第3話 馨は死んだ
「汀くん…今日は、朝ごはん何?」
「スクランブルエッグ」
「と?」
「卵スープ」
「と?」
「サラダ」
「と?」
「トースト」
「何処かの喫茶店のモーニングみたい…」
くすくすと、彼女が笑う。
「でも…」
「コーヒーじゃなくて、紅茶が良いんでしょ?知ってるよ。馨ちゃん」
「アールグレイでね」
「はいはい」
彼女が、記憶喪失になった原因は、僕にも分らなかった。只、何故、彼女を見つけることが出来たのか…それは、ちゃんと説明できる。
それは、彼女からの一通の手紙からだった。
彼女が、疾走した朝、学校へ行こうとした僕は、ポストに一通の手紙を見つけた。
『月見里汀くんへ。
汀くん、私は、愛する人のもとへ行きます。彼は、私を待ってる。『過去』から私の名前をこの耳に囁いて…。私が、18歳になる、8月9日。私の記憶が蘇ったの。前世で、私と彼は、愛し合っていた。でも、彼は、若くして亡くなってしまった…。そう。私と同じ、18歳で。なんだか、分かっていたの。今の許婚が、私の運命の相手のはずがない。私には、反発心からだけではなく、そんな確信があった。私は、その彼が住んでいた、別荘に行きます。そして、逝きます。私の今までの人生で、汀くんと一緒にいられた時が、1番楽しくて、嬉しくて、幸せだった。本当よ?この記憶が蘇るまで、私の運命の相手は、汀くんなんじゃないか…とすら、思っていたくらい。どうか…汀くんも、幸せに…。」
僕は、頭がおかしくなったのかと思った。彼女じゃない。この僕の頭が…。
きっと、恐らく、彼女は、この手紙を、なんの躊躇いもなく、なんの狂気もなく、なんの退屈をつぶすでもなく、なんの逃げ場を探したでもなく、なんの無意味さでもなく、なんの悲しみを抱くでもなく、なんの喜びを求めるでもなく、そして…、この僕に、何かを伝えるでもなく、書いたのだろう。
それを、理解できる僕が、そんな僕の頭が、おかしくなったのだ…と、僕は、思ったんだ。
彼女は、きっと、今頃、手首を切るか、首でも吊ったか、包丁で、己の体を、複数回、刺したのだろうか?
いや、しかし、今、彼女の元へ向かえば、まだ、間に合うのだろうか?僕は、そんな衝動に駆られた。身に着けていた学生服を脱ぎ捨て、リュックに、財布と、携帯、だけを突っ込むと、僕は、家から飛び出し、引き付けられる場所へと、急いだ。
何故だか、分かったんだ。彼女のいる、その、別荘の場所が…。僕の頭には、鮮明に、まるで、写真のようにその家は頭の中で再現されていた。この記憶こそ、彼女が、僕に残した、本当の手紙だったのかも知れない。
僕は、急いだ。兎に角、急いだ。どうしたって、彼女を、救いたかった。どうしたって、彼女を、死なせたくはなかった。彼女の言う前世で結ばれず、亡くなったと言う、その人に、連れて逝かれてしまう前に…。
それでも、その彼女の居場所まで、辿り着くまでの間、僕の脳には、はっきり、分かっていることがあった。
“もう…間に合いはしない…”と。
電車、バス、タクシー…、次々乗り継ぎ、僕はやっと、彼女が言う、彼女の前世で愛し合っていた彼が住んでいたと言う、別荘に、辿り着いた。
慌てて、タクシーから、飛び降りた。そのタクシーは、その別荘を見るや否や、恐ろしい顔をして、Uターンして、引き返して行ってしまった。
何故なら、そこは、既に、廃墟と化し、人が住めるような状態ではなかった。言うならば、幽霊屋敷とでも名付けようか。
置いてけぼりにされた僕だったが、そんなことはどうでもよかった。一目散に、玄関に向かい、扉を開けようとした。
が、扉には、鍵がかかっていた。僕は、慌てて裏庭に回り、窓を割って、中に入った。そして、リビングらしき部屋の真ん中で、横たわっている美しい、死体を見つけた。
僕は、愕然と、膝から崩れ落ちた。
「馨ちゃん…」
そこには、睡眠薬を大量に飲んで、冷たくなった、栗花落馨が汚いソファに、横たわり、息、絶えていた―――…。
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