第12話 軍師、都市計画を練る

「……というのが、今後のアルシュタートの方針だ」


 アルシュタート大公の小さな屋敷の一室。アキトは自分の師駒達を前に今後の方針を伝えた。師駒を集めて、作戦会議を開いたのだ。


 議題はアルス島への移住。それがアキトの南魔王軍への対策であった。


「敵に背を向けて逃げろと申されるのですか! 某、もっと合戦がしたいでござる!」

「姉様! 姉様はそうでも、普通は皆、戦が嫌いなのです。それに姉様みたいに強くないですから」

「むむ……失礼いたした。主君に尽くすのが、某の務め」


 シスイはアカネの言葉を聞き、少し残念そうに頭を下げた。


「シスイ。手柄を立てたいのは分かる。だが、敵を殺すことだけが手柄じゃない。一昨日、君達が傭兵を殺さずこの街を救ったのだって、大手柄だ。この街の人達の喜ぶ顔を見たろ?」

「アキト殿……某とんでもない勘違いをしていたようでござる。人へ侍り、尽くすのが侍……己の功だけを焦りすぎていたようでござる」

「分かってくれるか。前も言ったが、必ずまた戦いはやってくる。今は、その戦支度のようなものだと思ってくれ」

「承知!」


 シスイは凛とした口調で、アキトに応えた。

 次にセプティムスが質問する。


「アキト殿、計画の方針はよく分かりました。ですが、南魔王軍は海軍を持っていた場合、どうされるのですか? 上陸される恐れも」

「いや、その可能性は低いと思う。北もそうだが、南魔王軍は海軍はおろか、船を作る技術も持ち合わせてない。もちろん、今後海軍や造船所を用意する可能性もある。だが、数か月でそれを用意するのは不可能だろう」


 アキトは確信を持って答えた。


 海軍を所有するのは帝国や、人間の国家だけだった。というのも北と南の魔王軍にとって、海は何も得る物がない存在だった。せいぜい海辺や海中に住む魔物が、魚を獲る場所。そんな認識だ。人間のように遠くへ貿易に出かけようとか、海の向こうの土地を開拓しようという動きは見られなかった。


