特典②
天名が拘留されているのは、〝俺〟のアパートの近くにある北警察署だった。
久慈方さんは警察署に着くなり、天名がいる留置場へ直行したので、正門の前で彼女の帰りを二人で待っている状況だ。
「何か言われたらソックリさんとか双子とでも言っておけ。知り合いがきたらアウトだが」
「……面倒くせぇな。頼むから早く消えてくれ」
早く帰りたいのは山々だ。
別に俺はベラベラと話すタイプではない
雑談の類は苦手だし、どちらかと言えば口下手な方だと自覚している。
ココの〝俺〟とて、それは同じだろう。
この手持ち無沙汰な時間を解消する意味でも、俺は気になっていた疑問を一つ、ぶつけてみることにした。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ」
「特典、どうして受け取らないんだ?」
質問、というより自己分析に近い。
俺とは違う道を選んだとは言え、根本の価値観は変わらないだろう。
だから、これは確認作業の一環だ。
「逆に聞くが、お前なら受け取るか?」
「質問に質問で返すな。社会人としてなってないな」
「そう言う奴良くいるけどな。そもそも自分のした質問には必ず答えるべきっつぅ前提自体が横暴だと思うんだがな。俺としては」
「……まぁそれに関しては分からんでもない。何か悪かったな」
「いや……。でも、分かるだろ? 特典を使うことの意味くらい」
濡れ衣を着せられ、謂れのない罪によって裁かれる。
例えそれが同じ自分であったとしても、少なからず恨みを買うのは自明の理だ。
また、特典を使用するということは、罪を被せた世界線の自分に新たに特典を付与することと同義だ。
浄御原は罪が自分に返ってくることはないと言っていたが、それは飽くまでも一度被せた罪をリサイクルできないというだけだろう。
場合によっては後々、数倍返しを食らう可能性だってある。
そこまで考えると、自分の存在を知られること自体リスクが高い気がする。
まぁ、そもそも使わなければいいだけの話とも言えるが。
とは言え、その場だけでも罪を帳消しにできる権利を保持しているとなれば、魔が差さないとも限らない。
自分の意志ほど、信用できないものはない。
どんなに強く自分自身を律していても、ふとしたきっかけで間違った選択をしてしまうのだ。
俺たちは、その前例を嫌と言うほど見てきた。
「そうだよな。すまん、つまらんこと聞いて」
再び俺たちの間に沈黙が支配しかけた頃、署の正門から、久慈方さんが神妙な顔つきで歩いてくるのが見える。
不首尾に終わったのだろうか。
「どうだった?」
〝俺〟が不安げに問いかける。
「ご安心下さい。特典は無事に履行されました。間もなく、天名さんは釈放されます。今後天名さん自身が話さない限り、元和木さんとの関係が明るみに出ることはないでしょう」
天名自ら不利益になる情報を表に出すとは考えにくい。
その線に関しては心配ないだろう。
あとは〝俺〟の他に証拠を押さえた第三者がいるかどうか。
まぁ、現段階でそこまで考えても仕方ないが……。
一先ずは窮地を脱した、ってことでいいのか?
だが、久慈方さんの浮かない顔を見れば、手放しに喜べない状況ということは分かる。
「すまん、礼を言う」
「いえ。今回免責されたのは被害届を出された方の分だけです。証拠は早い内に処分された方が得策と思います」
「あぁ、そうだな。すぐに元和木に報告しに行く」
自らの立場を顧みず、いや顧みた上でだろう。
元和木を救いたいという姿勢を臆面もなく曝け出す〝俺〟には、正義や悪などと言うカテゴリー分けは最早意味がない。そんな気がした。
肩の荷が降りた様子の〝俺〟の背中を見送り、当面の危機を脱したことに安堵する。
……さて。ここからがメインディッシュか。
「で、何か問題があったのか?」
「……先ほど浄御原さんと会いました」
「そ、そうか」
「えぇ、実は」
それから久慈方さんは留置場での顛末を話し始めた。
特典の履行には機構の人間の立会いが必須という話だが、それも実際に特典を付与した者が担当しなければならないらしい。
本来なら当然久慈方さんになるのだが、何故か担当の名義が他の職員に替わっていた。
その職員と言うのが、他でもない浄御原だったそうだ。
「担当が変更された今、私が干渉する隙はありません。結局そのまま彼女に逃げられてしまいました。まさかここまで周到だとは……」
事態は混迷を極めている。
俺にはそれだけしか分からない。
「……なぁ、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? あんたがココに来た理由」
「そうですね。別に勿体ぶっていたわけではないのですが、結果としてタイミングが遅れてしまったことは申し訳ありません」
久慈方さんは呼吸を整え、ゆっくりと話し出す。
「私がこの世界線へ来た理由。それは浄御原 律を拘束するためです」
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