第124話 龍・虎・鳳

――袁煕


 最近、生産魔法とか使えないかな、と真剣に悩んでいる。

 三国時代の移動はとかく厳しい。

 車もねぇ、電車もねぇ、バスもねぇ、郭図が周りでぐーるぐる。


 そりゃこんなん傷病者続出するわ。

 

 上党→邯鄲付近→上党→晋陽。

 この過酷な移動に、いったい何日かかったことやら。


 季節はすでに秋になり、肌寒さを感じてくる頃合いだ。兵士たちも季節の変わり目か、それとも疲労がたたってか体調不良を訴える者が出てきている。


 それでも万難を排し、俺たちは再び上党に到着した。


「ふぃ、ようやく一息つけるか。だが気まで緩めちゃだめだよな」

「ご安心くださいませ、猫がしっかりと身辺をお守りしますですよ!」

「……いつもありがとうな」

「お、お役目ですからっ!」


 ふんす、と鼻を鳴らし、マオは上機嫌で侍女たちに伝達事項を与えに行った。

 顔が赤くなっていたことは気にしないでおこうか。


「失礼いたします。殿、そろそろ御座所へお越しくださいませ。群臣が集っておりまする」

「承知した。許先生も同行してくれ」

「かしこまりました。ささ、参りましょう」


 頭のスイッチを切り替えよう。

 既に戦は始まっている。連戦続きで休まるときが無かったともいうけど、それは無視する。

 

 俺は仮の君主座に腰を下ろし、居並ぶ群臣を見やる。

 張郃・顔良・文醜・魏延・呂玲綺。


 参謀には郭図・郭嘉・許攸・辛毗。

 更には武功を挙げた陸兄弟を参謀見習いに昇格してある。


 鄴には趙雲を守備として引き戻し、沮授に付けた。

 邯鄲には顕甫ちゃんと逢紀、そして張遼を配置。


 また、顕思おねえちゃんと辛評もこちらに向かっているそうだ。

 抜けた穴として、高覧・呂威璜・韓珩を移動させた。


 親父殿は北平視察を終え、南皮に入ったと聞いている。

 あそこには陳羣先生と田豊殿がいるので、大きな間違いは起きないだろう。


 よくよく考えると、ウチの軍やばくね?

 官渡の戦いさえしのげれば、確固たる勢力として存続できそう。


「皆の者、殿のお言葉がある。心して聞けぃっ」


 ふぁっ!?

 盤面整理してて話聞いてなかった。え、俺何か言うの、これ。


「えー、コホン。諸将よ、本日はよく集ってくれた。敵……あえて敵と言おう」

 もはや張燕はただの賊ではない。一端の大名みたいなもんだ。


「聞いての通り、邯鄲は敵の手に落ちた。先人が築いてきた文化も、今いる民が過ごしていた穏やかな時間も、全て失われつつある」


 そう、メンツとか維持のためじゃない。

 全ては袁家を信じて身を寄せてくれる民のために。


「断じて座視はしない。我らが今食を口にし、衣服を纏い、安楽に眠れていたのは民の汗と努力の賜物である。ならば民こそが袁家の至宝なり」


 大きく息を吸う。

 

