03 Manhattan マンハッタン

 毎週の金土はバーが一番賑やかな時。

 サラリーマンから大学生まで、何も言わずにいつもこの時間で集まる。

 出会いを求めてナンパしに来た人がいるし、仕事終わりに一人でゆっくり飲みたい人もいる。

 この人並の中に面白いベアが何組かいる。

 一組は藤本兄弟、弘樹と隆司。

 二人は本当の兄弟ではなく、ただ偶然同じ苗字で、気も合う二人。

 弘樹は二十代の大学生、高身長のイケメン。裏にはファンクラブあるぐらいの人気者。

 アラフォーの隆司は顔が普通だけど、面白くて、お喋りも上手で、よく弘樹の代わりに話す。

 顔担当と口担当で分けて、店にいる可愛い女の子たちほぼ全員をナンパした。

 女子の中に藤本兄弟にナンパされたことないなら、絶対自分が可愛くないという噂もあるらしい。

 そしてもう一組は優菜と七海の美人ペア。

 もし藤本兄弟が一番ナンパしているペアというなら、優菜と七海は一番ナンパされるペアなのだ。

 俺の計算だと、ほぼ二組のお客さんの中に、絶対一組ぐらいはそっちをナンパする。

 ギャルの優菜は一見警戒心強そうで、声かけにくいが、のりがとても良くて、周りの人とすぐに仲良くできる。男のみならず、たまに女の子も声かけている。ただ、酒癖が悪すぎて、ちょっと心配になる。

 それに対して、清楚な見た目で、ちょっと人見知りの七海はいつも優菜の背中で隠れている。可愛い見た目の裏に、実はめちゃくちゃ腹黒い、必要な時は優菜の止め役も務める。だが弱気のせいで、毎回毎回巻き込まれる。

 入口付近は二人の特等席、幼馴染の二人は気付いたら、一晩中ずっとお喋りする。

「ねえ、ななみん!聞いてよ!」

「うん?」

「この前に藤本達と飲んだじゃん?せっかく弘樹のラインもらったから、そのあとも誘って、二人で飲みに行ったの!」

「へえ!ゆうちゃみも頑張ったね」

「けどさ!あの後知ってる?」

「どうした?」

「飲んだ後二人でカラオケいったのに、まさかあのくそ野郎がそのままあたしをほっといて、どっかにいったよ!」

「ウソ!クズじゃん!」

「でしょ?いくらあたしが酔っぱらったとはいえ、女の子をほっとくのは、無責任すぎじゃねえ?」

「ただのクズじゃん!でも聞いてね、あいつの太ももの内側にほくろついてるから、あれは早漏の証らしいよ」

「何で知ってんの?うけるんですけど!」

「噂なの!そんなことより、今日も飲もうよ!七海なら、ちゃんと責任取って、家まで送るよ」

「言ったね」

「ちょうどパパからお小遣いもらったから、奢ってあげるよ」

「わーい!ななみんの奢り!」

「すみません、マンハッタン二つください」


 マンハッタン、カクテル言葉は「切ない恋心」、二人がよく注文するカクテル。

 カクテルの王様と称されるマティーニと並んで、世界で最も有名なカクテル、別名「カクテルの女王」。

 誕生については諸説あるが、1850年代から1880年代くらいに誕生したと考えられている。

 その中で最も有名なのは、イギリスのチャーチル首相の母親ジャネット・ジェロームが考案した、1876年アメリカ大統領選挙の際、ニューヨークの「マンハッタンクラブ」で応援パーティーを開催し、その時のスペシャルカクテルとして登場したから、ネーミングされそうだ。

 IBAによるレシピは

 ライ・ウイスキー     50㎖

 スイート・ベルモット   20㎖

 アンゴスチュラ・ビターズ 1 滴

 氷と共にミキシンググラスでステアし、カクテルグラスに注ぐ。

 最後はチェリーで飾ると完成だ。

 材料と作り方は簡単そうだけど、基礎の鍛錬が足りないと、味が全然違うため、最も基本のステアカクテルでもいえる。

 ウイスキーベースのカクテルだが、スイートベルモットを使っているので、甘口の味わいが特徴だ。さらにビターズもいれているから、甘さの中にほろ苦さを感じることもできる。

