第4話 王国騎士団長の娘 グレース・アイシクルロード

「…ドリフ・アイシクルロード騎士団長は知ってるけど、グレース・アイシクルロードって名前は聞いたことないな」



 本当に聞き覚えのない名前である。もしかしたら知っているのかもしれない、そんな淡い期待を持ちながら頭を悩ませていると、カレナは驚いたような表情を浮かべた。



「グレンくんってもしかして世間知らず?グレース・アイシクルロードさんって、ドリフ騎士団長の娘だからすごく期待されてる子なんだよ?王国新聞にもよく取り上げられてるし、知らない人はいないって思ったんだけど……本当に知らないの?」



「知らないんだよなー、ほんとに全く……」



 残念ながら、知らないものは知らないのだ。ミネンは王国新聞を取っていなかったので、流行りの情報にはてんで弱いのだ。



 ただやはり、あのドリフ団長の娘だというのなら注目を浴びるのは当然だろう。なぜなら、王国騎士団長ドリフ・アイシクルロードは、人類最強という重すぎる肩書きを一身に背負っている男だから。



「対戦相手だったらどうしよー……私じゃ勝てないなあ、多分」



「……そっか」



 歩く側でカレナは弱音を吐いた。カレナも騎士団候補生で、おまけに兄は新人騎士でありながら騎士団序列の上位にいる。



 カレナ自身のレベルも高いだろうに、そんな彼女が弱音を吐くレベルの相手なのだろう。そのグレース・アイシクルロードは。



「だって魔力すごいって聞くし―――あ、そろそろ森抜けるね。森出たらすぐ闘技場見えるよ、ほら」



 森を抜け、立ち止まると同時に彼女が指を指した方向には、森との間にそこそこの間隔と小さな建物を挟んで、大きな闘技場が佇んでいた。



 遠目から見てもかなり大きい。毎度この学園の規模の大きさには驚かされる。



「しかしでっけえなーマジで」



「ねー。合格したらこんなすっごいところで魔法の勉強できるんだよ?本当にワクワクするよね……!」



 圧倒的な存在感を放つ闘技場を見つめながら、カレナは目を輝かせてそう呟いた。



 俺がミネンとの約束を守るためにこの学園への入学を目指すように、きっとカレナにもこの学園に対する夢だったり目標だったりあるのだろう。



 そんなことを考えながら、俺はカレナと闘技場へと向かって歩いた。



 ※ ※ ※



「はい!案内終わり!私お兄ちゃんのとこ行かなきゃだから、また試験で会おうね!グレンくん!」



「ああ、サンキューな」



 あれからほどなくして、闘技場の受付ロビーに到着した。ロビーには、騎士団員に騎候生はもちろん、今日の試験の見学に来た国の偉い人(あんまり詳しくない)だったり、新聞の記者だったり多くの人間がいた。



 俺はミネン、カレナは自身の兄と合流するために、ここで一旦別れることにした。



 これ以上一緒に居ても仕方ないだろうし、妥当な判断だろう。



 俺も早いところミネンと合流して、試験ための受付を済ませなければ。



 と、そう思った瞬間だった。



「あなたが、グレン・ブエルガンですか?」



 背後から不意に声をかけられた。



 女の声だ。声の若さ的に、多分俺と同じ騎士団候補生の人間なのだろう。透明感の中に凛々しさがあり、氷の刃を首に突き付けられているような、殺気の籠った声だ。


 


「挨拶もなしな上、殺気を込めながら名前を聞いてくるなんて、言葉遣いが丁寧な割に失礼な奴だな?」



 そんな女の問いに、俺は少し怒気と煽りを込めて言葉を返した。背後の女に顔は向けず、目を合わせないままで。ここで素直に答えるのはなんだか癪に障った。



「……あなたこそ、人と話す時は目と目を合わせて話すものでしょう?」



 向けられる殺気から、俺に対して友好的でないことはなんとなく理解していたつもりだが、仲良くするつもりは毛頭無いらしい。まあ、俺としても殺気を向けてくるような輩とは仲良くしたいとは思わないし、するつもりもない。



 背後にいる女が言葉を発して数秒、俺たちの間に沈黙が走った。絶対零度にも似たその空気は、背後の女がただ者ではないことを示していた。



「何をしているのですかグレン。それにグレースも」



 時間が凍ってしまっているのではないかという錯覚を覚えるほど凍りついた絶氷の空気と沈黙。それを言葉1つで氷解させたのは、俺のよく知る人物だった。



「ミネン!」



 俺の正面から声をかけてきた女性は、騎士団の赤い正装に身を包んだミネンだった。いや、注目するべきところはそこではない。



「てかミネン今、『グレース』って言った?」



「言いましたね。あなたの後ろで殺気を放っているその少女の名前は、グレース・アイシクルロードですよ」



「え……!?」



 慌てて振り返るとそこには、白銀の髪を靡かせ、俺を睨み付ける少女の姿があった。


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