そのさん 「紫電爆裂」
キッチン兼食事処のこの部屋で、ナギは鼻歌交じりに食事の支度を済ませた。アルベールは既に着席させられている。
こんがりと焼いたパン、バターの乗った白身魚のソテー、煮込み野菜のスープ。手際よく調理された夕食が、食卓に並べられた。
急いで街を出たいアルベールだったが、腹の虫は随分素直で、威勢よく「ぐぅ」と鳴る。
出されたものを食べないわけにはいかない。決して食欲に負けたわけではないと自分に言い訳しつつ、ナイフとフォークを手に取ろうとした。
「では、手を合わせてください」
席に着いたナギが快活な声で言うので、アルベールは呆気にとられた。ナギが両手を合わせて胸を張っている。それからこちらにアイコンタクトを送り、顎で自分もやるように言う。アルベールは要領を得ないまま彼女の真似をした。
「いただきます!」
少し頭を下げながら元気に言う。
「い、いただきます……」
慣れない工程になんだか恥ずかしさを覚えながらも、彼女の真似をして言う。ナギはそんなアルベールを見て笑った。
「うちの両親が教えてくれた美味しくなる魔法なんだ。ささ、食べて食べて」
ナギに促されるまま、今度こそナイフとフォークを手に取る。お預けされた分、上がった期待値を越えられるか。切り取った魚を一口食べると目を見開いた。
「う、うますぎる」
食材も調理法もシンプルなのに妙に美味い。スープも、パンもいつもよりおいしく感じられた。食材が舌を打つ度幸福感に包まれる。もう、手が止まらずどんどん口に運んでいく。
「やったー!」
称賛を受けたナギは、両手を上げて喜んだ。それから自分も食べ始める。彼女は最初にパンに口をつけると、焼き加減に満足して微笑んだ。
「いや、本当においしいよ。料理人なのか?」
あまりの美味しさに、気を抜くと我を忘れてしまいそうになる。ナギに問うその最中も、手と口は食事を止められない。ナギは照れ臭そうに手を振って否定した。
「いやあ、ただの商人スよ」
料理を褒められるのは嬉しいらしく、否定しながも満更ではないようで、少し顔を赤らめて笑っている。嬉しそうな彼女を横目で見つつも、家を見渡した。屋根が壊れている事を除いて、普通の家に見える。
「この家は店に見えないが、どこで商売してるんだ?」
「露天商、みたいなことしてたんだ」
「へえ。何を売るんだ?」
そう聞かれると、ナギは手を合わせて嬉しそうに答える。
「何でも売るよ! 農家や漁師から頼まれて食べ物を売ったり、芸術家から絵や陶芸品を預かったり。家具とか、調理器具なんかを扱ったこともあったな~。あと、薬草とか、武器とか!」
売るものを指折り数えて、あれこれ楽しそうに語っている。聞かされる側のアルベールは売り物の種類のとりとめのなさに眩暈を覚えた。
「な、何屋なんだよ、それは」
「万屋。ってことにしてる。父さん母さんの頃からの稼業なんだ。モノを作るのは得意でも、それを売るのが苦手だったり、買いに行くのが難しい人の仲介をするのが、私の仕事」
「儲かるのか?」
「そりゃもちろん!」
「よ、良かったな」
威勢の良い返事に、引きつった笑顔で応えた。
なんとなく、会話が途切れて食器が擦れる音が響く。ナギは何口か自分の料理を食べた後、ちょっとだけ神妙な顔をした。
「……でも、それだけじゃないよ。人の役に立つのが好きなんだ。私は物を作ったり、魔法で誰かを守ったりできないけど。それでも、私もみんなの輪に入れてもらえてる」
自分の発言で誤解されたくなかったのか、彼女は先ほどの回答に付け加えた。
「それに、これは両親が示してくれた道なんだ」
「……」
アルベールは黙って話を聞いている。出会って間もないナギは、彼の表情が僅かに強張ったことに気が付かなかった。
「両親はもう何年も前に死んじゃったけど。私が一人で生きて行けるように道を示してくれた。自分たちが居なくなっても、街の人たちが親切にしてくれるように根回ししてくれて。それに応える術も教えてくれた。人と人を繋ぐのが、私の仕事」
仕事と両親に対する誇りと愛。彼女の人柄が伺えるようだった。
