第2話 無市文と子どもの転生希望者

本日2度目の職場紹介を受け、俺は配属部署へと案内された。

第3転生試験会場、事務室。

転生希望者の最終試験や、合格者の転生の手続きを行う場所である。


はじめに職場を案内してくれたチャラ男は、

「ほとんどの人間は第二次転生試験までに落とされちゃうから、ここの試験を受けられるのは1%未満かなー」

と、言っていた。

第1転生試験会場では主任の式神を筆頭に459人の職員が試験監督を行っている。

第2転生試験会場は、その半数ほど。

そして第3転生試験会場では、主任が試験官と事務員を兼任しており、職員数も主任ひとりだけだという。


「アナタの体質は最終試験の内容ともあっているし、ここでいいと思うわ」

「俺の体質」という言葉が少し気になったが、ツッコまないことにした。

この人のことでツッコんだらキリがない。

今、視界に入っている情報はどれも気になるものばかりなのだ。


例えば、この部屋の造り。

第1転生試験会場・第2転生試験会場は、事務室を含め、普通だった。

運転試験場とか役場の事務とか、そんな見た目だ。

しかし、この第3転生試験会場だけは違う。


壁も床も真っ黒。

天井には白いシャンデリアと、反物が飾られている。

そして大量に置かれた食虫植物と、それに囲まれた子ども用のベッド。

シャンデリアに以外の証明はなく、少し薄暗い室内はパソコン作業には不向きである。

しかし俺は不満は抱いても「誰かに抵抗する」するという意志はないので、特に文句を言わず、主任に与えられた仕事をこなした。


俺が働き始めて3日後。

ようやく二次試験の通過者が来た。

羽幌はぼろ乙姫おとひめくん。

享年7の男の子だ。


乙姫くんは、主任を見るなり目を輝かせた。

「わぁー、えほんのお姫さまみたい! いいなぁ」

どちらかというと俺には童話の悪役のような顔に見えたが、彼には主任が「えほんのお姫さま」に見えるらしい。

「嬉しいわ、ありがとう乙姫くん」

式神や職員に様付けされていたり、チャラ男にちゃん付けで呼ばれていたりと、年齢がよくわからない主任であるが、「お姫さま」と言われたことは嬉しかったらしい。

机から鬼が描かれたじゃがいものチップスを取り出すと、乙姫くんに手渡した。

「ぼく、こういうのたべるのはじめてだよ」

乙姫くんは細い手で袋を受け取ると、小さな口でパクパクとチップスを食べた。

ただの無邪気な子どもに見える。

こんな小さな子が死んだのか。


何とも言えない感情とともに、ひとつの疑問が生まれた。

3次試験へ進める者は転生希望者の1%未満だ。

今目の前にいる無邪気な子どもは、その1%未満に含まれると言うことになる。


めっ! とでもいうように、

「眉間に皺を寄せないの!」

と、主任は俺の額にできた皺を伸ばした。


そして乙姫くんの一次試験・二次試験の試験内容とその回答が書かれた書類を見せてくれる。


享年7、羽幌乙姫。

死因は栄養失調。

言葉を話せる年齢のため、すぐに転生先試験会場へ案内されたらしい。


希望転生先は「おかあさんがいるところ」

希望転生者は「お姫さまみたいでかわいい女の子」


1次試験会場では、

おかあさんはすきですか?

おかあさんはただしいですか?

おかあさんにあいたいですか?

など全7問の問いに、すべて「はい」と答え、筆記試験をクリア。

共有事項欄には「おそらく低体重。母を全肯定」と書かれている。


2次試験会場では、身体検査と実技テストを行う。

身体検査の共有事項欄には、「低体重、低身長。背中に痣」と書かれている。

実技試験内容は、お母さん役を務める職員と食事をするというもの。

問題なくクリアしたそうだが、共有事項欄には「お母さんと食事という設定と言っただけで泣いていた」と書かれている。


資料を読み終わり、俺は乙姫くんを見た。

大きめの服と長袖に隠れていて気が付かなったが、チップスに手を伸ばす乙姫くんの指と腕は細い。

そして乙姫くんが座っている椅子には背もたれが付いているが、彼は一切背中をつけようとしない。


空になったチップスの袋をさかさまにしている乙姫くんを見て、主任は

「もう1袋、食べる?」

と、新しいチップスの袋を出す。

「ううん、いらない」

「おなかがすいてがまんできなかったけど、ほんとはたべるのもだめだったんだ」


「そうなの」

主任は、黙々と乙姫くん最終試験受付の手続きを済ませた。

そして

「アタシたち、これからお昼ご飯を食べに行くのよ」

「よかったら、乙姫くんも一緒に食べましょう」

と、提案する。


「なにがあるの?」

「そうねぇ、お野菜とか、ケーキとか、あとお肉もあるわよ?」

「たべたい!!」

乙姫くんは主任の左手をとり、手をつないだ。

小動物のような視線が俺に向けられる。

「んっ!」

乙姫くんは左手を俺に差し出した。

しぶしぶ俺は手をつないだ。


ニコニコとした乙姫くん。

ほほえむ主任。

引きつった笑顔の俺。


そのスリーショットが、社内チャットでチャラ男に拡散されるまであと3分。

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