第13話 軍師、島を視察する

 アルス島への移住が決まった日の三日後。


 アキトを乗せた漁船は、アルス島に接岸しようとしていた。


「よし、スーレが一番乗り!!」


 スーレはそう言って、アルス島の白い砂浜に漁船から着地した。抱いていたリーンを高く掲げて、はしゃいでいる。

 アキトも上陸すると、スーレに訊ねた。


「スーレは、アルス島は初めてってことだよな」

「うん! どういうところか、すっごく興味があったんだ! 近くで見ても綺麗なところだね!」

「ああ。風光明媚……天国のような場所だな」


 アルス島には中央に小高い丘があって、そこから緩やかな傾斜が沿岸に向かって続いている。


 一面に続く草花の生えた草原。丘から流れる清流。人の手が入っていない原始的な風景がそこにはあった。


 アキトは、その美しさ以上に神聖さを感じる。


 アルシュタットからここアルス島には、漁船に乗って片道三時間ちょっとの船旅であった。


 その三時間も、船が風に乗るまでの時間が大半。そのため、アルシュタットとはそれなりに近く、広場の神殿の屋根ぐらいであれば、十分に確認出来る距離であった。


 とはいえ、アルシュタットから弓や魔法、投石を放っても遠く届かない距離。

 住民全員の避難先としては、近くて敵をやり過ごすのに持って来いの場所だった。


「セプティムス達も上陸の用意をしているみたいだな」


 アキトは、アルス島のすぐ近くに浮かぶ小島と、その隣の大型帆船を見て呟いた。


 大型帆船は、リボットが奴隷運搬に使っていた外洋船だった。この帆船を使って、南部の河川都市、遠くは西海岸まで奴隷を取引していたようだ。それ故、やたらと船倉は広く、詰めれば人が千人以上は乗れる船だった。


 船から小舟に降ろされる物資や木材は、アルス島で居住地を作るための資源だ。


 アキトは、この居住区建設のリーダーにセプティムスを任命。同時に進める農地開拓には、ハナを任命した。セプティムスは建築、ハナは農業を担当するのだ。


 帆船の隣からは、大きな水しぶきが上がる。


 ベンケーが、海に飛び込んだせいだ。一気に重さがなくなった帆船はゆらゆらと揺れた。現場で建築土木の主力となるよう、アキトはベンケーを送り込んだ。


 また、ベンケーには水中から上陸してもらうよう、アキトは伝えた。

 その際、水深を確認するようにとも。後々、港をつくるための下準備だった。


「アキト、早く丘まで登ろうよ!」

「ああ」

「頂上まで競争だよ!」


 スーレはリーンを抱きながら頂上へと駆け上がっていく。


 アキトも駆け足で追うが追いつけない。


 丘まで登るには理由があった。アルス島全体の把握。その周りに浮かぶ島の状態。どこに何を作るかを決めるためである。


 すでに最初の居住区を作るのは、アルシュタットから一番近い小島に決まっていた。ここには昔漁村があったことも確認されていて、人が住むのに適した場所と分かっていたからだ。湧き水も出て、地盤も固すぎず柔らかすぎない。そう地理的要因からであった。


 セプティムス達は早速、小島に第一の居住区を建て始める。島名は仮称だが、一ノ島とアキトは名付けた。


「はあ、はあ……ようやく頂上か」


 アキトはようやくたどり着いた丘の頂上で顔を上げた。


 目の前には、大きな湖、その中心には白い柱が。湖の沿岸は砂浜となっており、まるで海がもう一つ島の中にあるような光景だった。


 すでにスーレはリーンと共に、湖で水浴びをしているらしい。


 水をかけるスーレと、体をうねらせ水を返すリーン。


「あ! アキトだ! 遅いよ!」

「スーレが早すぎるんだよ……」

「またスーレの勝ちだね!」

「勝てる日が来るとは思えないな……俺はしばらく周りを見てる。リーン、スーレの護衛を頼むぞ」

「はい、アキト様! お任せください!」


 アキトは海側に目を向け、湖の周囲を時計回り、北側に向かって歩き始めた。


 居住区を建てる予定の次に見えてきた島。それなりに大きく、平たい。草原と木々。ここは農地にしようとアキトは、この島を二ノ島と名付けた。


 次に見えてくる島は、その二ノ島よりも少し小さいが全く同じような草原と木々が広がる。農地は多い方が良い。休耕地を設けることも出来る。アキトはここも農地と定め、三ノ島と名付けた。


 潟湖を形成するサンゴの堤が見えてくる。そこから外の沖にすぐに見える島には、木々が生い茂る。ここはアルス島の次に大きい島だった。柑橘類等の果物も自生しているようだ。さすがに大型の船を造る大量の木材は賄えないので、少量の木材、野草や木の実、薬草などを取る島とアキトは決める。ここは四ノ島と名付けた。


 アキトはアルス島の沖側、一番東側にやってきた。そこから見える水平線には島はおろか陸地は見当たらない。あの向こうに、東の大陸、更にその向こうにアキトの故郷がある。

 

 そこから更に時計回り、南側に向かうことにした。

 すぐに見えてきた島はヤシの木が数本生い茂るだけの小島だ。せいぜい家が十数軒建てられる広さ。ここは五ノ島と名付けた。


 そこから歩くと、今度はアルス島の真南に島が見える。ここも広く、アルス島、二ノ島に次ぐ広さだ。特徴的なのは島の中央にそびえたつ山。小島に似合わないその山の頂点は、ここアルス島の頂上より少し高い。沿岸にはわずかの陸地。何かしらの鉱物が取れなくもないかもしれない。アキトはこの島を六ノ島と名付ける。