そんな彼女の様子を盗み見ながら、ソテーをまた一口食べつつ返事をする。これが最後の一口だった。心に浮かんだ何かを魚と一緒に飲み込んだ。
「ふ~ん。いいもんだな」
「興味無さそう」
そう言ってナギは笑う。アルベールも薄く笑った。
「そんなことないさ。面白い話だったぜ」
最後の一口を食べ終わると、アルベールは席を立つ。ナギが見上げた。
「食事、ありがとう。屋根の事は本当に申し訳ないんだけど、俺はもう行かなくちゃ」
礼と謝罪の意味を込めて深く頭を下げる。ナギは慌てた。
「ま、待ってよ。せめて名前くらい」
さっき名前を聞かれたとき、アルベールは名乗らなかった。それは今回も同じで、首を横に振る。
「
「そんな」
ナギの悲しそうな顔が後ろ髪を引く。しかし、アルベールは魔法学院を脱走した身で、素性を広く知られることは避けたかった。
「あっ」
その時、ナギが声を上げた。それから、アルベールが座っていた席の、すぐ後ろにあった引き出しの中を見る。そして、短い悲鳴を上げた。
「私のペンダントが無い……!」
「おいおい、大丈夫か?」
彼女は返事をしない。代わりに、みるみる顔が青ざめていく。
「……ハァ」
アルベールは、それを見て見ぬ振りができなかった。何かを諦めるように溜息をついて、彼女の肩に手を置いた。
☆☆☆☆☆
夜の教会はほぼ無人で、暗闇が一帯を支配している。しかし、その部屋の扉からは明かりが漏れていた。
小さな机の上で魔法の照明が光り、三人の影を創り出している。椅子に腰かけているのが神官、傍らに控えているのはスキンヘッドとバンダナの荒くれだ。
「で、目当てのものは?」
「これでさあ」
神官の問いかけに、バンダナ男はソレを手渡す。影は笑う度肩を震わせた。
「じつに美しい。……ほほほ。土地など口実、この
「夜のうちに仕掛けますかい」
スキンヘッドの声が笑っている。この男は闇討ちをすることに快楽を覚えていた。油断しきった相手を蹂躙するのは嗜虐心が刺激されてたまらない。
「いや。どのみち向こうから会いに来るだろうでしょう」
ところが、この神官の邪悪さは部下を優に超えている。
「ちょうどいい。この輝石の力の実験台になってもらいます」
影が笑っている。影の先、光の近くで紫色の輝石は美しく輝きを放っていた。見る者を魅了するように……。
☆☆☆☆☆
ナギはその光景を確かに見ていた。
神官たちが家に押し入ってきたとき。バンダナの方の荒くれがキッチンの方へ向かったのを。きっと、アイツが持ち去ったのだ。
陽はとっくに落ちて、街灯も燃料の節約のため0時過ぎには消えている。街は静寂に包まれていた。
暗がりの中を二人は歩く。幸い月明かりが頼りになり、道に迷うことなく教会にたどり着く。
オーライムの中心部にこの聖教会があった。魔法学院から南の森を挟んだ位置である。アルベールは、当初この教会を通り抜けて街を出て行くつもりだった。
魔物に対して有効な信託魔法の価値が向上することにより、ますます権威を増す神官達。彼等はそれを誇示するように、数年に一度教会の改築を行い、教会を少しずつ大きくしていった。そして、昨年の改築によりまた一段と大きさを増したこの街の聖教会は、殆んど聖堂と呼んで差し支えないほどの大きさを誇っていた。おまけに、オーライム新生魔法学院が街の北側、町の最も高い場所に位置するのに対し、聖教会は街の中央に立地している。魔法学院は街の住民にとって憧れでこそあれ、教会は地理的にも身近である。いつかは街のシンボルに取って代わろうとしている。ナギはそう感じていた。
二人はその大きな建物の裏に回った。案の定裏口があるが、当然鍵がかかっていた。アルベールが屈んで錠に触れた。
「……“我が正義に則り開錠する”」
「ええーっ、こんなの泥棒し放題だよ。魔法学院ってこんな魔法も教えてるの?」
「いや、授業では教えてない。学院の
「へー……」
そうだよね、こんな魔法が知れ渡ったら大変だ。ナギは独りで納得し、頷いている。一方、アルベールはこの魔法を教えてくれた知り合いの顔を思い浮かべた。あの魔法学院では珍しくない、高齢の魔法使いだった。変わったところがあるとすれば、権威ある魔導士の中でも、とりわけ人と
