遅れてやって来た「女子中学生」
……浄御原はどこへ行ったのだろう。
確かにココの〝俺〟が特典の存在について知っていたのは驚いたが、別に機構の職員は浄御原だけではない。
〝俺〟に教えたクジカタという女も、恐らく機構の人間だろう。
また別の世界線で禁則が破られたのか。
もしくは何か別のトラブルに見舞われたのか。
いずれにせよ、俺に関することの可能性が高い気はする。
だとしたら、慌てていたとは言え、浄御原は何故俺に何も告げなかったのだろう。
……兎にも角にも、この部屋に閉じこもっていても時間の無駄だ。
部屋から出ようと玄関のドアを押すと、何かが突っかかる感触がした。
またか……。
俺の住むアパートは築30余年のボロアパートだ。
玄関の開き戸は建付けが悪く、湿度の高い日などは開きにくい時が多々ある。
仕方ない……。こういう時にはやり方がある。
一旦ドアを内側に戻し、ややドアノブを下側に押すイメージで、壊れない程度に一気に攻める!
これがシンプルかつ一番有効な手だ。
モニター付きインターホンなんて分不相応な文明の利器を導入する余裕があるなら、こういった物件としての基本的な部分を何とかして欲しいものだ。
俺は一度ドアノブにかけている力を抜き、息を整え、一定の制御をしつつも出来得る限りの力でドアを押した。
いかん! ちょっと強すぎたか。
勢い良く開かれたドアは、ドンッと外側で鈍い音を立て半開きの状態で止まった。
外に誰かいたのか?
恐る恐る玄関の外を見ると、一人の少女がノビていた。
えーっと、中学生か?
というより、どう見てもそうだろう。
でなければ、紺色のブレザーに、ギンガムチェックのスカートなど着ているはずがない。
……いや、そうとも言い切れないな。経験上。
「すまん! 大丈夫か!? 人がいるとは思わなかった」
「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ何度もお邪魔してスミマセン!」
パンパンとブレザーに付いた埃を払い落しながら、彼女は起き上がる。
「えっと……、〝俺〟の知り合い?」
「えーっ!! 近江さん、昨日会ったばかりなのに、もう私のこと忘れちゃったんですか!?」
彼女はまん丸の目を大きく見開き、問いかけてくる。
昨日? まさかとは思うがココの〝俺〟が言っていた女、なのか?
「今日は、特典について言い忘れていたことを伝えに来たんです!」
「特典? て、ことはアンタもしかして機構の人間か?」
「そうですよ! 平行世界監視機構・理事長の
彼女は心外とでも言いたそうな表情で、俺を睨みつけて言う。
人手不足もここまで来ると深刻だ。
年端もいかぬ中学生が、組織の長に担ぎ上げられているとは……。
やはり労働基準法なんて都市伝説だったのか。
いかん、いかん。若者だと侮るのは老害の思考だ。
きっと、この少女は機構のトップを担うカリスマに相応しい何かがあるに違いない。
「何か失礼なこと考えてませんか?」
そう言って、プクーっと頬を膨らませてみせる姿は、中学生どころか小学生だ。
「いや、その歳で組織のトップ張ってるなんて、さぞかし優秀なんだろうなと……」
「言っておきますけど、あなたより年上ですからね! ちんちくりんで童顔だからよくそう見られますけど!」
「あっ、そ、そうだったんですね! それは大変失礼しました!」
俺は彼女に深々と頭を下げた。
この数日間、おかしな輩に絡まれていたことも祟り、女性への年齢云々の言及はNGだという、世の大原則をすっかり失念していた。
ただ、『それなら最初からブレザーなんか着てくんじゃねぇ!』などと言い訳の一つもしたくなるが、センシティブな部分に触れてしまった以上、やはり俺は素直に謝るべきなのだろう。
兎にも角にも、コスプレをこよなく愛する組織だということは伝わった。
「だからってそんな急に畏まらなくてもいいですけど……。それに、こちらも紛らわしい恰好をしていたのは事実ですからね。スーツを全てクリーニングに出してしまい、手元に残った服が中学時代の制服しかありませんでして……」
「そ、そりゃ大変だったな」
「本来なら長期休暇中ということもありましてね。完全に油断してました……」
この人も休日に駆り出されたクチか。
役員クラスともなれば、トラブルがあれば休暇など関係ないのだろう。
出世するのも考えモノだ。
「えーっと、そろそろ本題に入ってもいいですか?」
「あ、それなんだけどな。実は俺はこの世界線の〝俺〟ではないんだ」
「あれ? そうなんですか? ではあなたは誰の手引きでここまで来られたのですか?」
「浄御原って奴だが」
彼女の顔色は途端に変わり、俺に掴みかかってくる。
「今、浄御原とおっしゃいましたかっ!?」
「あ、あぁ……。そう言ったが」
「彼女は、どこにっ!?」
「い、いや、分からん。〝俺〟と話しているうちにどこかへ行っちまったからな」
「そ、そうですか……。あの……、差し支えなければ、どういった経緯でこの世界線へ来られたのか聞かせていただいてもよろしいですか?」
どうも引っかかる。
久慈方さんは機構の理事長で、浄御原の上司にあたる人物だ。
ならば当然、浄御原の動きは把握しているはずだろう。
ましてや、大規模なトラブルがあったわけだ。
今は職員が一丸となって対応に当たっている、と考えるのが自然である。
それとも、ガバナンス体制が機能しないほど現場は混乱しているのか。
まぁ話してみなければ、何も分かるまい。
俺は、彼女にこれまでの経緯について話した。
「そうですか。浄御原さん、どうして……」
久慈方さんは心底落胆した様子だが、俺はどうしても納得できない。
「なぁ、何であんたが浄御原の動きを把握していないんだ」
「……耳が痛いですね。それについては100%私の落ち度です。機構のことに関しては全て私の管轄内ですから」
な、何と意識が高く、崇高なリーダー観だろうか。
いや、本来組織の中枢にいる人間はこうあって然るべきなんだろうが。
経費で回らない寿司をかっ食らう、どこぞのコスプレ女に今のセリフを聞かせてやりたい。
「い、いや、別に責める気はないんだが……。単純に何でアイツの動きを追えていないのか気になっただけだ」
「近江さんには、順を追って説明しなければなりませんね。実は」
するとその時、バタバタとした足音がアパートに近づいてきた。
ハァハァと肩で息をしながら近づいてきたのは、つい先ほど慌ただしく部屋を出ていった〝俺〟だった。
「おい、どうした!?」
「マズいことになった……」
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