11
確かにベスとメロディはルームシェアすることになった。二人とも同じ街で、それぞれの理想の仕事をつかんだのだ。その上、学園からの親友と一緒にいられるなんて、どれだけうらやましいことだろう。
「どこかに食べに出かけよう」ベスが言った。「うちのおごりだよ」
「やったね」ソフィが言う。
わたしとソフィは仕事を始めたベスとメロディの部屋に遊びに来ていた。夏休みのほんの少しの間だけだ。数年間一緒に暮らしていた人と過ごすには短すぎる時間。だけど、四人でいる時間は何にもまして楽しかった。それが学園の厳しい校則のないところならなおさらだ。ベスとメロディの部屋は就職したての二人組にしては広々としていて、二人泊めるにも十分だ。二人がハイクラスの高等教育を終えて、普通の就職先よりももっといい就職先が見つかったからだろう。わたしとソフィだって、来年はこんな生活が待っている。あと一年、我慢さえすれば。
「何が食べたい?」ベスが言った。
「何でもいいわよ」わたしは言った。「あなたのおごりなら、あなたが好きなものを選んでちょうだい」
「じゃあ、うちのおすすめのレストランが近くにあるの」ベスが言う。
「そこにしましょ」ソフィが言った。
四人でレストランに出かける。ベスとメロディはしっかりとした自分の収入があるから、孤児時代のようにお金がないということにはならない。だから、今までにはないような余裕があり、多少の贅沢はできる。寄宿生のように不労所得で遊んで暮らせはしないが、それでも将来の成功の可能性はある。それに、今まで苦労してきたからこそ、頭を使って成功するための行動をとれるだろう。
夜遅くに二人の部屋に帰ってくると、玄関に封筒があった。ベスがそれを拾い上げる。
「これ、あんたにだよ。宛名がエマってなってる」ベスがそれをわたしに差し出した。
「ヘンなの。だって、ここにエマが来てるって誰が知るわけ?」ソフィが言う。
わたしは封筒を眺めた。エンボス加工のしゃれた封筒だ。宛名も飾り文字だし、蝋で封がされている。わたしはその赤い蝋をはがして、中の手紙を出した。読むうちに目を見開く。
「なんだって?誰から?」ベスが聞く。
「ジェームズ・ティルベラーよ。夏休みの残りをティルベラー家の田舎の屋敷に招待したい、ですって」わたしは驚きで固まったまま、小さな声で言った。
ジェームズについて、三人に教えていたのはよかった。とはいっても、学期末に部屋でやった告白大会で洗いざらい話させられただけだが。三人とも驚いていたが、特に怒ることはなかったし、批判も何もなかった。ソフィが新学期が始まったら自分を紹介することを約束させただけだ。
わたしの招待状は気がつくと三人の中でたらいまわしにされていた。
「これ、すごいわ」メロディが言う。「ジェームズとご両親の侯爵夫妻はお屋敷にいて、お迎えに人が来るそうよ。エマ、嫉妬はしないけど、さすがにうらやましいわ」
「でも、どうしようかしら?」わたしは言った。確かにこんな招待、受けたいけど、きらびやかな貴族の世界に行ったら、場違いとしか思えないのではないだろうか?それに、好意を受けるばかりで、自分が何も返せないのが引け目を感じさせる。
「どうしようって、何言ってるの?」ソフィが言った。「こんな立派な招待状を送るってことは、きっと、ご両親も了承のうえでだよ。こんなチャンス、わたしなら絶対生かす。それに、エマ、行きたいんでしょ?」
「そりゃ行きたいわ」わたしは言った。「でも、三人はいいの?」
「楽しんできなよ」ベスが言った。「ただし、どうやってここにエマがいるってわかったのか教えて」
「なら、楽しんでくるわ」
約束の日になったとき、わたしはベスとメロディ、ソフィの三人と一緒に指定された場所に行った。三人はついてこないけど、どんな人がどんな迎えで来るのか気になったからだろう。それに、わたしも三人がいれば心強い。
「エマ様ですか?」指定された場所につくと、迎えの人はすでに待っていた。きちんとした服装、礼儀正しい話し方。これが貴族の下で働く人ということだろうか?
