幼女とマルチ②

「民香ちゃんについて、教えてくれませんか?」


 養老が去った後、浄御原が〝俺〟に疑問を投げかけた。


「そんなこと知ってどうする?」

「別にどうこうするつもりはありません。ただココには法律のがいます。何か力になれることがあるかもしれませんよ」

 

 などと、浄御原はもいいところの俺を見ながら話す。


「……絶対に力になってやる、なんて無責任なことは言わねぇよ。ただ言うだけ言ったとしても損はないだろ。どうせ俺たちはすぐに居なくなっちまうんだしな。お前もあの子を少なからず、心配には思ってるんだろ? まぁ無理に話す必要はないが」

「……少し長くなるが、いいか?」


 〝俺〟は養老について話し始めた。

 どうやら養老の父親は、現在彼女が入所している施設の理事長だったらしい。

 一代で施設を立ち上げた優秀な人物だったが、ある日転機が訪れる。

 知人から紹介された投資案件で失敗し、多額の借金をつくってしまう。

 その額は個人で背負うにはあまりにも大き過ぎた。

 元来、潔癖な性格ではあったようだが、よほど切羽詰まっていたのだろう。

 彼は地元企業から施設へ送られた寄付金に手を付けてしまった。

 経理スタッフと協力し、不正会計処理を行い、一時的に周囲の目を欺くことに成功する。

 ところが、程なくして申告書の矛盾に気付いた税務署の告発により、粉飾に協力した経理スタッフに警察の捜査の手が伸びることになる。

 追い詰めれた経理スタッフは、任意聴取の場で遂に自白。

 それにより、事件は大々的になり、施設の信用は地へ落ちることに。

 彼女の父親は業務上横領、所得税法違反の罪に問われ、逮捕される。

 更に、不幸は続く。

 彼を支えきれなかった自責の念に駆られた養老の母親は、彼女を置いて自殺してしまった。

 その後、引き取ってくれる親戚も見つからず、養老は父親の創設した施設に預けられる運びとなった。

 だが施設の信用を落とした張本人の娘ともなれば、やはり風当たりも強い。

 食事についても、他の子供たちよりも少なく配膳されたりと、露骨な嫌がらせを受けているそうだ。

 そのため、養老はいつも腹を空かせているらしい。

 だから〝俺〟は施設の自由時間を見計らい、こうして食事を取らせているようだ。


「そうですか……。そんな過去が」

「直接的な暴力はないにしろ、それもう虐待だろ」


 コクリと頷き、〝俺〟は答える。


「だろうな。だからと言って〝俺〟に何ができるんだ? 親でもなければ親戚ですらないんだからな」


 確かに現状が動く義理はないのかもしれない。

 ならば。


「……なぁお前、金はあるか?」

「何だ? カツアゲでもするつもりかよ?」

「そうじゃねぇよ! いいから聞け。マルチで儲けた金はたんまり残ってるのか? それだけ答えろ」

「そうだな……。まぁこの歳にしては持ってる方なんじゃねぇか? 貯金ももうすぐ大台に乗るしな」

「は? 大台? 1000万か? 億か?」


 俺は思わず、食い気味に聞いてしまった。

 

 わざわざ大台と主張するからには、それなりの額なのだろう。

 完全に勝ち組じゃねぇか……。

 敢えて比べる意味もないが、それでも敗北感は拭えない。

 そんなコンプレックス全開のに向ける〝俺〟の視線は冷ややかだった。


「……いや、すまん。別に具体的な額は問題じゃねぇんだよ。慎ましやかに過ごせば、数年は遊んで暮らせるくらいの金があればな」

「近江さん、ひょっとして……」

「あぁ。それでだな」


 俺が具体案を提示しようとした時、不意に店の格子窓越しに泣きながらどこかへ走り去っていく養老の姿が視界に入った。


「おいっ! アレ、養老じゃないか!?」

「あっ! そうみたいですね。泣いてましたね……」

「追いかけるぞ!」

「お、おう。分かった!」


 養老を追うため、俺たちは喫茶店を出た。

 子供の足とは言え、やや初動が遅かったらしく、彼女を見失ってしまったようだ。


「……少し遅かったな。どうする? 闇雲に探し回っても時間の無駄だ」

「手分けして探しましょう!」

「待て待て! そもそも何も手がかりがないんだ。人手を分散させてもあまり意味がない」

「一つだけ思い当たる場所がある……」


 〝俺〟の言う場所について大方予想はつく。


「公園か?」

「あぁ」

「そうか。じゃあお前は先にそっちを探してくれ。あと養老の施設の場所を教えて欲しい」

「……何する気だ?」

「何もしねぇよ。話を聞きに行くだけだ」

「何故そこまでする? お前には関係ないはずだが」

「言っただろ。お前は俺だ。痴漢しようが、幼女を誘拐しようが、俺だけはお前に協力してやる」

「ほとんど犯罪予告だな。でも……、助かる。施設はこの通りをまっすぐ行って2つ目の信号を左に曲がれば見える」

「分かった。養老が見つからなくても公園には居てくれ。話が終わったらすぐ戻る」

「すまん……、頼む」


 それから俺と浄御原は、養老が入所している施設へ向かった。

 俺が思うにこの年頃の子供にとって、親や周りの大人が決めた価値観はこの世の全てだ。

 大人たちが養老を迫害するような空気をつくっているのであれば、周りの子供たちもその流れに抗うことは難しい。

 だから、ずっと養老は一人だった。

 誰にも相談できず、必死に抑えていた不安や恐怖、疎外感が何かの拍子で爆発してしまったのではないだろうか。

 とは言っても、俺が見たのは養老が泣きながら走り去っていく姿だけだ。

 現状、どんなに考えたところで推測の域を出ない。


「何だかんだ言って、協力するんですね」


 施設へ向けて走る中、浄御原が笑みを溢しながら話す。


「……何が言いたい?」

「いえ。私嬉しいんですよ。最初は放っておこうって言ってたじゃないですか。やっぱり近江さんだなーって」

「……テメェのケツは、テメェで拭けって言ったのはお前だろ。そもそも、俺は利己主義な人間だ。自分のためにしか、動かん」


 実際、そうだ。

 見知らぬ少女といえど、目の前で声にならないSOSを上げていることに気づいているにも拘わらず、それを見て見ぬふりするのはやはり寝覚めが悪い。

 ただ、それだけのことだ。


「……さぁ。それはどうでしょうかね」


 すると浄御原は、何故か苦しそうな表情でそう言った。


「つまらんこと話してないで急ぐぞ」


 本当は何のために動いているのか。

 ふとした拍子に浮かびそうになる、そんな疑問を振り払うように俺は道を急いだ。

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