 最後に見えてきた島は、再び潟湖に浮かぶ島だった。一ノ島と同じぐらいの広さ。草原と木々が広がる。ここも居住区を建てるのに適していた。アキトはこの島を七ノ島と名付ける。


 アキトは、頭の中で島の名とその特徴を整理する。


 一ノ島と五ノ島、七ノ島は居住地向き。

 二ノ島、三ノ島は農業や畜産業に適している。

 四ノ島は、森林。

 六ノ島は、鉱物が取れる可能性がある。


 予想以上に、資源が自給自足できそうな場所だ。アキトは早速アルシュタットに帰って、計画を速めようと決意を新たにすると、不意にスーレから声がかかる。


「アキト!! ちょっとこっち来て!」

「うん、どうしたスーレ?」


 アキトは、スーレの「こっちこっち!」という声に付いていく。


「ここ見て!」


 スーレがアキトを連れてきた場所は、地下に続く白い石造りの階段だった。


「何だここ? 神殿か何かかな」

「ねえねえ、中、何があるのかな?」

「大司教が祭祀にこの島に上陸するって言っていたな。ここは多分、その祭祀場か何かだろう」

「お祭りをする所ってこと?」

「そういうことだね」


 アキトの声を聴いて、スーレは目を輝かせた。


「ねえ、ここ入ってみようよ!」

「え? まあ、調査の一環だから、把握はしておかないとな。待ってくれ……松明に火をつけるから」


 アキトがそう言う前に、スーレはリーンと一緒に階段を下って行った。


「ちょっと、スーレ!」


 すぐにアキトは松明を持って、その後を追う。


 階段を下りた先の通路は、使われている建物のように明るかった。壁に掛けられたランプの中には輝石といって、輝きを失わない石が灯火の代わりに置かれていた。帝都でも宮殿に用いられるような貴重品だ。


 それが何故このような場所で使われているのだろうと、アキトは不思議に思ったが、何にしろ、ここはそれだけ重要な場所らしいと、理解する。


 スーレはリーンを抱きかかえたまま、三又の槍を持った女神像の前で立っていた。だが、像はフードを目深く被っており、その表情は完全には分からない。


「綺麗な人……」


 アキトも女神像の顔をのぞき込む。笑っている口元、しかし、目元は分からなかった。それでも、スーレと同様に綺麗な人と思うのであった。


 荘厳さや神聖さがそう思わせるのだろうか? アキトはそんなことを考えながら、この女神の像のある部屋を見渡した。


 だが、この部屋には女神像以外、何も存在しなかった。ただの神殿だから帰ろう、アキトが声を掛けようとすると、スーレは女神の像の槍をさわさわと撫でていた。


「スーレ、壊したら……って、ああ!」


 女神像からするりと滑り落ちる三又の槍。槍は石製だったので、床に落ちた瞬間ガシャンと割れてしまった。


 スーレは目を見開いて、アキトの顔を見る。


「ど、どうしよう……」

「……ごめんなさいって謝るしかないな。大司教にも報告するとして、とにかく、破片を集めよう」

「女神様、ごめんなさい……」


 石像の破片を拾い集めていた時、スーレが綺麗な石に気が付いた。


「あれ? アキト、この石」 

「うん? 宝石か何かか? 真っ黒いな」


 スーレが拾い上げた石は真っ黒だった。しかし、仄かに白い光を放っている。


「これ、どうしようか、アキト?」

「女神様に返すか? いや、大司教に聞いてからにしよう。女神様……本当に申し訳ありませんでした」


 アキトは立ち上がると、女神像へ深く頭を下げた。スーレも同様に、深く頭を下げた。


 二人はとりあえずこの神殿を後にして、アルシュタットへ帰ることにする。


「待ってください、アキト様!」

「まだ何か気になることでもあるのか? リーン」

「いえ、帰るならこうしようと思って……えい!」


 リーンはおもむろに体の形を変えた。

 スーレはそれを見て驚きの声を上げる。


「リーンが船になった!」

「これであの小川を下りましょう。流れも緩やかですので、大丈夫です!」


 リーンはそう言って、小川まで船のまま地べたを這いずる。


「リーン、助かるよ」

「私に出来ることはこんなことぐらいですから……」


 リーンは少し寂しそうな声で謙遜するが、すぐに元気な口調に戻り続けた。


「……さ、お二人とも! アルス島清流下り、出発いたします。お早く乗船の程を!」

「わーい!!」


 スーレは躊躇なくリーンに乗った。


「ありがとう、リーン。お前は本当によくやっている。リーンが思う以上にな」

「アキト様……ありがとうございます」

「さ、リーン。俺達を海まで頼んだ。安全運転で頼むぞ!」

「はい!」


 アキトもスーレに続いてリーンに乗る。


「では、お二人とも。しっかり掴まっていてください! 出発します!」


 リーンは小川に漕ぎだすと、アキト達を乗せて、一気に小川を下っていく。


「ま、待った!! もっとゆっくり!!」


 アキトはあまりの速度に、そう叫んだ。

 だがスーレの方は上機嫌だ。手を上げてはしゃぎ、叫ぶ。


「わああ!! 気持ちいい!!」


 アキト達が漁船に戻るまで十分もかからなかった。

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