再会
「私が3と5の2ペアで、近江さんがブタ。また私の勝ちですね!」
部屋に戻ったのはいいが、〝俺〟の帰りが思ったよりも遅い。
元和木のバイトが終わるのを律儀に待っているのか。
おかげでアラサーの男女二人が年甲斐もなく、トランプなんてやる羽目になる。
いや、だって間が持たんし。
「また、俺の負けかよ……。にしてもそろそろポーカーも飽きたな」
「じゃあ大富豪にします?」
「二人でやったらぺんぺん草も生えんレベルの革命の嵐だな……。つーか、〝俺〟。まだ帰ってこねぇな」
「そうですね。何かまたトラブルに巻き込まれてなければいいですけど……」
いよいよ時間つぶしに行き詰まりかけたその時、不意にチャイム音が鳴り響く。
「〝近江さん〟、ですかね?」
「だったらチャイムなんか鳴らさんだろ」
「ですよね……、出ますか?」
状況が状況なので、居留守を使ったところで問題はないだろう。
だが、それでもモニターに目を向けてしまうのは、根が真面目だからなのだろうか。
モニターを見ると、俺と同年代くらいの青年が一人立っていた。
アップバングヘアに、凛々しく開かれた二重の両目。
服装も白のインナーにネイビーのデニムシャツと、シンプルでありながらそれを感じさせないテクニック。
もし〝リア充の教科書〟なるものがこの世にあるならば、彼はそこに記載されている全てを網羅しているのであろう。
だが、そんな彼の表情はモニター越しでも分かるほどに青ざめていた。
……いや、まて。コイツは確か。
「もしかして、お知り合いですか?」
「まぁな」
嫌な胸騒ぎを覚え、彼の話を聞かなければならないと直感してしまった。
俺の足は自然と玄関に向かい、ドアを開いた。
「……
「ご無沙汰しています。近江さん」
俺が4年前に辞めた会社の後輩だ。
同じ課の後輩ということもあり、何かと行動を共にすることが多かった。
正直な話、会社を辞めた後はすっかり音沙汰がなかったので、存在を忘れかけていた。
いや、単純に俺自身が避けていただけかもしれない。
会社の中でも貴重な味方の一人だったので寂しさもある反面、社会人になってからの人との繋がりなんて、こんなもんかとドライに考えている自分もいたりする。
「お、おう。元気か?」
「はい。近江さんも探偵の方は順調ですか?」
何と答えるのが正解なのだろう。
この世界線の〝俺〟の仕事事情など一切預かり知らない。
仕方ない。ここは必殺奥義を使用することにする。
「ぼちぼち、だな」
「そうですか。それは良かった」
これで良い。相手を不快にさせず、核心に踏み込ませない魔法の言葉だ。
「それで……、どうしたんだ突然?」
「はい、その、近江さんって霊感とか強い方っすか?」
享保はおずおずと、俺に不穏な質問を投げかけてくる。
その会話の導入は嫌でも警戒する。
部屋がヤバいってこと!? それとも俺がヤバいってこと!?
「……すまん、どういう意味だ?」
「い、いえっ、何でもないっす! ちょっとこの辺に寄ったんで、久しぶりに近江さんの顔が見たくなったってだけなんで! 部屋、変わってなくて安心しました」
「そ、そうか。4年ぶり? だもんな。その、悪かったな……、長い間連絡よこさないで」
「いやっ! こちらこそ、突然スンマセン! あの……、失礼ついでに一つ聞いてもいいっすか?」
「何だ?」
「こんなこと聞いていいのかは分かりませんが……、近江さんが探偵を目指したのって〝彼女〟があんなことになったからっすか?」
あの件をどう捉え、どう行動したか。
それが俺にとっての岐路だったのだろう。
ただ、根本に何か変わらないものがあるのだとしたら、〝アイツ〟に対しての罪悪感なんだと思う。
だから俺はその問いについて頷く他ない。
「まぁ、そうだな」
「そうっすか。ありがとうございます。あの、上手く言えないんですけど、近江さんは何も間違ってないと思います。俺、近江さんのそういうところ凄い尊敬してます!」
「……やめろ。お前に何が分かる」
「っ!? す、すみませんでした! その、今日は帰ります……」
そう言って、享保は部屋を後にした。
やってしまった。これでは八つ当たりもいいところだ。
享保がどんな想いで言ってくれたのかは分からないが、彼の言葉にとって俺自身が否定された気分になったのは確かである。
結局、俺の選択など下らないエゴでしかない。そんな事実を突きつけられたような気がした。
それによくよく考えてみれば、享保も立派な俺の被害者の一人だ。
そんな奴に対して、俺は心無い言葉を浴びせてしまった。最低にも程がある。
享保が帰ると、久慈方さんが玄関まで様子を見に来た。
「あの、どうかされましたか?」
「いや、何でもない……。戻ろう」
「はぁ……、そうですか」
リビングに戻り、再び〝俺〟が来るまでの時間潰しに興じるが、やはりどこか心と体が切り離されたような感覚だった。