と、他ごとに意識が向きすぎていたので、気を持ち直す。二人は、倉庫や棚のある部屋を重点的に調べるが、そう簡単に目当てのものは見つからない。
手掛かりを求めて隣のナギに声をかけた。
「あの神官、名前わかるか?」
「なんていってたかな。……モレー、だったかも。名乗ってこなかったけど、周りの人がそう呼んでた」
言いながら、訪ねてきたくせに名乗りもしない態度の悪さに腹が立つ。
「重役、ていうか、ある程度立場はありそうだったよな。魔法の素質はともかく」
「どこに住んでるのか知らないけど、家に持って帰って無きゃいいが」
「……そうだよね」
何気なく呟いた言葉でナギは気落ちしてしまう。それに気づいて慌てて言い直した。
「ああ、いや。そうとも限らないし、できるだけ探そうぜ。個室とか、そういう奴が居そうな部屋を当たってみよう」
ナギはこくりとうなずいて、二人は捜索を再開する。しばらくしてから、先を行くアルベールの背中に声をかけた。
「ありがとう。手伝ってくれて」
改めて礼を言われて、内心どきりとした。それを悟られないように強がってみる。
「まあ、乗り掛かった舟だからな」
放っておいたら、一人でも乗り込みそうな雰囲気だったので、見かねて助けに入ってしまったが。こんなことをやっていていいのか、なんて迷いも無くは無かった。
ここで、ふと、思いついた疑問を口にする。
「なあ、アイツらホントにペンダントなんか持って行ったのか? 欲しいのは土地なんだろ」
教会が土地を欲しがるというのも妙な話だが。教会の敷地の拡張にしては、ナギの家は距離があった。それ以上に、ペンダントだけをわざわざ持ち出すのは不自然だと思ったのだ。
「家に押しかけた時に、家かペンダントを渡せって言ってきたんだ。最終的にどっちももらうつもりだったんだろうけど」
「なんだって? 最初からペンダントが目当てだったのか」
「そうかも」
奴等が欲しがるなんて、どんなペンダントなんだ? そう尋ねようとした時、気づけば二人は広いホールに出た。
外周から順に、中央に向かって席が低くなる。中央にはステージが、その先端には神官が教えを述べるための演壇があった。
ひょっとしたら千人は収容できそうな大広間。その中央のステージにモレー達は居た。部下を後ろに控えながら、神官は演壇に上がる。
「来ると思っていましたよ」
品性を繕った、しかし意地の悪い声が響き渡る。そして次の瞬間、神託魔法「ライト」が自動発動し、次々に照明がついてホールは一気に明るさを得た。急な光にアルベールとナギは目がくらむ。それでも、ナギは声を上げた。
「ペンダントを返して!」
必死な訴えに神官は口に手を当てて笑っている。壇上に立つ自分こそ主役であると疑わない。彼等の頭上には巨大な石像が鎮座している。神への敬意をこめて製作された聖人の像は二組の出会いをただ見つめていた。
「ほほほ。一度献上したものを、取り消けせるはずがないでしょう」
「献上なんかしてない! 貴方達は私から奪ったんだ!」
語彙の強いナギの訴えに、モレーは次第に表情を硬くしていく。
「教えたハズですよ、信託に基づく……」
「そんな理屈、もう聞き飽きた! 信仰する神を口実に横暴を働くなんて、
確かに目立つのは演壇だが、客席、特に外周はより高い位置にある。結果的に、神官は年下の小娘に頭上からの説教を受ける羽目になり、もう我慢がならなくなった。
「き、貴様、良くも言ったな! 良いでしょう、そんなに欲しければくれてやる!」
怒りのあまり口調が崩れている事にも気づかない。彼は懐にしまっていたペンダントを持ち上げた。
「あれ、私のペンダント!」
遠くでナギが指をさした。そのペンダントは黒い紐で結ばれた紫色の輝石だった。「ライト」の光を受けてその輝石は美しく輝いている。
神官は不敵に笑った。
「この輝石の力をぉっ!」
輝石はライトよりも眩しい紫の輝きを放つ。アルベールは目を見開いた。
「あ、あれは!?」
紫の光を放つ輝石に、モレーの余裕。そして、高まっている魔力。もし
アルベールは背筋の悪寒に身震いするのをこらえ、ナギに飛びついて無理やり身体を伏せさせた!