 その証拠に、アルシュタットをはじめ沿岸の街が、海から魔物に急襲されたことはない。


 しかし、アンサルスの戦いで南魔王軍を指揮した者。彼ならば、人間のように今後海軍を作る可能性もあると、アキトは睨んでいた。


 それでも、造船所の建設、水夫の訓練等、一朝一夕で出来るものではない。せいぜい、急ごしらえの箱のような船で上陸を試みるぐらいだろう。


 つまり南魔王軍に対して、海はこの上ない城壁となる。


「なるほど。仮に小舟を用意しても、上陸側が圧倒的に不利……ですが、もう一つ不安が」

「衣食住のことかな?」


 セプティムスの言葉に、アキトはそう返した。

 アルスは人が踏み入ってはいけない島。現段階で、人が住めるような土地ではない。

 頷き、セプティムスは続ける。


「はい。皆さま、飢えに飢えておるようでして。それをどう対処なさるのかと」

「まず、水は大量に湧いて出てくるから心配いらない。だが、食料はリボット商会の倉庫から押収した物を含めて、この街には三か月分の貯えしかない」

「それが尽きる前までに、何か作物が作れますかな?」

「野菜ならいくらか。リボット商会の倉庫に、作物の種もあったからな。だけど主食の穀物となると、貯蓄が尽きるまでに間に合わない」

「野菜ですか……魚も獲れるでしょうが、やはり主食がなければ人々は飢えてしまうでしょうな」

「小麦に関しては、ハナに収穫を早めてもらうつもりだ。ハナは植物の成長を早める技能を持っているからな」


 アキトの言葉に皆、ハナへ視線を向ける。ハナは恥ずかしがって、リーンの後ろへと隠れてしまった。

 ハナは何やらごにょごにょと、リーンへ鳴き声で伝える。


「このように内気で申し訳ありません。ですが、植物を育てるのは大好きです。きっとお役に立てるでしょう、とハナは言っています!」


 リーンはハナのため、魔族の言葉を通訳してくれたようだ。


「そうか。食料問題は一番重要といっても過言じゃないからな」

「左様、腹が減っては戦は出来ぬ、と申しますからな」


 シスイはアキトの言葉に大きく頷いた。

 アカネはそんなシスイに、呆れたように呟く。


「姉様、また戦の事ばかり……」

「まあ実際、本当にそうだからな。ということで頼んだぞ、ハナ」


 アキトの発言に、ハナは頭の花と葉を振って応えた。

 米や麦は、収穫まで半年以上かかる。それがハナの力でどれぐらい早くなるかは、アキトには分からない。だが、一日でも早くなればそれに越したことはなかった。

 セプティムスが再び口を開く。


「植物の成長を早める……木材や薬草の生産も、ハナ殿は出来るというわけか。では後は、衣類と住居。だが衣類は、優先度としてはそう高くない。一年程は新しい服を我慢させればいいでしょう」

「ある程度は家畜も連れていくから、年単位で見れば多少の供給は出来ると思う。だから、衣服はあまり考えていない。そこまで寒くなる地域でもないからね」


 セプティムスはアキトの言葉に頷いて、質問を続ける。


「では、住居はいかがされます?」

「それはもう、ベンケーの独擅場だ。重い岩を運べるし、自由に加工することも出来る。それに、大工を連れて行けば、その腕力を向上させることも出来る」

「ほう、ベンケー殿にそのような特技が。それならば、住居をより早く建てられますな」

「最初は雨風を凌げる簡易的な住居で、とりあえず数を確保する。見た目も地味になるだろう。でも、そこらへんは地道に作り上げていくしかない」


 質より数。最初は武骨な岩の街になるだろうと、アキトは新たな都市の景観を思い浮かべる。


「仰る通りだ。アキト殿、いくらか私からも提案してよろしいですか?」

「もちろん! 提案はいつでも歓迎だ」

「ありがとうございます、アキト殿。私の提案はこの際、道路と上下水道も一緒に造ってしまってはどうかということです」

「なるほど、確かに最初に造った方が、都市計画も進めやすくなる。だが、道はともかく、上下水道なんて作れる技術者は……」

「これは技能でもなんでもなく、ただの私の知識ですが、上下水道並びに道路の土木建築に携わったことがあります。野営地の設営の際、学んだものです」


 セプティムスを始め、第十七軍団は古代の兵士であった。古代帝国の兵士は、敵地への行軍の際、道を整備していたという。アキト達がアルシュタートに来るまで通った街道も、侵略のためその古代の兵士が遺した産物だった。


「では、セプティムス。君はそれが出来るのかい?」

「はい、いくらかの軍団兵と人員がいれば。我が軍団兵は、実際に何度も現場では働いています。的確な指示を送れるでしょう」

「そうか、わかった。セプティムス、君の案を採用しよう。細かいことは、後でまとめたのを聞かせてくれ」

「はっ!」


 セプティムスは声を張って応えた。

 アキトは、リーンに続きセプティムスが提案をしてくれたことを嬉しく感じていた。頼りになる師駒ばかりだと。


「よし、これであらかた皆の疑問は解消したかな」


 皆が一斉に頷く。


「ならばさっそく行動に移るとしよう!」

「おう!」


 こうして作戦会議は終わり、アキトは早速、皆に指令を出した。

 まずシスイとアカネに契約を更新した傭兵の訓練を。セプティムスに第十七軍団に新兵を募集させよと。そしてハナとベンケー、リーンにはアキト自身が赴くアルス島への視察への同行を頼んだ。


 かくして、アキト達はアルス島への入植に向けて、動き出すのであった。

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