第1話 無市文の対面

享年28。

俺、無市むいちもんはけして働きたいわけではない。

しかし、このままでは成仏も転生もできないと閻魔大王に言われ、人手不足の転職先試験会場に派遣された。

ようは時が来るまで働けということらしい。


「も―少しで主任ちゃん、来ると思うよ」

「もーちょっとだけ、待っててくんない?」


彼は、大国おおくに玖二きゅうじ

転職試験会場、窓口の職員である。

パーマがかった茶髪に大きめの黒目。

背は高めで、わざとらしい伊達眼鏡をかけたチャラ男。

俺の苦手なタイプである。


しかも始業時間になっても、主任とやらが来ないので、俺は何故かコイツの後ろで転生者窓口の見学をさせられている。


「えー、キミのネイル可愛いね」

「あ、その香水、オレ好きだなー」

などと大国玖二は女の転生者が来れば、すぐに口説く。


男の対応は、必要最低限。

「じゃあ、転生希望先の書類書いちゃってください」

「あー、そちらの転生先でしたら試験をうけないと無理ですねー」

「こっちの書類にサインお願いしまーす」

などと、手短に済ませている。


仕事ができるのか、彼の列にできている行列は、隣の列よりも進みが早い。

女を口説きまくっているのに……。


俺がイライラしていることに気が付いたのか、大国玖二は主任とやらに電話をかけてくれた。

電話を切った彼は

「主任、もう少しで着くってー」

「窓口業務なんて見てても暇でしょー? ごめんねー」

と、俺に言った。


たしかに暇だ。

しかしひとつ気になることがある。


なんでこんなチャラ男が、こんな忙しそうな会社で働いているのだろう。

ホストでもやればいいのに。


「あの、」

俺は疑問を彼にぶつけた。

「どうしてここで働いているんですか?」


「えー、そんなの決まってんじゃん」

彼は当たり前のことのように答えた。

「だってここにいれば、毎日たくさんの女の子に会えるじゃん」

「地獄にもホストクラブとかはあるけど、あーいうとこに行かない女の子にもオレは会いたいし!」


俺には理解できない感情だ。

「それに、ここの主任ちゃんも美人ちゃんだしね」

その直後、鉄の塊が落ちてきたかのような衝撃音が聞こえた。

しかし職員たちは誰も驚いていない。

驚いているのは俺と長い待機列に並んでいる転生希望者たちだけだ。


「だ、大丈夫なんですか? すごい音しましたけど」

「大丈夫、大丈夫。車が屋上に着陸しただけだから」

「着陸って、車が空飛ぶわけじゃあるまいし」

「飛んでるんだよ。主任ちゃん、車で空飛んで出勤してるから」


「まぁ、運転してるのは主任ちゃんの式神だけどね」


意味が分からないが、周りの職員が衝撃音をまったく気にしていないことを踏まえると、彼の発言は事実のようだ。


「おっまたせー」

天井を貫通して、着物姿の幼女が現れた。

困惑している俺の横で、大国玖二はテンション高めで幼女に話しかける。

「主任ちゃん、おっはよー」

「今日も可愛いね」


「あら、玖二。おはよう」


こんなチビ女が主任とか、嘘だろ。

そもそもこいつ透けてるし、天井を貫通したよな……生きてるのか?


「あら、チビ女だなんて、レディに使う言葉じゃないわよ」

「それに、無市文くん。アタシは今、少しでも早くこの場に来るために霊体になっているだけで体はあるわよ」

「ほら」


そう言って幼女が指差した先には、背の高い双子がいた。

黒髪を後ろでまとめた女性が、彼女を抱えている。

幼女はふわふわと浮きながら、身体へ戻った。

実体を持って動き出した彼女は、ひどくおそろしいもののように思えた。

占い師が持っている水晶みたいに彼女の目は、なんでも見通すかのように透き通っていた。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」

ふわふわした雰囲気の黒髪ボブの女性が、言う。

「こちらが転生先試験会場、主任。あまの探女さぐめ様です」


「よろしく、文くん」

低い位置から差し出された握手に俺は応じる。

本当にこんな幼女が主任なのか?

ちゃんと仕事できるのか?

「あら、失礼ね。これでも仕事はできるのよ」

「それに私は幼女じゃなくて、主任よ。シュ・ニ・ン」

「言葉には気をつけなさい」


見た目に似合わない女性言葉で話す幼女……ではなく、主任。

先ほどから気になっていたが、この人は心でも読めるのだろうか。


すると主任と双子は、はっとした様子でゴソゴソと何かを探し始めた。

「もしかして、これ探してるのー?」

「昨日、第三試験室に落ちてたって、掃除のオネーさんが届けに来てくれたんだよー」

大国玖二は黒いレースで出来た細い布を主任に手渡した。

「ありがとう、玖二くん。これがないと困るのよ」

主任は目の位置に布を当てた。

完全に目を覆っているわけではないので、時折彼女の水晶のような目が反射するのが見える。


「この布がないと、主様は意図せずに万物の心を読み取ってしまうんですよ」

髪をまとめた女性が教えてくれた。


「申し遅れました。ワタシはあまの記紀ききと申します。こちらは……」

「アタシはあまの万葉まよって言います」

ボブの女性は天記紀、髪をまとめた女性は天万葉と名乗った。

「あれ、あまのって主任と同じ苗字ですね」

俺の疑問に答えたのは、目の前の美人な双子ではなく、チャラ男だった。


「あー、さっき言った式神がこの子たちだよ」

式神って、彼女たちは人間にしか見えないが……。


「確かめて見る?」

と、主任は天記紀の着物の裾をめくった。


彼女の足首には、入れ墨のように読めない文字が刻まれていた。

天万葉の足首にも同様の物があるらしい。

これが式神の印なのかと、彼女たちのスラリと伸びた足を見ていると


「文くんも、男の子なのねぇ」

「そうだねー。文ちゃんは足派かー、仲良くなれそうだよー」

という、主任とチャラ男の会話が聞こえた。


俺は彼女たちの裾を元に戻してやってから、主任に言った。

背の低い彼女と視線を合わせるため、一応、かがんであげた。

「1時間も遅刻しといて、新人をからかわないでください」


「まぁまぁ、そんなに怒らないの」

と、主任は俺の額を人差し指でつんっと叩いた。

幼女の見た目でこういうことされると、非常に調子が狂う。


「じゃ、主任ちゃん。あとはよろしくねー」

チャラ男は窓口業務に戻り、主任は

「そうねぇ、アナタの配属部署は決まっているけれど、一旦職場を案内しようかしら」

と言った。


どこにどんな部署があるのかは、主任が来る前に軽くチャラ男に教えてもらったのだが、どことなく不気味な主任にそんなことは言えなかった。

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