第8話 挙手

「すげえ……!」



 一体どれだけの人間を収容できるのか分からない、何層にも分けられた観客席。天井部分は解放されており、太陽の光が闘技場内部を照らしている。



 当然と言えば当然なのだが、中から見てもこのスケールには圧倒される。3年に1度、王都で開催される豊穣祭の武闘大会にも使われるくらいなのだから、このくらい大きくて当然なのかもしれない。



 闘技場のスケールに圧倒されていると、俺たちをここまで案内した教員が、自身に注目するように軽く手を叩いた。試験の説明が始まるようだ。



「皆さんご存知かと思われますが、この王都魔導学園の入学試験の内容は、今年度もなんっっの変わり映えもなく、騎士団候補生同士の一騎討ちです」



(なんか皮肉っぽい言い方だな……!?)



 試験の説明をする教員の顔は、いかにも不服そうな様子だった。まあ、試験内容は毎年これのようだし、学園の教員も少し飽きているのだろう。



「騎士団候補生同士の一騎討ちを行うに当たって、対戦カードはこちらで決めさせていただきます」



「え?」



 それじゃグレースと戦えないじゃないか!と心の中で叫んでしまった。まあこれは、対戦相手を決められることを知らなかった俺が悪いんだけど。



「ちなみに一騎討ちに負けたからといって、入学試験に落ちるとは限りません。負けて合格する子もいれば、勝っても不合格になる子も――」



 グレースで舐められたまま終わるのは嫌だ。宣戦布告もしたのに、ここで曖昧に終わらせてはダメな気がする。



「――と、以上で説明を終了とさせていただきますが、何か質問のある方はいらっしゃいますか?いられるのでしたら挙手をお願いします」



「……はい!」



 グレースと戦って、勝ちたい。その思いを胸に、俺は自分の手を上げた。



 ※ ※ ※



 騎士団候補生入学試験。騎士団の人間に選ばれた12歳の若者たちが、己の未来と期待を背負って戦う、年に1度の大舞台だ。



 と言っても、我々教員からすれば騎士団の人間に鍛えられていたところで、所詮は12歳の子供であり、魔法も剣術もまだまだ未熟。



 試験内容も毎年同じである。故に見応えがない。



 教職に就いた以上、どんなにつまらない行事だろうと全うにこなすのが筋なのだが、この行事に関しては、無意味に時間を潰すような感覚がするので嫌なのだ。



 だが、今年の騎士団候補生の入学試験は、例年よりは面白いものになるだろうと期待している。



 なんといっても、人類最強と名高いドリフ・アイシクルロード騎士団長の娘、グレース・アイシクルロードがいる。



 私が彼女に期待する理由は、なんといっても膨大な魔力保有量だ。同年代で彼女の魔力保有量を超えるものは、王国内どころか世界中を探しても見つからないだろう。



 それに加えて、頭脳明晰で身体能力もこれなりに高い。魔力だけでなく実力も、ここに集まる騎士団候補生の中では頭1つ、いや2つは抜けている。



 他にも、グレース・アイシクルロードほどでは無いが才能ある子供たちもいる。



 基本4属性を高いレベルで使いこなす、クレンツアイン家のご令嬢。



 風属性と民族特有の弓術と抜刀術を組み合わせて戦う、王国極東のコガネ村からやって来た仮面族の少年。



 そして、今目の前で手を挙げている少年。卓越した身体能力と剣術。そして、扱うのが難しい炎魔法を会得している、ミネン・ブエルガン推薦の騎士団候補生だ。



 名前は確か、グレン・ブエルガンだったはずだ。



 挙手したということは、何か質問があるのだろうか。



「どうぞ」



 彼に質問を許可した。何やら深刻な面持ちだったからだ。



「試験の対戦相手は、もう決まってるんですか?」



「……」



 騎士団候補生たちの詳細な情報は、事前に推薦者から送られてくるのだが、その情報だけでは対戦相手を決めるには至らない。



 試験の対戦カードは、騎士団候補生全員をその目で見て判断する。



 前にも同じ質問をしてきた受験生はいたので、質問をしてくる意図はなんとなく分かっている。戦いたい相手がいるのだろう。



「その質問をしてくるということは、誰か戦いたい相手でもいるのかしら?」



 質問を質問で返すなど、普段の私なら絶対にしない。だが、彼の真っ直ぐな瞳に宿る炎に当てられて、口が勝手に動いてしまったのだ。



 そして、私の質問に対して彼が放った一言は、この闘技場にいる多くの人間をザワつかせた。それほどまでに、無謀と勇気に溢れた一言だったからだ。



「グレース・アイシクルロードと、戦いたいです」


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