「輝石よ、我が呼び声を聞け。我が力を増幅して解き放て!」
呪文、というよりは単純な呼びかけだ。だが、その意思が通じて魔力は更に高まって、大気が震え始める!
「きゃあ、な、なんなの」
「伏せてろ! ……“隆起せよ、大地の精霊”。ウォール!」
土の壁を作り、その後ろで魔法障壁を張る。かなり大げさな防御行動であったが、それでも気休めにしかならないと思っていた。
「くらえっ!」
輝いた石から解き放たれた魔力は、紫色の電撃となって無差別に襲い掛かった! ホール中を飛び交っては派手に炸裂している。そのうち一発はアルベールの作った土の壁に当たって爆発し、その裏の障壁を越えて襲い掛かる! アルベールはその身を盾にしてナギを庇った!
「ぐっ、がぁっ……!」
電撃に痺れて苦悶の声を漏らす。ナギは狼狽えるのみで、彼を心配そうに見つめた。
しかし、最も甚大な被害を受けたのは、モレーの後ろに控えていたスキンヘッドの荒くれ男だった。強大な力に驚き、呆然と見上げていた彼は運悪く直撃を受けてしまい……。
「ぎゃ!」
短い悲鳴を上げたと同時、身体が真っ黒な炭と化して地面に倒れてしまう。そして、二度と立ち上がることは無かった。バンダナの荒くれは相棒の悲惨な最後に悲鳴を上げた。
「うわあああ!? ちょ、モレーさん! こっちにも当たるって!」
「
バンダナ男の抗議は予想もしない返答で蹴散らされて、絶句した。モレーは、恍惚とした表情で掌の中にある石を眺めていた。
「すごい、すごいパワーだ。ほほ、うふふ。ハハハハハハハ!」
モレーの高笑いは、先ほどまでの口元を隠す嫌味な笑い方から、大口を開けた下品な笑い方に変わっていった。最早、本性を取り繕うつもりもないようだ。
「やめろ、呪文も使わずにその力に頼ると、制御が効かねえぞ!」
アルベールが身体の痺れをこらえて立ち上がった。
「どうした? 命乞いか?」
真っ当な指摘は、残念ながら効果を成さないようだ。その証拠に、モレーは下品な笑みと共にこちらを見上げた。一目でわかる、力に溺れた者の狂気を含んだ笑みだった。
「馬鹿がよ……!」
話の通じない相手に、アルベールは舌打ちをする。
「馬鹿はどっちだ!」
輝石が光ると、直後に紫の雷撃が周囲を襲う。今度はバンダナ男が逃げられず、短い悲鳴と共に絶命した。
攻撃を察知していたアルベールは再び障壁を張るが、先ほど同様に雷撃は障壁を貫通してダメージを与える。
「っぐあっ!!」
魔法ダメージの一部を装備している外套とローブが肩代わりし、その一部が焼き切れた。
「だ、大丈夫!?」
二度庇われたナギはアルベールを案ずる。見るからに無事ではないが、他にかけられる言葉もなかった。息を切らすアルベールに心が痛む。そして、たまらず疑問をぶつけた。
「なんなの、私のペンダントになんであんな力が」
「アレはただのペンダントじゃない。あの輝石は
アルベールは息を切らしながら語った。突然明かされた形見の正体に、ナギは動揺を隠せない。
「そんな……。でもお父さんもお母さんも、この石に価値はつけられないって」
「それはお前の親が正しい。金でこの石を手に入れるような奴なら、あんなことになっちまうだろうからな」
「ごちゃごちゃ話しているんじゃない! せめて命乞いをしてみろ」
痺れを切らしたモレーが声を荒げた。その言葉には挑発の意図も含まれている。
「神官様、強奪の次は処刑か? 今度は何の言い訳するつもりなんだ」
アルベールは挑発を返した。モレーに対して何かを確かめようとしている。
「信託に背く反乱分子の処刑……いや、それもどうでもいい。この“紫電”の力を使えば、俺は……魔導を導く存在になれる! 神官という立場に甘える必要も、もう無い」
輝かしい未来へのビジョンが見えたらしく、モレーは天井を仰ぎ見て笑っている。完全に正気を失った様子に、アルベールは頭を抱えた。
