第5話 宣戦布告

(こいつがグレース・アイシクルロード……)



 視線の先にいる少女は、つい先ほどのカレナとの会話に出てきたドリフ騎士団長の娘、グレース・アイシクルロードだった。



 俺に殺気を向けていたのが嘘だったかのように華奢な顔つきで、触れるだけで汚れてしまいそうなほど、真っ白な肌をしている。



 この容姿の良さも、こいつに注目が集まる1つの要因になっていそうな気がした。



「ミネン、この人があなたの弟子のグレンですか?血縁者と聞いていたのてすが、あまり似ていませんわね」



 歩み寄ってくるミネンと正面の俺を目を凝らして見比べて、グレース・アイシクルロードはそう言った。



 まあ俺も似ていないとは思う。血は繋がっているけれど、実の母親ではないから。



「グレンは父親似なんですよ。それでグレース、なんでグレンに殺気を向けていたんですか?あなたたち、初対面のはずでしょう?」



 確かに、俺が初対面のこいつから殺気を向けられる理由はないはずだ。生憎、こいつに悪いことをした覚えは1つも無い。



「ただの顔合わせですわよ。あなたがわたくしの師匠を辞めてまで育てた人が、どんな顔をしているのか気になりまして」



 どうやら俺は、顔合わせ感覚でこいつから殺気を向けられていたらしい。中々個性的な顔合わせの仕方をするやつがいたものだ。



 村を失ってから今まで、あまり他人と関わる機会が無かったから分からないが、もしかしたら顔合わせで殺気を向けるのは一般的なのかもしれないが。



「そういうことでしたか。それで、どうでした?グレンはあなたのお眼鏡にかないましたか?」



「そうですね……背後から殺気を向けられても気圧されない精神力と、12歳という年齢でここまで高いレベルまで仕上げられた肉体から繰り出される剣技は、驚異的なものでしょうね」



 グレース・アイシクルロードからの評価は案外高かったようだ。若干上から目線な所は解せないが、他人から高い評価を受けるのは気分がいい。



「ですが、わたくしの敵ではありません」



「何だと……?」



 グレース・アイシクルロードは、自信ありげにそう言った。大した自信である。



 すると、いつの間にか横に来ていたミネンが口を開いた。



「そこまで言うのなら、今日の試験であなたがグレンを負かして見せなさい。試験であなたがグレンに勝ったら、私はグレンの元を離れて、あなたの師匠に戻りましょう」



「え?」



「ちょっと待ってくれミネン!それは俺が困るって!」



 何を言い出すかと思えば、ミネンは自らの存在を勝負のダシにした。



「何を焦っているんですかグレン。今日の試験で、あなたがグレースに負けなければいいだけの話ですよ?」



「いやまあ、そうなんだけどさ……」



 ミネンは簡単そうに言っているけど、グレースに勝つのははっきり言って難しいと思う。



 ここに来るまでに、「グレースの魔力は高い」的なことをカレナは言っていた気がするし、先ほど向けられた殺気からは、肌が凍てつくほどのプレッシャーを感じた。



 なによりグレースは、王国騎士団長の娘だ。グレースを騎士団候補生に推薦したのも3年間以上鍛えたのも、多分ドリフ・アイシクルロード騎士団長だろう。



 この時点で強さは確約されているようなものだ。先ほどの話を聞く限り、ミネンが鍛えたという可能性もあるが、どちらにせよグレースが強さは保証されている。



 果たしてそんな相手に、使える魔法と魔力の少ない俺が勝てるんだろうか。



「ではミネン、顔合わせも済みましたし、わたくしはそろそろ行きますわ。わたくしの屋敷に移るための身支度は早めに終わらせておいてくださいね」



 そう言って、グレースはこの場を立ち去ろうとした。




 その瞬間だった。




「待てよ!」



「……何か用ですか?」



 俺はグレースを呼び止めた。グレースはいかにも不服そうな顔でこちらを見つめていた。



 だが、不服なのはこちらも同じだ。



「お前、勝負もしてないのになんで勝ったつもりでいるんだよ!」



 さっきのグレースの態度は、自分が負けることなどあり得ないと思っている自尊心から現れたものだろう。おそらく、グレース自身には悪気はない。



 だが俺から言わせてもらえば、グレースのあの態度は俺に対しての侮辱だ。そして、俺を鍛えたミネンに対しても失礼だ。俺はそれがたまらなく許せなかった。



「同年代でわたくしに勝てた人はいません。あなたも例外ではないと判断しただけです。では」



 グレースは再び俺に背を向け歩き出した。俺との無駄話に時間を使うつもりはないということだろうか。



 今ならいける。



 俺は背を向けて歩いていくグレースに対して、全力で殺気を放った。6年前、仮面の魔族に向けて殺気をむき出しにした時のように。



 先ほど、挨拶代わりにグレースから殺気を向けられた時と同じように。



 胸の中にある黒い感情を全部乗せて。



「っ!」



 俺の殺気に当てられた影響か、グレースの肩が大きく跳ね、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。



 先ほどの自信満々の表情からは打って変わり、明らかに不機嫌な顔をしていた。いい気味である。



 その勢いに任せて、俺はグレースに向けて叫んだ。



「いいか!俺はこの後の試験でお前に勝つ!勝って、俺を舐めたことを絶対後悔させてやるからな!」



「……ふん」



 グレースは俺に言葉を返すことなく、ただ鼻を鳴らしてその場を離れていった。



 一泡吹かせることくらいはできただろうか。



 そんなことを考えていると、背後から頭に重めのチョップを喰らった。



「いでっ!?何するんだよミネン……!」



 そう言って振り返ると、眉をひそめたミネンが立っていた。普段表に感情を出さないミネンだが、機嫌の悪い時はこうやって眉をひそめる。



「何するんだよじゃないです。言い返すのは別にいいですけど、女の子に全力の殺気を、しかも背後から向けるのはやめましょうね?」



「……はい」



 グレースに向けて殺気を放ったことを咎められてしまった。確かに誉められることではなかったし、素直に自分の非を認めた。

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