第10話 軍師、師駒たちに感心する

「皆、良くやってくれた」


 アキトは神殿前に集まる自らの師駒たちに向かう。


 アカネは、シスイの裾を掴んで答えた。


「あれぐらい、わたくし達からすれば赤子の手を捻るようなもの。ですよね、姉様?」

「うむ。我ら姉妹、もっと剛の者との手合わせを所望いたす」


 シスイは、物足りないと顔で頷くのであった。

 ヤシマの戦士は、戦に生き戦に死すことを求める。この姉妹もその例に漏れないようだ。


 アキトは二人の心意気を頼もしく感じる。


「そうだな。だが皆が、命がけの戦を望むわけじゃない。俺は出来る限り戦闘を避けていくつもりだ……まあそんな焦らなくても、すぐにその腕を振るう大戦がやってくるだろう」

「ほう! では矢合わせの際は、是非このシスイに!!」

「姉様……旦那様の言葉を聞いておりましたか?!」

「うん? 合戦が近々あると、アキト殿は申したのだろう?」

「はあ……申し訳ございません、旦那様。姉様は戦以外、あまり興味がなくて」

「いや、心強い限りだ。これからも俺を助けてほしい」


 アキトのその言葉に、シスイとアカネは「ははあ」と言って頭を下げる。


「それと……ベンケー、流石だ! 全く敵を近づけなかったな」

「そうそう、ベンケー殿。某とアカネを守ってくださったこと、かたじけない」


 シスイはそう言って、アカネと共にベンケーにお辞儀をすると、ベンケーは両腕を上げて喜びを表した。


 そんな中、衛兵隊長がアキトへ報告する。


「アキト殿、衛兵隊に諸々の指示をしてまいりました」

「ありがとうございます、衛兵隊長」


 アキトは鐘楼を降りる際、衛兵隊長を通じて衛兵隊に色々と指示を出した。

 傭兵達の武装解除、額に墨がついた者を一か所に集めること。それと港にあるリボット家の倉庫から奴隷を解放すること、城壁の見張りの要員を交代すること。傭兵の名簿の作成など……諸々。

