝ちに行く。その覚悟を決めた俺は、カレナを背にして転移ゲートを潜った。
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