そんな俺の様子に違和感を覚えたのか、久慈方さんが俺に問いかける。
「やっぱり何かあったんですね?」
「……久慈方さんから見て、この世界線の〝俺〟はどう映る?」
我ながら厄介な質問だ。
もし自分が同じことを聞かれようものなら、今後の関係に支障が出ないレベルに無難、かつ確信に触れない言葉を羅列するしかない。
ましてや、彼女は昨日会ったばかりの他人に等しい間柄だ。
だが、それでも彼女なら、と甘えてしまった部分はあるのかもしれない。
「そうですね。本来なら特典対象者の身辺調査は必須なんですが、生憎状況が状況でしたので、近江さんの過去までは存じません。それでも敢えて言わせて頂くなら……、ココの〝近江さん〟から見れば、あなたも〝if〟の一人なんです。選択次第で、彼もあなたに成り得た。あなたが彼に何か思うところがあるのであれば、彼も少なからずあなたに感ずる部分があるのでしょう。まぁ飽くまで機構の人間から見た事務的な意見ではありますが」
それは……、どうなんだろうか。
散々馬鹿にされた手前、すぐには納得できそうもない。
実際、俺自身も、ココの〝俺〟の選択の方が自然だと感じている。
〝俺〟は元和木を庇い、『探偵失格だ』と呟いた。
その言葉にどんな意味が集約されているかは知らないが、この世界線の〝俺〟にも少なからず葛藤はあるのだろう。
だからと言って、俺を羨んでいるかと言えば、それはまた別の話ではないだろうか。
むしろあの言葉は、俺という更なる下の存在に向けて放った、一種の当てつけではないかとすら思ってしまう。
「……まぁそういう見方もあるってところか」
「はい。それと、もう一つ。これは私の個人的な話なんですが……」
「構わない、言ってくれ」
「高校生の頃、大学受験で第一志望の大学に落ちてしまったんですね。それで不合格だったことを父に報告した時、こんなことを言われたんです。『あんなにお金が掛かったのに』って。それまでずっと応援してくれていただけに、凄くショックでした。一生懸命頑張ったのに何でそんなこと言うのって……」
まぁ確かに大学受験は死ぬほど金がかかる。
とは言え、そういった金銭面での負担は出来るだけ表に出さないでいて欲しいというのが子供としての本音だろう。
「もちろん、予備校や受験料だけでも大変な金額だってことは知っていましたし、実際両親に感謝もしていました。でも、その一言で恨みのような感情も生まれてしまったんです。何なら勝手に期待して盛り上がったのはそっちじゃないか、とすら思ってしまいました。許せなかった。そんな恩知らずなことを思ってしまった自分を……」
久慈方さんの話を聞く限り、それは特段悪気があって出たものではない。
思い描いていた理想と突き付けられた現実のギャップから、意図せず口をついて出てしまった言葉なのだろう。
だからこそ、質が悪いと言えるが。
「そうか。まぁ気持ちは理解できる。だが、それと俺の話とどんな関係がある?」
「父が私に対して大きな期待を寄せていたことは分かっていました。だから、あんな言葉を私に放った。人は信じた分だけ、見返りを求めてしまいますからね。期待は人を傷つける凶器にもなり得るんです。だから」
一呼吸置いて、久慈方さんは続ける。
「期待を裏切る覚悟、傷つける覚悟が大切なんじゃないかと思います。結局どんな選択をしても、その道で過剰な期待を浴びたり、失望されたりするわけですから。良い意味で期待を裏切ることが出来たら儲けもの、くらいの気持ちでいた方が、実は人を傷つけないんじゃないかって思うんです。あなたにしろ、この世界線の〝近江さん〟にしろ、そんな覚悟で選んだ道なら、それは正解なんじゃないかって私は思います。まぁ私の場合はそんな大げさな話ではないですが!」
彼女はそう言うと、ハハっと自虐的に微笑んだ。
誰かを傷つける覚悟、か。
果たして、俺の選択で誰が救われ、誰が傷ついたというのか。
第一、俺自身そんな大層な覚悟を持って臨んだものではない気がする。
とは言え、久慈方さんの言うことは全くの的外れであるとは思えなかった。
「分かった。参考にさせてもらうよ。面倒なこと聞いて、すまなかったな」
「いえ! とんでもありません。それにしても〝近江さん〟遅いですね」
「おぅ。確かにそうだな……」
この調子では夜までコースか。
そんな覚悟を決めようとした時、扉が開かれる音が聞こえる。
こちらを見るなり、ギョッとした表情を向ける。
「っ!? お前らいたのかよ!?」
「あぁ、俺の部屋なんだから別にいいだろ。ちょっと言い忘れていたことがあってな。それより何かあったのか?」
「……元和木が倒れた」
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