 衛兵隊長はアキトの礼に頷き、続けた。


「アキト殿、本当によくやってくれました。我ら衛兵隊がずっと成し遂げられなかったことを、たった一日でやって下さった。この街は以前のように平和に戻るでしょう」

「そう言ってくれると嬉しいです。ですが、南魔王軍への対策をすぐに開始しなけばなりません」


 アキトは衛兵隊長へ答え、周りを見渡すと頭を下げた。


「皆、ありがとう。これからも、俺に力を貸してくれ」

「お任せあれ、アキト殿。このシスイ、この身が朽ちるまでお仕えいたす!」


 真っ先にそう答えたのは、シスイであった。


「旦那様、わたくし達の忠義は絶対です。どうかこれからも、なんなりとお申し付けください!」


 アカネもシスイに続いた。

 ベンケーも胸を何回も両腕で叩き、アキトに応える。

 そんな中、大司教が神殿から出てきた。


「アキト殿、傭兵の負傷者、皆軽傷ばかり。すぐに回復するでしょう」

「ありがとうございます、大司教」

「いやいや、礼を言うのはこちらの方。悪人と言えど、人の死を喜ぶのはいかん。しかし、リボットからこの街を救って下さった。それに、流れる血も非常に少なかった」

「彼の死は俺の失態。……苦しんだ者達のためにも、しっかりと法の下で、裁きを下すべきでした」

「全てを上手く運ばせるのは難しい。アキト殿は良くやってくださった。完璧に物事を運べるのは、全知全能たる神だけです」

「神だけ……確かにそうかもしれませんね」


 アキトはそう言って神殿に目をやった。すると、入口からスーレが上機嫌な顔で出てくる。


「アキト、傭兵さん達を降参させてくれたんだってね!」

「ああ。これで、殴られる人はいなくなるだろう。皆、安心して寝られるようになるはずだ」

「……アキト、本当にありがとう。昨日までは、皆もうずっとこのままだと思っていたんだ」

「お礼なんかいらないよ。言ったろ、俺は君の何でも屋さんだって。もっとスーレや皆を幸せにするよ」

「アキトや皆も、一緒にね」

「ああ、もちろんだ」


 アキトがスーレにそう答えると、師駒の皆も頷く。

 大司教もそれを見て、にっこりと笑った。


「私も非力ながら、皆さまの幸せのため精一杯努めます!」


 そう口を挟んだのは、先程最初に降伏した傭兵だ。

 アキトとスーレ以外は皆、何だこいつはという顔をする。改心するにも早すぎるし、今まで住民を虐げておきながら面の皮が厚すぎるのではと。


「今回の作戦の〝影の功労者〟が帰って来たようだな。……その姿じゃわからないぞ、リーン」


 アキトのその言葉に、皆驚く。


「おっと、これは失礼しました。えいっ!」


 傭兵は姿を崩し始める。そして透明な液体となり、どろどろと地面に落ちると、青く色づいた。

 皆、リーンと名前を聞いた時以上に驚いた顔をする。


「え? リーンなの?!」


 スーレが訊ねた。


「はい、リーンですよ!」

「だが、すごいな。俺も技能として聞いただけだから、変身した姿に驚いたよ」


 アキトは感心したように、リーンを褒める。


「ありがとうございます、アキト様!」


 スライムのリーンが、アルシュタットまでの道中の強化で得た技能。

 魔物の文字で読めなかった二つの技能の内の一つは人間の言語能力、それはすぐアキトも理解できた。

 そして残されたもう一つは、変身能力だったのだ。


「すごいっ!! ねえ、スーレにも変身できるの!」

「もちろん可能ですよ!」

「じゃあ、やってみせて!」

「かしこまりました、スーレ様! では!!」


 そう答えてリーンは、スーレの背丈ぐらいまで体を伸ばす。

 そして次第に人の形になると、服や肌の部分に色が付いていった。


「おお!」


 スーレだけでなく、師駒達も思わず感嘆の声を上げる。

 スーレと瓜二つになったリーン。髪や服も本物と変わらず、風に揺られる。


「わあ! わたしがもう一人いるみたい!!」


 スーレはリーンに手を振ってみた。リーンもそれに応えて、手を振る。


 脚を動かすと、リーンも脚を動かす。手を上げれば、同じように。


 スーレはそれが楽しくなったのか、変なポーズを繰り返す。そしてだんだんと素早く体を動かしていった。

 リーンもそれを必死に真似るが、ところどころスーレと違うポーズをとってしまう。


「ぬぬ……負けませんよ、スーレ様!」

「私だって負けないよ、リーン!!」


 何を勝負しているのか分からない。だがその微笑ましい光景に皆、顔を和ませた。


 アキトもリーンの提案を受けた時は、ここまで精密に変身できるとは思わなかった。


 リーンは、今回の作戦でほぼすべての傭兵を広場に集めるという提案をした。

 アキトはリボットを人質に、順繰りに傭兵隊を掌握しようと考えていたが、リーンはその手間を省いたのだ。


 また最後の降伏宣言。最初の一人、というのは中々勇気のいることだ。誰も言いたがらない。


 傭兵に化けたリーンは、その最初の一人となり降伏を叫んだ。一人叫んだことで、傭兵達は堰を切ったように皆続いた。


 リーンはアキトの作戦遂行を更に円滑にさせたのだ。


「嫁要らずですね、旦那様?」

「え?」


 アキトが頭の中で色々と考えていると、アカネが耳打ちするように囁いた。


