第5話 記憶探し
夕方6時。僕は、この屋敷に帰ってきた。
そんな僕を、彼女が迎えてくれた。
「汀くん、今日も、私の記憶探しをしてくれてたの?」
「うん。この家のことを調べてる。もしかしたら、この家を調べれば、何か、分かるかも知れない…」
「…私の残した手紙は、なんの役にも立たない?」
僕は、なんの記憶も持たない、只、前世の記憶…愛し合っていた人がいた…と言うことだけの彼女の記憶を頼りに、遡って遡って、毎日、この屋敷の持ち主を探していた。
「そんなことはないよ。馨ちゃんの耳に囁いた、運命の人、って言うのが、誰なのか分かれば、何か糸がつながるかも知れない」
この家に来て、3ヶ月が過ぎた。この家は、何故か、電気も、水道も、ガスも通っている。こんなに、見かけ、ボロボロで、幽霊屋敷そのものなのに…。
僕は、毎日、ふもとまで降りて、情報収集をしていた。この家は、誰の別荘で、その家族構成はどんなだったのか…、そして、そこに、18歳で亡くなった、と言う男は実在したのか…。
彼女の言葉を信じてないわけではない。だが、鵜呑みにするわけにもいかなかった。なぜなら、彼女は、もう、死んでいるのだから…。
それでも、彼女は、そのことを知らない。自分は、未だ、生きている、そう思っているらしい。僕は、『君は死んでいるんだよ』とは、とてもじゃないけど、言えなかった。
彼女は、平気で、僕に触れる。
「あったかいね」
と言って。
そして、平気で、僕に言う。
「私のことを、見捨てないで…」
あったかいに決まってる。だって、彼女と違って、僕は生きているのだから。
見捨てるはずがない。だって、僕は、彼女を愛しているのだから…。
もしも、彼女の記憶が戻れば、彼女は、このまま、冷たい体だけを残し、魂は、前世で愛し合っていた、と言う男の元へ逝ってしまうのだろうか?
僕は、よく分からないでいた。
僕は、本当に、彼女を救いたいが為に、顔所の側にいるだろうか?
それとも、永遠に、僕の元に置いておきたいが為に、彼女の側にいるのだろうか?
そして、彼女もまた、僕の話を、…彼女の記憶や、この屋敷に関係のないことでも、聞きたがるのだ。
僕は、どんな人間なのか、とか、何を趣味としているのか、とか、得意な科目は何なのか、とか、運動は出来るのか、とか…。
それを、聞きたがる理由は、一つは分かる気がする。
“暇つぶし”だ。
彼女は、1日中、どこにも行けない。この屋敷から、出られないのだ。出られない…と言っても、庭には、出られる。彼女は、僕のいない間、つまり、暇な時、荒れ果てた庭を、僕に肥料や、種、苗、などを買ってきて欲しいと頼み、少しずつ花を飾り付けようとしている。
僕は、それがやるせない。
なんだか、彼女の冥福を彼女自身が望んでいるようで、いたたまれなかったのだ。
この家から、出られないのも、死んでいるから…に違いなかった。それも、僕は、彼女に言えないでいた。
僕は、彼女の質問に、あってもなくても、兎に角時間をかけて、話すことにしている。その分、彼女が、暇をしないで済むからだ。彼女は、そんな時、よく笑う。
僕の煎れた紅茶を、…アイスでしか、飲めないが、美味しそうに喉に流し込みながら。
僕が、ふもとに降りている間、彼女が何を考え、何をして、いつ、何を思い出して、どんな行動に出るか…。僕は、不安で仕方ない。
あの日、手紙が入っていた日のように、いつ、また僕の前からいなくなってしまうのか…と、僕の心は何処にいても、彼女の元にいた。
しかし、古書、新聞、雑誌、伝書、聞き込み…。
僕が、どんなに調べても、その屋敷の持ち主は、見つからなかった―――…。
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