 アメリカの禁酒法時代には、ライウイスキーではなく、カナディアンウイスキーで代用など、他のレシピも存在する。

 マティーニと同じに、各材料の比率の違いなど様々なバリエーションがあり、特にアメリカでは自分好みのレシピがある人も多い。

 優菜と七海の場合は、俺は通称「C.C.」のカナディアンウイスキー、「カナディアンクラブ」を使っている。スイートベルモットとの比率も5:2から2:1に変わる。すっきりとした味わいとほのかな甘い香りで、ボディをまろやかする。

 二人はよくナンパされるけど、優菜の酒癖が悪すぎるせいで、毎回失敗する。そういう時、いつも二人で一緒にこの酒を飲む。飲みながら愚痴をこぼす、俺もたまに相手にされる、

 けど結局また酔っぱらって暴れるから、優菜はいまだにいい男が見つからない。


 いつも通り、酔っぱらった優菜はそのまま席に倒れている。

「ななみん!将来はね、絶対いい男と結婚してね!そうじゃないと心配になるから」

「どうしたの?急に酔っ払ったおじさんみたい」

 七海が笑いながら優菜の頭を撫でる。

「あたしの経験人数がもっと多ければ、ななみんにもアドバイスできるのに」と言いつつ、グラスの中を眺めている。

「ねえ、ななみん。あたしって、そんなにヤバイ?」

「そんなことないよ!世の中の男って、そもそもいいやついないもん」

「マジそれな」

「ゆうちゃみ?」

 酔っ払った優菜が急にグラスをもって、藤本兄弟がナンパしている女のもとに向かっている。

「ねえ、姉ちゃん、あんまり弘樹と近すぎるなよ!あいつ、クズで早漏らしいよ」

「はあ?なんだよ、いきなり」と呆然な顔して、優菜を見ている。

「ほら!ゆうちゃみ!」と言いながら、七海は藤本兄弟に謝っている。

「ごめんね、弘樹君、隆司さん。ゆうちゃみまた酔っぱらってるから!気にしないでね」

「大丈夫だよ!七海さんも大変だね、こんな友人と一緒で」

「幼馴染だもん」と笑って、優菜を連れ帰ろうとする。

「ほら、ゆうちゃみ、帰ろう」

「別にいいじゃん!あたし嘘ついてないっしょ?二人きりでカラオケ行ったのに、なにもせずにそのままほっとかされて、こいつ絶対早漏じゃん」

「そのくらいにしとけよ、お嬢ちゃん。あんなに酔っぱらって、何もできないのは決まってるじゃん?あんたもわかるでしょ?自分が酔っぱらうとどうなるかって。弘樹君もちゃんとカラオケに連れて行ったじゃん?しかもカラオケ代までちゃんと払ったし。」

「いいんだよ、隆司さん」

「よくない!向こうから喧嘩うったでしょう?そもそもさ、あいつみたいな女誰がすきになるかよ」

「隆司さん、それはひど過ぎじゃない?ここにいるじゃん、七海」

 アルコールのせいかもしれない、いつも大人しい七海が急に前に出た。

「ゆうちゃみ、七海は全部しっているよ!七海を守りたいから、いつも無理してること、実はめちゃくちゃ寂しがり屋で、涙が出そうなのも我慢して、一人で家帰ったら、こっそり布団の中で泣く。七海はね、いつもお酒付き合うとか、幼馴染だからじゃない、全部はゆうちゃみのことが大好きだからなの!」

 いきなり告白されて、優菜がびっくりした。

「何それ?何でななみんまで….」と言って、一人で飛び出た。

「ゆうちゃみ!」

 店内の応援と共に、荷物を取った七海は追いかけた。

 こうして、突然の告白大会が幕を下ろした。

 それ以来、七海はいつも通り店に来て、このマンハッタン飲むけど、独り飲みになった。

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