特典①

「調査対象の男が捕まった!?」

「あぁ……。つい最近になってなんだけどな。元和木の他に、もう一人女子高生と関係を持った、ってところまでは掴んではいたんだ。親を通して被害届を提出されるリスクも考えてはいたが、まさかこうも検挙が早いとは……」

「いや。それ……、元和木のこともバレちまうんじゃねーのか?」


 高校生の児童買春の場合、逮捕されるのは援助する側の大人だけだ。

 法律上、18歳未満はどこまでいっても保護されるべき対象だからだ。

 男との関係が表沙汰になったとしても、元和木自身が法的に裁かれることはない。

 もちろん、学校側が停学なり、退学なりの処分を下すことはあるが……。

 彼女の場合、問題はそこだろう。


「そうだな……。そこでお前に聞きたい。ぶっちゃけどうしたらいいと思う?」


 どうしたら、と言われても既に男の身柄が拘束されている以上、事実が明るみに出るのは時間の問題だろう。

 そして、更に問題なのは彼女が年齢を偽っていたということだ。

 万が一、男が彼女を成人だと認識していたことを客観的に証明できる証拠が提示されてしまえば、彼女の被害者としての立場が危うくなる。

 具体的には、掲示板やメッセージアプリなどでのやり取りがそれに該当するだろう。

 ……いや、まぁ実際に騙していたんだから被害者もクソもないのだが。

 そもそも、何故〝俺〟はそこまで彼女の身にこだわるのだろう。

 自分の職業的な立場を差し置いてまで。


「現時点では、最大限被害者としての立場を守れ、としか言えんな。まだ何も明るみに出ていないしな」

「そうか。だよな……」

「……なぁ、一つ聞いていいか? 元和木の事情は分かった。だが、何でそこまでして彼女を守ろうとするんだ?」

「……お前、知ってたか? 〝アイツ〟も母子家庭だったって」

「っ!?」


 悔しかった。

 〝俺〟はその後、現実から目を背けず向き合ったのだろう。

 だから、俺の知り得なかったに辿り着いた。


「〝アイツ〟もガキの頃に親父さんが亡くなったらしくてな。元和木と同じように学生時代はバイト三昧だったんだと。そんな中、やっと掴んだチャンスだったんだ……」


 きっとこれ以上、罪悪感を抱えたところで意味はない。

 この4年間、嫌というほど実感したはずだろう。

 進んだ針はもう戻せないのだから。


「人生なんてちょっとしたきっかけで取返しがつかなくなる。原因なんてものに意味はない。結果として残ったものが全てだ。それが今後の人生にずっとついて回る。分かるだろ?」

「それは分かる。でもな……。元和木の被害者としての立場を守ることの意味、分かるよな?」

「分かってるさ……」


 〝俺〟は口惜しそうな表情で、そう溢す。


 率直に言って〝俺〟の主張は少々飛躍していると感じる。

 状況が状況とは言え、この現状を招いたのは元和木の油断だ。

 〝アイツ〟とは性質が違う。

 だが、〝アイツ〟と彼女を重ねて見てしまう気持ちは、遺憾ながらも理解はできてしまった。


「あの……、少しいいですか?」


 俺たちの不毛なやりとりを搔い潜り、久慈方さんが居心地悪そうに話し出す。


「何だ? あんたまた来てたのか? 特典なんかいらねーって言っただろ?」


 〝俺〟が不快さを隠すことなく言い放つ。


「いえっ! 特典についてもそうなんですが、今話されていた元和木さん? について何ですけどぉ」

「……何だ?」

「その元和木さんと関係を持っていた方の名前って天名あまなさん、だったりしますか?」

「そうだが?」

「なるほど……。話が繋がりました」


 彼女が、天名の存在を知る理由。

 となると、やはりそういうことしかない。


「……天名は特典を所持している、ってことか?」


 俺が問いかけると、久慈方さんは静かに頷く。

 だが気になるのは、天名が特典を所持した経緯だ。

 話が込み入ってきて、いよいよ何がなんだか分からなってきた。


「実はこの世界線の〝近江さん〟とお会いする前に、天名さんと接触したことがあるんです」

「やっぱり、そうなのか?」

「はい。の手によって機構の監視システムがクラッシュされたことはご存じですね?」

「あぁ」

「それに併せてかは定かではありませんが、〝近江さん〟と天名さんのデータが入れ替えられており、私としてもそれに気づかずに天名さんとコンタクトを取ってしまったんです」

「なるほどねぇ」

「事情が事情とは言え、間違えたのはこちらの落ち度。ですので、やむを得ず天名さんに特典を付与してしまいました。大変不本意ではありますが……」

「まぁ、よりにもよって……という感じではあるな」

「はい……。元和木さんについては分かりません。しかし、もう一人の方については、確信犯の可能性が高いです。時系列で考えて、ですが」


 特典は機構にとってある種のペナルティだと、浄御原は言っていた。

 無闇やたらにばら撒いて良いものではないということは理解できる。

 だが、核となる問題はそこではない。


「……なぁ、そもそも殺人鬼の〝俺〟が禁則を犯したんだよな?」

「そこなんですよ! 私たちと近江さんとの間に齟齬があるのは!」

 

 齟齬? どういうことだ?

 一呼吸おいて、彼女は話し出す。


「単刀直入に申し上げます。殺人鬼の〝近江さん〟によって禁則が破られた、という情報は誤報です。本来あなたは我々の存在を知るべきではなかった」


 話が全く見えてこない。

 そうなると、これまでの前提が全て崩れる。

 浄御原は初めから嘘をついていたということか?


「本当なら一から説明しなければならないところですが、どうやら事態は一刻を争うようです。〝近江さん〟、天名さんが拘留されている警察署まで案内していただけませんか?」

「何かするつもりか? 弁護士でもなければ逮捕当日に面会なんてできないぞ」

「通常ならそうですね。ですが、特典利用の際は機構の人間の立会いが義務付けられています。その時であれば例外的にコンタクトを取ることが可能なはずです」


 その後の久慈方さんの話によると、どうやら特典を利用する際は、通常の時間軸から一時的に切り離されるらしい。

 その間は世界線の影響を受けることはないので、拘留中で身動きが取れない状況であってもコンタクトを取ることができるそうだ。

 これも初耳だ。

 確かにそれなら禁則が破られるリスクは最小限に抑えられる。


「特典が利用されれば、天名さんはすぐに釈放されるはずです。もし、既に警察に元和木さんとの関係が暴露されていたら、それまで。確認と口止めという意味でも、一度天名さんと会っておいた方が良いと思いませんか?」

「まぁ確かに……」

「この件については私にも責任の一端があります。ぜひ協力させて下さい!」

「……正直あんたには頼りたくなかったが、助かる」

「いえ、お気になさらずに」


 別に天名を庇うわけではない。

 だが、元和木のバックグラウンドを知ったからと言って、それが彼女を救う理由になり得るのだろうか。

 そして、浄御原。アイツは俺に何を隠している?

 胸のつかえが取れないまま、俺たちは天名が拘留されている警察署へ向かった。

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