「ええ、そうです」わたしはできるだけ怖気づかないようにはっきりと言った。
「失礼ですが、こちらの方々は?」その口調はとても丁寧だが、実際はわたしが三人も連れて行きたいと言ったらどうしようとでも思っているのだろう。
「わたしたちはここでエマと一緒にいただけです。彼女を送ってきたので、これで失礼します」メロディが言った。こういう時、物おじせずに礼儀正しい対応ができるのはメロディが一番だ。
「そうですか。では、ごきげんよう」三人はそれぞれわたしにハグをすると、手を振ってニコニコと帰って行った。きっと、この人がすごいとでも言っているのだろう。
「では、ご案内します」
迎えに来てくれたとはいえ、ムリに何も聞くことはないし、礼儀正しい。こんな人が周りにいたら、さぞ気が利くんだろうとわたしは思った。乗り物も今までに乗ったことがないほど乗り心地がいいし、贅が尽くされている。
数時間ほどするとどこまでも広がる草原と森の先に大きなお屋敷が見えてきた。何十年も建っているのがわかる重厚な雰囲気の豪華な建物。門や庭は手入れされていて、自然と調和しながら品の良さがうかがいみれる。お屋敷とその周りのすべてを合わせてもアスティルレード学園より大きくて広いし、豪華だった。
玄関口に乗り物がつく。正面玄関はゴシック様式の両開きだ。乗り物から下りると、人がやってきてわたしの少ない荷物を持ち、屋敷の中に案内してくれた。中はきれいでやはり豪華だ。これがジェームズの暮らすお屋敷だなんて信じられなかった。映画や小説の中の世界のようだ。
「エマ様、こちらです」荷物を持っていたのと別の人が行く手に現れて、わたしに言った。
「どこに行くんですか」わたしも聞いてみる。荷物はもう先の方に行ってしまった。
「侯爵ご夫妻がお会いしたいそうです」
わたしはその答えを聞くと固まってしまった。侯爵ご夫妻なんて、どんな方たちか想像もつかない。招待は受けたけど、考えられるのはジェームズのことだけだった。わたしが来たのもジェームズに会えるから。学園でのように周りの人を気にせずに過ごせると思ったからだ。こんなにたくさんの使用人と侯爵夫妻のことなんて考えていなかった。
角をいくつか曲がると、大きな廊下に出て、その先に大きなドアの部屋があった。使用人が先に入る。
「エマ様がご到着です」使用人が優しくわたしを部屋の中にいざなった。
夫妻はソファに寄り添って座り、ジェームズは窓際に腰かけていた。部屋は学園の談話室ほどの大きさがあり、それ以上に豪華だ。ふかふかのソファに今は火の入っていない暖炉。大きくて外の庭園が見渡せる窓とその窓辺にあるクッションの敷き詰められた座るところ。気品があって、貴族の館のイメージそのものだった。
「エマ、お会いできてうれしいわ」夫人が立ち上がると、わたしのところにやってきた。とても華奢で美しい女性で、優しそうな笑みを顔中に浮かべている。夫人はわたしを優しくハグすると、そこに侯爵がやってきた。
「エマ、来てくれるのを楽しみにしていたよ。息子はきみのことをずっと褒めているのでね」侯爵はジェームズをちらりと見た。彼は窓辺から立ち上がって、こちらに歩いてくる。
「久しぶり。友だちのところの滞在は楽しかった?」ジェームズは気安く、朗らかに話している。学園での無関心を決め込んだ態度や、ほかで見たぶっきらぼうな態度、わたしに見せる気づかいのあふれる様子とも違う、別の顔だ。素直な良家の令息はこんな感じでいることを求められているのだろうか?