「張燕を滅ぼす。邯鄲は武力で奪還し、死を以て罪を償わせよ。これは命令である」


 御座所の空気が変わった。

 まるで触れただけで破裂しそうな風船のように、過度な緊張感があふれている。


「目指すは晋陽。敵本拠地を直撃し、退路を断つ。異議はあるか?」

「異議なし!」

「異議なし!」


 先鋒は顔良・文醜。

 中軍には俺と呂玲綺。

 後詰には魏延。


 張郃と辛毗には上党を守ってもらい、曹操軍の動きに備える。


「以上の布陣で攻撃を行う。出立は一週間後だ」

「各々、それまでに抜かりなく編成を済ませるのじゃぞ」


 最後に郭図が出てきたのはイラっとしたが、今のこいつは無敵の人だからなぁ。


「さて、と」


 武官を見送り、残るは参謀の皆さんよ。

 鳳雛が邯鄲から援軍を出し、挟撃されないようにするには、速戦速攻しかない。


「奉孝殿、南の孟徳公の動きはどうかな。この機に乗じて、河北に攻め入るかもしれない」

「あー、それは無理ッス。某が工作員として向かったとき、結構やべー感じでしたよ」

「それは詳しく知りたいな」


 郭嘉が語るには以下の通りになる。


 官渡での敗戦の責任は誰にあるのか。この一点が大きな火種となり、今内部で派閥を作って対立し合っているらしい。


 曹操擁護派筆頭の荀彧。

 総大将責任論の急先鋒である曹丕と程昱。


 普通だったら、不肖の息子を処断して終わるような流れだろう。だが、そうはいかない事情があるという。


 曹操は史実よりも早く、酷い頭痛に襲われているという。

 曹操の死因は脳腫瘍だとか、脳卒中だとか、果ては呪いだのと様々な論調がある。

 しかし、少なくとも赤壁以後の話であり、官渡の戦い付近では、彼はまだ健康体であったはずだ。


「つーわけでして、なんか孟徳公は寝たきりで動けないらしいッス。んで、それをいいことに息子の曹子桓クンが家臣団を掌握しつつあるらしいッスねー」

「歴史のバグがこんなとこにまで出てるのか……」

「ば、ぐ? なんスか、それ」

「いや、俺の独り言だ。気にしないでくれ。それよりも、奉孝殿は誰と会ってきたんです?」


 郭嘉はぐいっと水を飲み、舌を湿らせると一気に語り始める。


「曹操軍筆頭軍師・荀彧、字を文若。彼に内情を聞いてきたッスよ」

「……大物が出てきたなぁ。彼は他に何か言ってたかな」

「話の半分は某の引き抜きで、残りは陣営の話ですかね。その中でも珠玉のモノを聞くことが出来て、運がよかったッス」


 もったいぶるの好きだよなぁ、郭嘉。

 俺も人の事言えんが、お楽しみって引っ張りたい気持ちは本人だけしか喜ばんぞ。


「流石にこれは殿にしか言えねーッス。ちとお耳を拝借」

「了承だ。で?」


 その報告に、俺は何時間、あるいは何分。もしかしたら刹那だったかもしれない。

 完全にフリーズ。

 俺という存在がシベリア凍土になった気持ちを味わった。


「それ、マジ?」

「マジマジ。で、この書状、いえ、密書を殿に、と」

「後で読む。今はちょっと脳が処理しきれん」


 軍議はその後、恙なく終了した。

 晋陽の守りは手薄で、兵士の大部分は野盗くずれ。そして士気も低い。

 手荒な戎狄兵は邯鄲に軒並み向かったらしく、今なら攻め落とすのは容易であると結論がでた。


「うーん、なんかな。ちょっとうまく行きすぎな気がする」

「殿、何か問題でもありましたかね。この状況では、敵は本拠地を邯鄲に移したと考えるのが妥当ッス。なのでそこまで心配はいらないかと」

「そうかな。いや、それにしても、なんか嫌な予感がするんだよね」

「どの辺が、ですかね」


 俺は郭嘉にそっと耳打ち返しをして、自分の考えを伝えた。


「ちょっとそれ、マジで言ってるッスか……いや、まさか文若ちゃんがそこまで……」

「奉孝殿の話では、荀文若なる者は嘘がつけず、真っすぐな人物であると。奸計を用いる者であれば、これほど利用しやすいものはないよね」


「編成を考え直すことを進言します。どうも殿の仰ったキナ臭さ、当たってるかもしれねーッス」


 編成改善の方向で話を終え、俺は自室で人払いを済ませる。

 マオは渋っていたが、こればっかりはしょうがない。


 この手紙、爆発物以外の何物でもないしな。


『袁顕奕殿へ』


 自らの死期を目の当たりにし、時世は増々混迷の刻に至っている。

 故にこの身と僅かな側近を、寛大で慈悲深き袁煕殿へと託すとしたい。

 子桓の増長日々激しく、また同調する不忠者誠に多数なり。

 曹の旗を割ることに比べれば、我が誇りなど土くれに過ぎない。


 曹孟徳は、袁家に降る。

 この旨、是非とも了承願いたく、筆を執った次第。


『車騎将軍・曹操孟徳』


 イカンでしょ、これ。

 物事が好転しすぎていて、気色悪いったらありゃしない。


 これは100%裏がある。俺のゴーストが囁いてる。

 

 なぜ強力編集で確かめないのかって言われると、それは辛い。

 実はこの前課金が切れたんだわ。

 クレカも無いこのご時世、パパンの財布からくすねてくる額にも限度がある。


 郭図を超強化したのは、流石に散財がすぎた。

 かくなるうえは、自力でなんとかするしかなかろう。


――??


「士元が囮作戦を開始しましたか。ならば我々も始めるとしましょう」


 羽扇を口元に当て、一人の痩身の男が曹操に奏上する。


「袁紹軍は目の前の小火に目を取られている様子。持久戦を採用されれば我らは必敗でしょう。故に――」

「子桓にはいつでも軍を動かせるよう、手配しておこう。伏竜と呼ばれたその智謀、楽しみにさせてもらうぞ」

「お任せください」


 恭しく頭を下げ、孔明は東を見やる。


「さて、彼は息災だろうか。上手く動いてくれることを期待しますよ『撃虎』――いや、元直よ」

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