 突然の言葉に、アキトはアカネが何を言わんとしているか理解できなかった。


 アカネはこう続ける。


「またまた……リーン殿がいれば、どんな美しい女子とも寝れるのですから」

「は、はあっ?!」

「私の姿なら、どうぞ好きになさっていいですからね、旦那様」


 アカネのその言葉と共に、アキトの耳をくすぐる吐息。アキトは顔を真っ赤にさせた。


「どうしたら、あの技能を見て、そんな不純な事を考えることができるんだ?!」

「あら。むしろそういうことを考える殿方の方が多いと思いますよ」


 アカネは、さも当然といった顔だ。


 確かに師駒をそういう対象で見る者は、多少なりとも存在するだろう。

 だが、アキトは師駒を仲間と尊重していた。己の欲望のためだけに師駒を使役したくなかった。

 君主のため、天下の太平のため、人々のため……軍師は師駒と助け合い、共にそれに尽くす。

 アキトは心にそう誓っていた。


「俺は、そういうのは結婚してからと決めている」

「お堅い方ですのね……ふふ、ますます火が付きましたわ」


 アカネはアキトに答えた。


「ねえ、リーン! 今度はアキトに変身してよ!!」

「はい! お任せを!!」


 しばらくリーンは、スーレの要望通り変身を繰り返す。


 そんな中、一人の衛兵が声をかけてきた。


「アキト殿!!」

「うん? どうした?」


 声の主は衛兵隊長だった。


「リボットの遺体を片付けさせていましたら、このような物を部下が見つけまして」


 衛兵長はそう言って、アキトに黄色い石を渡した。


「師駒石ですね。リボットの師駒、あのサイクロプスの遺品でしょう。これをどうするかは、少し考えてみます」


 アキトは黄色い師駒石を見つめた。

 大司教がアキトへ声を掛ける


「黄色い師魔石。白いものよりも貴重な物ですね。早速使われてはいかがですかな?」

「そうですね。アカネかシスイの能力強化に使うか、新たに師駒を呼ぶか……」


 アキトは使い道を考える。


 アカネとシスイは、すでに一人で普通の人間を数十人相手できる強さ。訓練する技能もあり、教官としてもやっていける。強さも、担える役割も十分だ。強化でどれだけ強くなれるかも分からない。


 ベンケーもそういう意味では、技能的には申し分ない。リーンもすでに変身と人間の言葉を喋れる技能を得ている。


 無理に強化の必要なさそうだ……アキトは新たな師駒を召喚することを考える。

 

 上手くいけば、もっと別の分野に貢献できる師駒を召喚できるかもしれない。もちろん、同じような能力を持つ師駒が召喚された場合、戦力は確かに上がるが、担える役割は増えない。


 だが、どちらにしろ戦力は増える。ならば──


「大司教、新たな師駒を召喚しようと思います」

「おお、左様ですか。仲間は多いほうが良いですからね」

「はい。戦闘だけでなく、内政を任せられるような仲間も欲しいのです」


 アキトは腹を決めると、師魔石の前に師杖である刀の柄をかざした。


「それでは……」


 アキトは刀の柄で、黄色い師魔石を叩く。

 辺りを包み込む光。

 光が消えるとそこには……

 頭に緑の葉っぱと赤い花を生やしたマンドラゴラがいた。

 マンドラゴラはアキト達を見るなり、地面を掘ろうとする。だが、広場は石畳。マンドラゴラは仕方なく、その場でうずくまった。

 大司教はそれを見て呟く。


「マンドラゴラ……西部ではよく見る魔物と言いますが」


 アキトは師杖でマンドラゴラの情報を見た。


「ええ、確かにマンドラゴラのようです。E級の魔物のポーン」


 アキトは基本能力に目を通す。

 魔力はそれなり、他の能力は通常のF級のポーンやリーンよりもさらに低い値だった。

 だが一つの技能にアキトの視線が釘付けになる。


「これは……植物の成長促進がC級ですね」

「ほう、素晴らしい。そのような技能、魔物ならではですな」

「ええ、魔物は俺達とは違う強みを持っている」


 植物の成長促進に特化したポーン、それが目の前のマンドラゴラだった。

 アキトは素直に喜ぶ。これであれば穀物や薬草、木々の成長を早めることができるからだ。また強い仲間を得られたと。


「あっ! アキト、また友達を召還したの?」

「友達……ああ、そうだよ。マンドラゴラ、名前は……」


 アキトはマンドラゴラの名前に悩む。


「名前がないの?」

「ああ、そうなんだ。何かいい名前はないかな?」

「そしたら、ハナって名前はどう?」

「また単純な……いや、でもいい名前だな、ハナ。可愛いし、綺麗な頭の花が特徴的だ。よし、これからはハナと呼ぶことにしよう」

「うん! ハナ、おいで!」


 スーレが手招きすると、マンドラゴラのハナは、恐る恐るアキトとスーレの前に出てきた。


「よし、ハナ。俺はアキトだ、よろしくな!」

「わたしはスーレ! 仲良くしてね!」


 ハナは必死に、頭の葉と花を振ってそれに応えるのであった。


 こうしてマンドラゴラのハナは、アキトの仲間に加わった。


 いずれ来る南魔王軍。その時、アルシュタットの民をどう守るか。アキトは新たな仲間たちを見て、策を巡らすのであった。

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