トラウマの正体②

「飛鳥ぁー! 昼休憩終わったら、先週会ったスタートアップの社長さんとこ行くぞー!」

「はい! その前に電話一本掛けていいですか?」

「りょーかい」


 初日こそ心配したものの、彼女は思いの外、要領がいい。

 というより、かなり優秀だ。

 入社から数日で一通りのビジネスマナーや基本的な事務作業をマスターし、一ヶ月で初の投資契約を締結。

 半年が経つ頃には、有望な投資先をいくつか抱えるようになった。

 起業家や経営者からも、その実直さからか評判も頗る良く、このまま数年もすれば俺などでは到底追いつけない位置に上り詰めていることは容易に想像できる。

 それだけ彼女の基本スペックは高い。


「近江さん、飛鳥のヤツ最近ヤバいっすね」


 享保が向かいのデスクから、パソコン越しに顔を覗かせて言う。


「享保、お前も可哀想だよな。あんな怪物と同期なんて」

「ホントですよ! でもまぁ。アイツ、すげぇ努力してますからね……」

「知ってる。この前、休日に何してるか聞いたら、投資先のリサーチだって言ってた」

「マジっすか!? 何か合コンばっかやってる自分が恥ずかしくなってきました……」

「同じくだよ。俺なんかが教育係で本当にいいのかね……」


「近江さん! 準備出来ました! 行きましょう!」


 飛鳥が電話を終え、俺を急かして来た。


「お、おう。分かった、出るか。享保、帰りは16時くらいになるって課長に伝えておいてくれ」

「は、はい! 分かりました!」


 順風満帆、とはまさにこのことだろう。

 また、何の因果かは知らないが、この時会社の株価も何故か鰻登りだった。

 確かに彼女は優秀だが、会社全体の投資パフォーマンスが絶好調という話は聞いたことがない。

 ……まぁ株価が下がってギスギスした雰囲気になるよりは良いが。

 実際、株価が何日も連続で下がったりすると、投資家からの鬼電でIR担当(投資家向けの広報担当)が病むらしい。

 そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの彼女だったが、全てが順調とまでは行かなかった。


 入社間もなくして、これだけ周囲の期待を集めれば当然嫉妬の対象にもなる。

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