そのさん 「ぶっこめ、紫電の剣!」

「うわあああっ!?」

 エルフの戦士が宙を舞った。跳躍ではない、魔猪が振り上げた牙による攻撃の余波がその細身を吹き飛ばしたのである。そのまま岩壁に叩きつけられて気を失い、手にしていた槍は傍に転がった。

「ハサキとファリオは!?」

 弓使いは叫んだ。同時に矢筒から矢を取り出し、木製の弓を引き絞る。紅く光る眼を狙うが、激しく動き回る魔猪の一部分を狙って当てるのは相当難しく、結局牙に弾かれてしまった。

「ダメ、私じゃ当てられない」

「さがっていなさい」

 そう言って前に出たのは老エルフの司祭だった。彼は輝く錫杖の石突を地に打ち、しゃらんと美しい音を響かせた。厳かな音は破魔の力を持ち、邪な者の鼓膜を通して魂を破壊する。破魔の力は魔猪を苦しめ、小刻みに震えて足を止めた。その間も老エルフは魔法の詠唱を続けている。

「“静かなる水面、荒れ狂う火炎嵐、悉く許し許容する大地、そして神の力は雷。万物に感謝を、恵みもたらす神よ、我が祈り”……」

 詠唱が進むほど力は増し、最後には魔猪は存在を瓦解させていく筈だった。だが、この魔物の力は老エルフの長年培われた知識と経験、そして魔力を持っても容易に測れるものではなかった。

「BUAFOOOOO!」

 雄たけび一つで彼の生命力は爆発的に上昇し、前脚で地を叩きつけた! 生じた衝撃は地震を起こし、一部の家屋が倒壊する被害が起きた。人々が悲鳴を上げてしゃがみこむ。

「イカン、これほどとは」

 荒れ狂う地盤に耐え切れず、詠唱を途切れさせてしまう。聖なる呪縛を解かれた魔猪は尚怒る。怒りは理性を代償に心臓を限界以上に稼働させる。大きな鼓動の音が身体の外にいるエルフたちの長い耳を襲い、戦慄した。魔猪の巨体が脈動し、憎悪を孕んだ血流の循環が全身にあり得ざるパワーを与えていた。

「少し大きくなっていないか」

 誰かが呟く。その者の言う通り、魔猪は少しずつ大きさを増している。

「BUFU、BUFU……」

 鼻息荒く、動きが止まっている。僅かに生じた隙だったが、その隙を突く胆力を持つ者はこの場には居なかった。皆、その異様な光景に息を呑んでいる。唯一行動できるとすれば村の司祭であり長である老エルフだったが、先ほどの振動で足を取られ転倒してしまい、老化で弱った足腰で立ち上がることができないでいる。

 エルフたちは絶体絶命の危機に陥っていた。戦う術を持つ者は老若男女問わず立ち向かい、そうでない者はなるべく遠くに避難している。最も幼い子供は母の腕に引かれて森へと避難を始めていたが、彼はずっと後ろの光景を気にしている。

「何をしているの、前を向いて走りなさい」

 母親に叱咤されるが、彼はどうしてもその光景から目を話すことができない。腕自慢の森の戦士たちが成す術なく蹴散らされ、住処が燃えていく。残酷な情景だが、彼の眼が捉えていたのは希望だった。

はは、雷が来ます」

 母エルフは思わず空を見上げるが、空には変わらず星が瞬いているだけ。雨雲などどこにもない。彼女はやはり、眩暈を覚えた。

「こんな時にまで馬鹿なことを言わないで。今は貴方の妄想を話す状況ではありませんよ」

 息子を引く腕の力を一層強め、彼女は引きずるようにして歩く。子は戸惑うが、やはり訴えは変わらない。

「でも、はは。雷が来て魔を打ち払うのです」

 見て見てと言わんばかりに後ろを指さすが、母は相手にせず彼を引っ張っていく。エルフの子は人差し指を唇に当てて、残念そうに俯いた。


「――UAAAAAA!?」

 たてがみが激しく燃えて魔猪が悲鳴を上げた。

「なんだ!?」

 エルフの村の者達がどよめく。老エルフは、村の反対方向、南西から跳んできた火球が魔猪に襲い掛かったのを見た。

「エルフの皆さーん!」

 魔猪の右側面に回り込んでエルフたちの視界に入るように立ち回ったナギが、口に当てた手を筒のようにして大きな声で呼びかけている。この土壇場でヒトが現れたことに不快感を示すエルフ無何人かいたが、彼女と顔見知りの数人はその登場に驚いていた。

