プロローグ 後編

地獄花街13丁目。

その奥にある細い路地を抜けると、2つの坂道が現れる。

日が当たっていない方の坂道を登り、S字に曲がって、黒土の道を進むと、イチイナガシの大木が現れる。

イチイナガシの右枝が指さしている細道を進むと、不格好な占いの館が現れた。


屋根は傾き左右非対称で、壁に塗られた塗料はまばらで粗が目立つ。

崩れずに建造物として存在していることに疑問を感じざるを得ないほど、館の造形は歪であった。


しかし、館内には見た目以上の空間が広がっており、天探女あまのさぐめの自室はこの世の神社ほどの面積がある。

彼女は広い部屋にぽつんと置かれた子ども用のベッドの中で、眠っていた。


ケェーゲケ、ケェークケ、ケェーケゲ。

雉の鳴き声のような音がする目覚まし時計が鳴り響く。

探女は鳴りやまぬ目覚まし時計に拳を下すが、傷ついたのは彼女の手の方で、目覚まし時計は無傷であった。


館の奥から、二つの足音が近づいてきた。

ヒールの高い靴を床に押し付けて静かに歩いている音と、耳をすまさなければ聞こえないほど小さくて軽い足音。


コンコンコンと3回、扉を叩く音が聞こえた。

主様あるじさま、入りますよ」

艶やかな黒い髪と煙水晶のような半透明色の茶色い目をした女性が二人、部屋へ入ってきた。

女性たちは瓜二つの顔をしているが、髪の長さや服装は異なっている。

主様あるじさま。今日は新人さんが来る日ですので、遅刻はできませんよ」

丁寧な口調で話す彼女は、肩まで伸ばした髪を内側にくるんと巻き、金色の髪留めをつけていた。

そして浅葱色の着物に、巻物柄の帯を巻いている。


「そうだったわね、記紀きき

探女は気だるげに体を起こす。

記紀は蜘蛛の巣のように細かく編まれた部屋のカーテンを開けた。

窓からは七色の光が差し込んでくる。


主様ぬしさま。髪梳かすんで、そこ座ってください」

少し砕けたような敬語で話す彼女は、長い髪を銀でできたかんざしでまとめていた。

そして躑躅色の着物に、葉柄の帯を巻いている。


「わかったわ、万葉まよ

探女は目をこすりながら、ベッドから降りた。

幼児ほどの身長の彼女は、目をこすりながら部屋の隅にある鏡台の椅子に腰かける。

万葉は木櫛に椿油を塗ると、探女のまっすぐで長い黒髪をゆっくりと梳かした。

心なしか探女は少し気持ちがよさそうだ。


「主様、今日のお召し物はどちらになさいますか?」

記紀は2着の着物を探女に見せた。

1着は、大きめの籠目柄に、菊が点々と描かれている着物。

もう1着は、大きめの市松柄に、牡丹が点々と描かれている着物。

どちらも漆黒色で、大きめの和柄に大きめの花が描かれている。

似たような着物だ。


探女はこのような着物が好きなのか、半透明の水晶でできた瞳を輝かせながら、2着の着物を見比べた。

探女は

「どちらも素敵だけど、今日は菊にするわ」

と、言いながら菊模様の着物を手に取ると

「牡丹は明日着るからね」

と、牡丹模様の着物に投げキッスを送る。

少し愁いを帯びた表情は、7歳前後の見た目をしている探女には少々不釣り合いであった。

しかしそのアンバランスさが、彼女の魅力を引き出しているのかもしれない。


天探女、記紀、万葉には食事という概念がないらしい。

身支度を済ませると、飲み物も飲まず、館の外へ出た。

万葉が運転席に座り、車のエンジンをかける。

記紀が助手席へ乗り込み、探女は後部座席のど真ん中で目薬を差していた。

探女が水晶でできた目に、真っ赤な目薬を差し終わる。


月白のS660は時速110キロで空を駆けた。

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