真相

 監視システムを破壊したのは、浄御原だった。

 機構にとってライフラインとも言えるインフラを壊され混乱する中、久慈方さんはシステムの予備端末を通じて、ココの〝俺〟に特典が付与されたという情報を入手。浄御原の居所も当たりをつけることができた。

 ところが、天名と接触してしまったことで状況が一変。

 結果、浄御原への対応が後手に回ってしまった。

 恐らく俺も天名と方法は違えど、浄御原に利用されたということだろう。


「……で、今に至るってワケか」

「はい、ですがここからがもっと深刻なんです」

「というと?」

「実のところココの〝近江さん〟は、元より我々の存在を知りませんでした」

「まぁアンタからその話を聞いたって言ってたしな。つーことは……」

「……情報自体が誤報だったということです。恐らく、予備端末も彼女の手に落ちていたのでしょう。結果的に私は、本来与えるべきでない二人に特典を付与してしまったことになります」


 確かに話の流れだと、当然ココの〝俺〟にも既に平行世界や特典の情報が渡っていると考えるのも無理はない。というより、それが自然だ。


「機構にとって、特典がどんな存在かはご存じかと思います。おまけにこれだけの不祥事もあれば、何らかの行政処分は免れないでしょう。最悪の場合、機構の解散も……」

「特典って、そんなシビアなモンなのか?」

「考えてもみて下さい。特典の利用によってどれほどの人間が傷つくか」


 例え、罪を免れたとしても被害者は、依然としてそこに存在し続ける。

 言ってしまえば、泣き寝入りを余儀なくされるわけだ。

 そして、罪を被せられた側の人間はさらに深刻だ。

 痴漢の冤罪被害を受け、会社をクビにされ、路頭に迷う、などといった話はあまりにもありふれた話だ。家族がいればより悲惨だろう。


「世界線の秩序を守るはずの機構が率先してモラルハザードを引き起こしてしまったわけです。そんな組織に存在意義があるのかと問われれば、何も言い返すことはできません」

「だったら何でそんな理不尽な制度があるんだよ?」

「本来影響し合うことのない世界線同士を引き合わせるとどうなるか。それを身をもって体験することで、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう職員全員の意識を高めていく。言ってしまえば戒めのようなものですね」


 戒め、ね。

 政府から押し付けられた制度なのか、機構から提案したシステムなのかは分からないが、リスクリターンのバランスが悪すぎる。

 大宝の件といい、浄御原はそんなモノをポンポンと与えようとしていたのか。

 久慈方さんがあの場にいたら、さぞ背筋が凍る思いだったろう。


「タダでさえ政府界隈から金食い虫だと揶揄されていますからね。今回の件が決定打となり交付金が打ち切られれば、当然解散も視野に入ってくるでしょう。ですが、機構は人々の平穏を維持していく上で、絶対に必要な存在なんです! 今回は私の不手際による部分が大きいですから、何とか私個人への処分に留まれば良いのですが……」


 結局、浄御原の目的は何なのか?

 まぁ、久慈方さんに聞いたところで『こっちが聞きたい』と言われて終わりだろう。

 しかし、久慈方さんには同情してしまう。

 部下に裏切られた挙句、政府からも組織の存続を人質に圧力を掛けられているわけだ。

 下からの突き上げも考えると、味方もほとんどいないのではないだろうか。


「こうして近江さんとお会いしたのも何かの縁。浄御原さんの捜索に協力していただけませんか!?」

「……まぁ、知らなかったとは言えアイツの逃亡に協力しちまったしな。罪滅ぼしって言っちゃなんだが手伝うよ」

「ありがとうございます! このお礼は必ず致しますので!」


 そう言えば、浄御原もお礼とかほざいてたな。

 何から何までいい加減なヤツだ。


「実を言うとこの世界線の〝近江さん〟にもお願いはしてみたんですが。あの通り、まるで取り合ってもらえず……」


 無理もない。

 そもそも俺の場合は、殺人の疑いを晴らすため浄御原に付いてきたわけだ。

 ココの〝俺〟には動く理由がない。

 それに機構には、まだ俺の知らないドス黒い何かが隠されている気がする。

 出来ることなら、一線を画すべきだとすら思う。

 ただ久慈方さんについて言えば、どうしても悪人には見えなかった。


「そうか。そりゃ悪かったな。で、何をすればいいんだ?」

「まずは一度機構にお越しいただきたいです。今一度彼女の消息を追うための策を練り直したいと思いますので」

「分かった。その前に少し時間もらっていいか? 何だ……、その、元和木の件でココの〝俺〟に伝えておきたいことがある」

「それは勿論構いませんが。私もまだ〝近江さん〟に話がありますし。あなたも何だかんだ気になっていたんですね」

「そりゃ気になるだろ……。あんなヘビーな家庭事情聞いちまったら」

「ですよね……。いや! 特に深い意味はありませんので、お気になさらず! ただ近江さんはそういった個人的な事情には首を突っ込まないタイプかと思ったんで!」


 確かにここ最近、特にこの4年間はそんな感じだったかもしれない。

 ただ、浄御原と会ってからどうしてか、いらん世話を焼いてしまっている気もする。


「それこそ深い意味はねーよ。ただの野次馬根性だ。とりあえず部屋に戻ってココの〝俺〟を待とうぜ」

「はい! 分かりました」


 もし、浄御原が俺を欺いていたとしたら。

 そして、これまでの彼女の行動も何か別の意図があるのだとしたら。

 そんな可能性も考えないこともなかったが、実は目を逸らそうとしていたのかもしれない。

 それは同時に彼女と出会った時から感じていた、違和感の正体に向き合うことになるのだから。

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