「ナギ!? どうしてここに」

「お手伝いします! こっちに誘導してください!」

 ギロッ! 魔猪の赤い右目がナギを捉えると、飛び上がって驚いて慌ててその背後に回った。魔猪は身じろぎして身体を震わせると、燃える背中の炎を消してしまう。

「行くのだ!」

 気が削がれた一瞬の隙を突き、老エルフは号令を下す。エルフたちは無言で頷き、一斉に飛び出す! 身軽な彼等の跳躍は一足で身長の二、三倍に到達し、飛び跳ねるように移動していく。

 魔猪が気付いた頃には眼前に剣が迫り、矢が飛んでくる。頭を振るう事でそれをけん制するが、少しタイミングが遅く、身体に無数の傷を負う事となった。

 魔猪を飛び越えたエルフたちが見たのは、オレンジのポニーテールを揺らしながら一目散に逃げるナギ、そしてその先に居る旅装の男。月光に照らされたくすんだ赤色の髪が、高まる魔力の余波で揺れている。

「ヒト……!」

「魔導士だぞ、魔法学院の者か!」

 エルフたちの間に動揺が浮かぶ。ナギはともかく、あの男を信用していいのか。憎きオーライム魔法学院の者の助けなど借りる必要など……。

 ナギは、彼等の戸惑いを感じ取った。だが、そんな猶予は無いのだ。魔猪の周囲に張り付いているエルフの戦士たちはその巨体に圧倒され、直ぐに戦線を瓦解させてしまうだろう。その前に、ここまで誘導しなければシダラの作戦が意味をなさない。説得のために叫ぼうとした。

「その男は味方だー!」

 ところが、若い男の声がその役割を担った。


 ☆☆☆☆☆

 

 走り慣れた森を駆け抜け、坂道を下る。ハサキはその背中に声をかけた。

「ファリオ!」

 高く険しい崖を飛び降りる事もできず、迂回を余儀なくされる。北西方向にある村に対して南西に回って坂を下りていく。急坂の道は崖を飛び降りる程ではないがかなり危険な道行だが、エルフ族である彼等は持ち前の身軽さを武器に駆け下りていく。

 転がり落ちる石と並走し先を行くファリオに、ハサキは叫び続けている。

「ファリオ、聞いているのか!?」

 呼びかけに答えない。彼の言いたいことはもうわかっている。それに、この話は既に3回目だった。それでもハサキは叫んだ。

「シダラとかいう魔導士の助けを借りれば、確実性が増すんじゃないのか!」

「くどい」

 短く、低い声でその訴えを拒絶する。ハサキはうっ、と言葉を詰まらせた。

「我らがヒトの力を借りることはあり得ない。ましてや、魔法学院の者だ」

「奴はもう無関係だと」

「それに、奴が我らに手を貸す理由があるか? あったとしたら、それは邪な心だ。無垢を装い学びを乞い、挙句に命を弄んだあの魔法学院の者共と同じようにな」

 ファリオの背から発せられるのは強い怒りの念だった。歴史や偏見だけで膨らんだのではない、実害と悪意を浴びた魂は決して仇に助けを求めない。彼がそう考えるようになった理由をハサキは知っている。

 今から70年ほど前、オーライム魔法学院の人間と静寂ラ・フェイルの森のエルフたちは親交があった。個体差があれど、長い者で千年の時を生きるといわれるエルフの賢者は、魔術を学ぶ者にとって羨望の対象であった。この森にも長命の賢者は存在し、その蓄積された知識を披露する機会を開催するにあたって、魔法学院は定期的にその場を設けていた。エルフ族の住処としては異例なほどに当時の静寂ラ・フェイルの森のエルフはヒトを始めとする人間の一族全てに友好的だった。

 ヒトもまた、長い歴史を持つエルフ族の魔導技術と知恵にはとりわけ敬意を払い、奢り昂る種族としての振る舞いも忘れて真摯に学びに向き合った。ところが、その関係が断ち切られる大事件が起こる。

 ハサキの従姉にあたる、当時22歳の若いエルフがいた。少女は村の外の世界に強い憧れを持っていた。興味の対象は年に数度村を訪れる魔法学院にも向けらる。訪れた魔導士は外の世界を知りたがるエルフを面白がり、あることないことを彼女に吹き込んだ。外の世界に出る事がまだできない少女はその虚実を判断できなかったが、いつかそれを確かめに行くことさえ楽しみにしていた。