「ええ、でも、ここに来ることも楽しみにしていたわ」わたしはそこまで言うと、夫妻に向きなおった。「ご招待ありがとうございます。こんな暖かい歓迎までしてくださって」
「これくらいなんてことない。息子があの学園で楽しく過ごせたのはきみのおかげのようだしね」侯爵はにこにこしている。「わたしもきみに会えて、その魅力がわかった気がするよ」
「そんな、ありがとうございます」わたしは気恥ずかしくなって、小さな声で言った。
「長時間の移動で疲れているでしょう?」しばらく話したのち、夫人が声をかけてくれた。「部屋は用意してあるわ。ジェームズ、案内して差し上げて」
わたしは夫妻に感謝を述べると、ジェームズと一緒に部屋を出た。ジェームズは今までにないほどリラックスした表情だ。自分の家とはそんなに心落ち着くものなのだろうか?わたしはふと思った。孤児院や学園の部屋も、自分の部屋ではあるから、それなりにリラックスできる。だが、友だちと相部屋で借り物という気持ちがぬぐえないから、気を張るのだ。それに、わたしには両親がいて愛されている家庭というものは記憶にない。
「道中はどうだった?困ったこととかなかったよね?」二人きりになると、廊下を歩きながらジェームズが言った。
「大丈夫よ。ていうか、それ以上ね。あんなに快適な移動は初めてだったわ」わたしは廊下を見回した。「こんな豪華なお屋敷に住んでいるなんて。どこかの宮殿みたいじゃないの」
「たしかにここは歴史ある建物だよ。それに、豪華なのも事実だ」彼はあまり興味を持っていないようだった。
「こんなところを何とも思わずに、生活の場にできるなんて」わたしはため息をつく。「わたしなんか、気後れしてるわ。使用人がいて、何でもしてくれるなんてありえないんだもの。わたしはしてあげる方だといつも思ってたし」
「気を張らないでいいよ。使用人がきみを落ち着かせないなら、できる限り邪魔はしないように伝える。でも、ぼくたちに気を使って何かをしようとは思わないでいい。ぼくがきみに来てほしくて呼んだんだから」
ジェームズは立ち止まると、わたしを見つめた。深緑の瞳が情熱に燃える。だが、また、彼は瞳を曇らせて顔をそむけた。それでも前ほど目に見える変化ではない。彼がとどまる理由が何であれ、克服してきているということだ。それはわたしにとってもうれしいことだった。
「わかったわ。でも、感謝するのはやめないわよ」わたしは無理に明るく言うと、彼の腕をとって歩き始めた。「それに、興奮するのもやめられないわね」
わたしの泊まる部屋は二階の一画にあった。ジェームズやご夫妻はそれぞれ、自分の好きなところに部屋を持っているそうだ。それぞれの部屋が一つの場所に集中しているわけでもなく、この客室も近くに誰かの部屋があるわけではなかった。でも、使用人は廊下を通ることが多いから、人気がなくなるわけでもないらしい。少しありがたいと思った。始めてきた古いお屋敷で一人きりとは恐ろしい気がしたからだ。いくらジェームズが小さいころから暮らしていたお屋敷でも関係ない。
客室は広々としていて、中央にあるベッドと、火の入っていない暖炉、その前にある絨毯とソファ、ローテーブルが重厚感を醸しだしている。ベッドとローテーブル、それに壁際にある机と洋服ダンスはすべて光沢のあるマホガニー製だ。カーテンや絨毯は重みのある赤色で、窓は大きく、外の庭が見渡せる。
「きみの荷物はタンスの隣の低い机に置いてあるよ」ジェームズが指し示したのは膝当たりの高さの細長い机だ。わたしの荷物が丁寧に置かれている。
「このタンスの中にしまうべき?」わたしは荷物を見た。たいしたものは入っていない。お気に入りの本が二冊、数少ないしここではみすぼらしく見えてしまいそうな服が数着、
後はミセス・アヴィエラが渡してくれたロケットだけだ。
「えーと」ジェームズは困ったように髪を触った。それから言う。「見てもらった方が早いね」
彼が大きな洋服ダンスの扉を開けると、あふれんばかりの洋服とアクセサリーが入っていた。どれもわたしのサイズくらいで、高級そうなデザインと生地のものばかりだ。わたしは驚いてジェームズを穴のあくほど見つめた。これはどういうこと?
「念のため言っておくけど、これはきみのために新しく買ったわけじゃないよ。それじゃ気を遣わせるだろうから」ジェームズが言った。
「じゃあ、これは?」
「ぼくの従姉のだよ」ジェームズは肩をすくめた。「昔はよくここに遊びに来てたんだ。すごくファッションが好きな子で、よく行くどの家にもこれ以上の服を置いていてね。今は数年間、海外にいる予定なんだ。聞いてみたら服は自由にしていいそうだよ。彼女にとっては一回着た服はもう着ないものだから」
「本当にいいの?これ、きっと高価なものでしょう?」わたしは聞いた。ありがたい心配りだけど、こんなすてきな服、間近で見たこともない。
「気にしないでいいんだよ」彼は少し笑った。「着たくないなら着なくていいし、着たいなら自由に使ってくれていい。一応、こことこの部屋の浴室にあるものは何でも使っていいし、ほしいものがあればすぐに使用人が用意する」
「わかったわ」たぶん、使用人に何かを頼むってことはないだろう。でも、そんなことを伝えて困らせるつもりもなかったから、黙っておいた。
「じゃあ、ぼくはこれで」ジェームズは扉のところで振り返ると、付け足した。「あと三十分でディナーだ。そのままでもいいけど、ぜひそこの服を着てみて。ぼくの母が喜ぶと思う」
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