「……な。ああなるんだ。愚かな奴があの石を持つと」
ナギは呆然として頷く。過ぎた力は人を狂わせる。その抑止となるのが理性であり、人間であるために必要なもの。今、輝石の力を振るうのは、一匹の獣だった。
「魔導とは
「それは違う」
「ん?」
言葉を遮られ、ぎょろりと動いた眼玉がアルベールをとらえる。それでもアルベールは背筋を伸ばし、臆せず言い放つ。
「魔導とは。強い力、即ち魔法を正しく導くための学問だ。そして、本来魔法とは、人が生きていくために、足りない力を補うためのもの。悪戯に他者を踏みつけにしたり、権威を誇示するためにあるんじゃねぇんだ!」
怒りを伴った魂の叫びに、ナギは初めて彼と出会った時の言葉を思い出していた。彼は確かに『魔法の価値に興味はない』と言っていた。しかし、彼は今、魔法の力を悪用する敵に憤っている。魔法には彼にとって憤るほどの価値があるのだ。
「嘘ばっかり」
小さな声で呟いたので、彼の耳には届いていなかった。
モレーは笑みを浮かべたまま、大きな声で持論を展開する。
「現実を見ろ、未熟な魔法使いが! 今権威を握っているのは信託魔法を使う神官たちだ。強い力を持った人間が権威を握るなら、そのために魔法を手に入れて何が悪い!? 魔法の価値とは、俺が権威を手に入れるためにあるんだ!」
「強い力も、それを必要とする誰かのためのものだ。魔法の価値なんか、誰にだって決めようがない。目に見えない力に振り回されて生きるなんざ、俺はまっぴらごめんだぜ!」
そう言い切ると、目を閉じて集中を始める。動き続ける口が、何か小さな声で呟き始めた。
「覚悟の無い奴が、好き勝手に……待て、貴様、何か“力”を?」
アルベールの持ち出した持論に苛立ちながらも、モレーは言葉の中に含まれる違和感に気付く。彼の口ぶりは、自身が何か強い力を持っていることを示しているようだった。
彼は何かを詠唱している。よほどの魔法でない限りこの輝石の力が負けることは無い。だが、何か嫌な予感がした。
「そんなに紫電が好きなら見せてやる。
アルベールの意図がわからず、モレーも、ナギも固唾を呑む。そんな中、アルベールは詠唱を開始した。
『神が創りし大地、切り開きし者
我、汝ら遠き子孫の身なりて
力を借るべく願い奉る』
「詠唱が長い、それにあの
モレーが戸惑いのあまり叫んだ。呪文詠唱における嚆矢とは、主に上級の呪文に必要な出だしの言葉である。大抵の嚆矢は力を借りるべき存在、精霊や神などが該当する。だが、今アルベールが力を借りるべく願ったのは、
魔力を高め、精霊に敬意を払う。それが自然躁術の基本工程。だが、この魔法は特別で、自らの生命の祖……即ち、祖先に対して願いを伝える必要があった。
精霊と神、どちらも共通するのは、目には見えなくても今この世界に在るという事。すでに死んだ者や存在しない者に力を借りることは困難を極める。だが、それは決して不可能ではない。そのために効果的な言葉や無茶を補える魔力、または媒介があれば、魔法の難易度を格段に落とすことができる。
それは既に滅んだ力。強大な力故、人間が、自ら神の力を借りて存在を消した力。でなければ滅びていたのは人間の方だったかもしれない。
その名を、
「なんだかわからんが、紫電の洗礼を受けよ!」
先手必勝。モレーは輝石を掲げると、輝いた輝石は紫色の電撃を放つ! 無差別の電撃は壁や柱、そして聖人の像を攻撃し、美しい内装を汚していく。仮にも神の遣いで、不届きものに義憤を抱いていた神官は、本当にその信仰を捨ててしまった。
無数の電撃、その一筋がアルベールを襲う。しかし、その攻撃は電撃と同じ、紫の幾何学模様の魔法陣の前に阻まれてしまう。モレーは驚いて悲鳴に近い声を上げた。
「なんだ!?」
アルベールの足元には無数の文字、紋様が紫色の光で描かれている。彼は今、輝く魔法陣の中に居た!