 ……そこに付け入る悪意があった。禁じられた魔法の媒介としてエルフの心臓を求めたゲルガーという魔導士は、彼女を言葉巧みに村の外へ連れ出して殺害した。それに激昂した静寂ラ・フェイルの森のエルフたちは魔法学院に釈明と本人を突き出すように要求するが、魔法学院側は関与を否定。そのような人物は学院におらず、濡れ衣であると主張した。誇りを傷つけられたエルフは戦争を起こそうとしたが、聖協会が仲裁に入り、事件の真相が明らかになるまで静寂ラ・フェイルの森にオーライムの者が立ち入らないことを条件に休戦することになる。それから70年の月日が流れた。その間に当時の最大戦力であった齢920歳の賢者は老衰で死に、エルフたちは戦争を仕掛ける機会を失う。結局仇討ちさえ果たせぬまま、彼等の胸には屈辱による怒りが燻り続けている。

 年の近かった従姉を失ったハサキは村の中でもヒト嫌いが顕著である。しかし、そんなハサキですらファリオの秘めたる怒りには遠く及ばないと知っている。ファリオはハサキの叔父であり、死んだ少女の父親だった。彼は感情を表に出すことを滅多にしない。だが、ふつふつと胸の内に燃え上がる憎悪の炎は決して消えることは無く、ヒト族に対する不信感は増す一方だった。

「なら、力を借りたら村から追い出してしまえばいい。大切なのは村を救う事だろう!」

 急坂や石壁を滑り降り、地に降りてからもハサキは説得を続けている。いい加減うんざりしたファリオは思わず足を止めて振り返った。くすんだエメラルドの瞳には、深い絶望と怒りの色をにじませている。

「ハサキ、何故だ。お前もヒトが憎いじゃないか。幼い子ですら自らの学問の為に殺すヒトの残虐さを知っているだろう!」

 隠された情動が語気に宿って、炎のような怒りが噴出した。ハサキはその迫力に驚いたが、自分の考えは曲げなかった。

「その眼だ。ファリオ。傷ついた者の怒りの眼。俺はあの男にお前と同じ眼を見た」

 怒れる瞳はハサキを怯ませたが、それはむしろその直感の正しさを告げるものだった。ハサキが感じた、シダラに対する戸惑い。例外なく害意のある浅ましい存在のヒトなのに、我らと同じ怒りを宿したその瞳を見ていると、何故だか他人とは思えなかった。

「あの男も魔導の為に傷つけられ、怒りを感じている。僕達と同じだ!」

「馬鹿なことを言うな! 我等エルフとヒトが同じであるはずがない」

 一族の誇りさえ軽んじる発言に、ファリオは時を忘れて甥を叱りつけた。それでもハサキは主張を曲げなかった。

「僕もそう思っていた。ヒトは皆等しく浅ましく、愚かで恥知らずだと。だが、傷つける者と傷つけられる者がいるように、己の利益のみを追求する者だけでなく大切な者を守る為に戦う者もいるのでは無いか」

 ハサキが長く語るうちにファリオは冷静さを取り戻し始めていた。白けたようにそっぽを向き、再び走り出そうとしている。

「シダラがそうだとでも? 出会ったばかりで何がわかる」

「奴が最も怒ったのは、ナギを傷つけられた時だったからだ」

「……!!」

 不意を撃つ指摘にファリオは思わず足を止めた。瞬間、シダラが最も激怒した瞬間を思い出す。

「シダラの言う背中の傷が、本当に彼にとって望んだものでないのかはわからない。だが、あの怒りはきっと本物だった。僕達と同じように、大切な者を傷つけることを許さない人間の目だ!」

 ハサキは叫びながら、己の思いを自覚していく。妙な感覚だった。憎んでばかりのヒトに、こんなに肩入れしている自分が不思議だった。だが、この直感は間違いではないという確信がある。

「どの道、

 ハサキは言葉を詰まらせた。説得に時間をかけすぎたのだ。ファリオの瞳が揺れている。あと一押しだったのかもしれないが、彼の言う通り今から呼びに戻っては時間がかかりすぎる。

(そうだ。もう遅いのだ。判断を誤ったのだとしても、それを覆すことはできない)

 ファリオの記憶は遠く遡る。あの時、もっと早くに娘の姿が消えていたことに気がつけたら。他の魔導士と違う、闇に心を引きずり込まれたあの男をもっと警戒していれば。あの子は今も笑っていたかもしれないのに。

(俺はまた間違えたのか)

 自問自答の末に、自分の意識が心の傷跡に吸い込まれそうになる。だが、その目に飛び込んできた光景が現実に意識を取り戻した。

 二人が見たのは、村の前にそびえ立つ紅い巨体。月光を背に牙を振るう魔猪だ。その周囲を仲間のエルフたちが飛び交い、何事か叫んでいる。そして、それらより遥かに手前で時を待っているのは、ナギとシダラだった。

「何故、ここに」

 向かい風が吹いた。この風の親は魔猪か、シダラの魔力か、それとも別の、運命の暗示か。どちらにせよ小声では誰にも何も届かない。

「ヒト……!」

「魔導士だぞ、魔法学院の者か!」

 風に乗って仲間たちの戸惑いの声が聞こえてくる。彼等もシダラを信用できないのだ。当然だ、我らはヒトの魔導士に深く傷つけられた。この男もその同士で、陥れようとしているかもしれない。そうでなくても、外道の力を借りたとあっては死んでいった先祖に顔向けできない。あの子にも……。

 罵声を浴びながらも彼は何も言い返さない。だが、風になびく茶の髪が、焦る気持ちを代弁するかのように激しく震えている。

「シダラ・レア。お前は敵か。それとも……」

 迷いが呟きとなって口から洩れる。しかし、隣の若者は大きく息を吸って、彼にとっての答えを一息に吐き出した!

ー!」

 叫び声が届いて、皆が驚いた表情でこちらを見た。ファリオも振り向く。深く息を吸ったハサキが、続く言葉を迷いなく叫ぶ。

「力を貸してやってくれ!」

 叫ぶハサキとそれに並ぶファリオを見て、仲間たちは頷いた。ヒト嫌いで知られる二人がそれでも信じろというなら、我々もそれに続こう。

 エルフたちの動きが変わった。必殺の一撃を狙うのではなく、動きを遮り、あえて隙を作ることで誘い込む。魔猪は少しずつシダラに向かって近づいていく。ナギは傍らにいるシダラに声をかけた。

「来るよ、シダラ」

「ああ!」

 相槌の言葉には力が籠っていた。魔力を高める嚆矢を口の中で紡ぎ、サッと手を地にかざす。その間に魔猪はシダラを見つけ、突進を開始した!

「“大地の精よ。其処に在る土に虚ろを作れ。さすれば汝、贄を喰らわん!”フォール・ノーム!」

 魔猪が地を踏み鳴らすたびに大地が揺れる。だから、その振動が何故発生しているのかをカモフラージュすることができた。大地を揺らしているのは奴だけではなかった。

「今だ!」

 シダラが手に気合を込めると、それを合図に術が発動する!

 ガボッ! 突如、魔猪が踏み込んだ大地が真四角に穴が開き、彼を奈落に落とした!

 穴の大きさは一辺約8メートルの立方体である。落とし穴に落とされたと理解できず、魔猪は荒れ狂う。

「す、すごい」

 魔法の規模とその精度にエルフたちが感嘆の声を漏らしている。エルフたちの中には自然躁術マニュピレイト・アーツの使い手も混じっていたが、シダラほどの魔導士は居ない。

「感心してんな、追撃するぜ!」

 シダラの号令をきっかけに、魔導士たちは詠唱をはじめ、弓使いは射撃を行う。

「“烈火よ、矛先に飛翔せよ”。ファイアアロー!」

 やはり詠唱が一番速いのもシダラだった。掌大の火球を放つ。その時、彼の背の傷が薄紫色に輝いているのをナギは見た。

 少し遅れて数人のエルフも同じ術を放つ。彼等は精霊への祈りを込めた腕輪や短剣を媒介に魔法を発動していたが、シダラは今回も素手で魔法を放っている。

「GYABAUU」

「やったか!?」

 炎で攻められて苦悶の声を漏らす魔猪を見て、エルフの誰かが勝利を確信した。ところが、その生命力は弱まるどころか、怒りのままに増幅している。穴の中で暴れる魔猪はがむしゃらに体を土壁に打ち付け、大地そのものを破壊しようとしていた。

「このままじゃ地盤が崩れるぞ」

「魔法を撃ち続けるんだ!」

 魔物は総じて再生力が高い。だが、これだけ直撃を受けて傷つく気配すらないのは異常だ。紅く光った目、唐突な巨大化、何か異常な現象がこの魔物に起きているのか。

「……なんて、考えてる暇はねーよな」

 原因を探る余裕はない。シダラは瞳を閉じ、集中した。

、やるの?」

 隣でナギが心配そうに見つめている。シダラは片目を開けて微笑んだ。

「ああ。こないだみたいに規模の大きな攻撃じゃない。その分射程も短いけど、たぶん当たるはずだ」

「……そっか」

 その説明を受けてもナギの気持ちは晴れなかった。彼女が心配しているのは、そこではない。そんな様子に気付くことは無く、シダラは精神を集中させ、魔力を高める、呪文の嚆矢を述べた。