『我、我が身、魂を持って誓わん
時空の亀裂より招来せし
偉大な力の観測者たることを』
「し、
そんなことは不可能だ、そう思いたいモレーであったが、尋常ではない威圧感が呪文の現実感を増していく。
「……うぐっ!?」
その時、アルベールが血を吐いて、詠唱を中断した。全身が焼けるような痛みを発している。
「ああっ、ダメージが!?」
ナギが悲鳴を上げた。本当は名前を呼んで励ましてあげたいが、その名前を教えてもらっていないのが歯痒い。モレーは勝ち誇ったかのように笑う。
「ハハ、やっぱり効いているじゃないか! 強がるなよ、未熟な魔法使い!」
好機を逃すのものかと、モレーは紫の電撃を放つ。障壁が攻撃を防ぐが、やがて貫通して黒い外套とローブを焼き払った!
「つぅあ!」
二つの装備は魔法防御能力に優れた防具としての機能があった。だが、どちらもまとめて効能を失ってしまう。ボロボロになった装備の隙間から、素肌が露出した。すると、ナギは露出した脇腹に見慣れない線が入っている事に気が付いた。その線は紫の光を放っている。ナギは息を呑んだ。
「まさか」
アルベールは魔法の完成を急いで、全身を駆け巡る痛みに耐える。痛みはどんどん広がって、それは首筋に達すると光る線となって身体に浮かび上がっていく。気絶してしまいそうな意識を保つため、アルベールは信念を口にする。
「魔法の神髄は力に在らず、即ち人助け、也ぃ」
首元に伸びた線は二つに枝分かれし、真っすぐ上がって頬を越え、閉じた瞳を跨ぐ。
「俺は生きる。……俺が、俺であるために、
宣言の後、アルベールはナギに向かって叫ぶ。
「ナギ、俺が奴をぶっ飛ばしたら、石を回収して逃げろ!」
最後に付け加えられた指示に、ナギが真意を問う時間は無かった。
光の線は両腕、両足にも伸びて複雑に枝分かれし、全身を埋め尽くすように広がった。力が満ちた事を知ると、アルベールは目を見開く!
『破壊の力、炸裂せよ!』
それが、詠唱の最期の一文。言い終わると同時に、左掌を上に向けた状態でまっすぐ突き出して、その上に右拳を叩きつける! 同時に、モレーのいる演壇、その直ぐ真上で「ピシッ」という、何かの亀裂が入る音がした。それを見上げて、モレーは驚愕する。
「空間に亀裂が!?」
彼の言う通り、頭上の何もない空間に、亀裂が入る。隙間から僅かに見える空間には、無限の闇が広がっていた。
「“砕け散れ”、
亀裂から飛び出した紫の強い光が、モレーの目を焼いた。そして、紫雷の魔力がその場に充満し。
……どっかぁあああ!!
大爆発を起こしたのだった……!
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