『悠久の時の果て 蘇りし力

 我、汝ら遠き子孫の身なりて

 力を借るべく願い奉る』

 

 薄紫色に光る魔法陣が展開され、そこから障壁が展開されていく。夜空の下で幾何学模様が怪しく光るその光景は、長くこの森で生きるエルフたちにとっても見慣れない光景であった。

「……なんだ?」

 弓を引いたファリオがその手を止めてシダラを見た。ハサキもそれに気づく。シダラの元から生じる風が森の木々を揺らしていた。

「異様な魔力の高まりに森が怯えている。何をするつもりなんだ!?」

「大丈夫です! 彼を信じて。それより、魔猪の動きを止めてください」

 狼狽えるエルフたちに力強いナギの声が良く通る。戸惑いながらも、魔猪に対して攻撃を再開していく。


『我、我が身、魂を持って誓わん

 委ねられし力 力強く抱き

 退かず 立ち向かう勇士たることを』

 

 重ねた両手で剣を握る様に空洞を作ると、そこに稲妻の力が収束していく。彼の背の傷は心臓に当たる部分から順に強く光り、その度に苦悶の声を漏らしている。

「シダラ、しっかり!」

 障壁の向こうでナギが励ましている。正気を失ってしまいそうなほどの集中力と、焼けるような全身の痛みに耐える忍耐力を要求されるこの工程の中で、正気を保ってくれる仲間の声援は頼もしかった。歯を食いしばって、返事の代わりに指示を飛ばす。

「ナギ、俺が突っ込む! 用意ができたら、魔法を止めてくれ!」

「わ、わかった」

 必死な彼の指示には言葉が足りていない。しかし、脂汗を流して苦痛に顔を歪ませている彼に聞き返すことはできない。言葉の真意を理解し、ナギもまた懸命にその時を待つ。

 傷を通して広がっていく光の跡はやがて首を通して瞳を跨って額に達し、また腕先にも通じていく。それが合図になったかのように、手の中に収束した光は紫雷の力を具現化させ、不定形な剣となった!

「あれは……!?」

 ファリオが驚愕のあまり憮然とした。忘れもしない、娘を連れ去り殺した魔導士ゲルガーが手に入れようとしていた力と同じ、古代魔法オリジンアーツの一つ。やはり、奴も魔法学院と同じ禁忌に手を染めた存在なのか!?

 だが、それにしてはその眼がおかしい。彼の眼は必死に見開かれ、苦痛に今にも泣きだしそうですらあった。力に酔った獣の眼ではない。力を恐れる人間の眼だ。そうまでして、彼は何を成そうとしている? それほどの力を持ちながら、と言うのか。

「奴は、一体……」

 同じことを思っていたらしいハサキの言葉を耳が拾ったのは、シダラが動き出す直前だった。

 

『破壊の力、収束せよ!』

 

「みんな、攻撃を辞めてください! !」

(((ぶ、ぶっこむ!?)))

 尋常ではない言葉遣いに怯み、魔導士や弓使いが攻撃を中止する。ふと視線を上げた魔猪が、飛びかかってくるその光と影に気付いた。

 弾ける紫の雷光、しかし影がそれを握っている。その必死さは、握るというよりも縋るというべきかもしれない。だが、問題はその尋常ならざる力が自分の脳天に向かって近づいている事だった。

「“切り裂け”、紫電の剣ヴィオ・ブレイド---ッ!!」

 迎撃を試みた牙は運よく空を切り、シダラはその脳天に迫った! 紫電の剣が深々と突き刺さる! すると、紫電が巨大な魔物の全身を貫き、瞬きの間に体細胞の全てを焼き尽くした!! 異常な生命力を持つ魔猪であっても、この力の前には即死であった……!

「守れた……やっと……」

 うわごとの様に呟く。彼の両手は黒い炭のように火傷を負い、感覚が無い。それでも満足気に、魔猪の遺体の上に倒れてしまう。

「シダラ!?」

 自分を案じるナギの叫びが聞こえる。混濁していく意識の中、その声が心地よいと思ってしまった。

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