第118話 夢破れて山河あり 三姉弟集合フラグON
――袁煕
号泣する張飛を尻目に、続々と報告が舞い込んでくる。
劉備玄徳の死。関羽雲長の死。そして簡雍、麋竺、麋芳、陳到の死。
裴元紹、周倉、孫乾が降伏とある。
今更後には引き返せないレベルで、中国史をぶっ壊した感はある。
自己正当化をする気は毛頭ないが、それでも俺は自分が生き延びるために、家族が生き残るために最善の手を打ったと信じたい。
「上党城の武装解除、完了いたしました」
「戦場に出ていた女子供、老人の収容を継続しております」
「関羽の部下たちが降る旨を申し出てまいりました。如何なさいますか?」
俺曰く、ヤルときは一発でヤレ。
それ以降は慈悲と寛容で統べるべし。
「殿ーっ! この公則めが参りましたぞ!」
俺曰く、今がヤルとき。
郭図はその場で殴るべし。
オラァッ!
「おっと、殿、ご報告が」
チッ、止まるんじゃねえよ。
「あいわかった。公則殿、内容を教えてもらえぬか」
情報を持ってるとなれば話は別だ。その命、もう少し預けておいてやろう。
「邯鄲を窺っていた顕甫様より、早馬が参っていますぞ! 良くわからないことを述べておったので、そのまま引き立てて来た次第でして」
「えぇ……。また何か問題発生なのかな。流石に鄴都が失陥したとか、そういう系のオチじゃないだろうな」
不安の種が育ち、むくむくと伸びていく。
流石に武力勢を劉備に傾けすぎたかと、自らの失態に臍を噛む。まあいい、とりあえずやることは二つ。
張飛を連れて上党に入り、完全制圧すること。
その後で報告を聞こう。
てんでバラバラに広がりすぎている感のある自軍をまとめ、急報に備えて編成を行いたい。
それには完全とは行かずとも、拠点が必要になる。
「この公則、考えまするに……」
やめろ、考えるな。君はそのまま呼吸だけしてればいいんだよ。
「これは顕甫様に危急の事態が差し迫っているのかと。悠長に再編をするのではなく、臣めに一軍をお与えください。さすれば可及的速やかに物事へ対処できましょう」
「……そうか、なら安心だな」
「おお、では早速!」
「全軍、上党城へ入る。そこでじっくりたっぷり時間を使い、編成を済ませるのだ」
郭図は何か不満そうな顔をしていたが、奴が急げというのであれば逆が正解だ。
早馬の件もあまり重い話題ではないのかもしれない。
俺は張飛に声をかけ、気持ちを落ち着かせることに努めた。暴れられたら困るしね。
「張翼徳殿、お心は鎮まりましたかな」
「……ああ、もう大丈夫だぜ。兄者の意志を継ぐことは出来ねえが、俺様は俺様なりに世のために役立つことがあらぁな」
「ですね。どうでしょう、このまま我が陣営にとどまっていただくというのは」
「さぁてな。俺様は今何にもねえんだ。心が熱くなる何かがあれば、ちぃとは余生も楽しめるかもしれんがなぁ」
上党に行くまでの間、俺は一生懸命張飛を勧誘していた。
だが、厭世感が支配してしまったのか、どうにも首を縦に振るということはしてくれなかった。
そこに追撃で悲報が入る。
「……そうか、雲長の兄者も……逝ったのか」
「戦の習わしとはいえ、残念なことです。かける言葉がみつからないのが情けないことですが」
「ああ、何も言わなくてもいいぜ。戦場に出た以上、こういう結末は覚悟していたはずだ。だから何も言うな」
「分かりました。胸に留めておきます。ではせめて、我が陣営でゆるりとお過ごしください。乱世の中で、張翼徳殿が命を賭けるに値することが出てくるかもしれません」
これ以上は説いても、却って礼を失することになりかねないか。
あとは張飛の『やる気』が生まれてくれるのを祈るしかないな。
「なあ、袁の字。ちぃと頼みがあるんだがよ」
「なんでしょうか」
「兄者たちの墓を建てたいんだわ。最後の地の上党から、洛陽が見えるようにな。俺たちが夢見た漢王朝の復興だ。続きを拝んで欲しいんだわ」
せめて熾火は残るように、か。
俺は自分の一家や仲間が生きのこればそれでいいという考えが大きかった。
だが、大義のために人生を賭ける男たちの生き様には敬意を払いたいと思う。
「じゃあ頼んだぜ、袁の字」
「どちらへ?」
「兄者たちを迎えに、だ。俺様一人でいい、他は寄せ付けるな」
「配慮します。ごゆるりと」
俺は従者から酒瓶を受け取り、そっと彼に渡した。
一つの勢力が滅びるとき、生き残った者は何を思うのだろうか。
去っていく背中を見送りつつ、俺は玉座が鎮座する御座所へと向かう。上党には袁の旗がひるがえり、劉備軍の残兵は悉く収容された。
「茲に上党の完全制圧を宣言する!」
御座所に座った俺に従い、群臣たちが拱手をもって応える。
旧劉備の残党も大人しくしているようだし、民衆も家に帰した。大きな問題はこれといって起きていないのが救いだと思う。
「さて公則殿、目下の急題である早馬の件をお聞かせいただこうか」
「ははっ、伝令をここに」
やけに色艶のいい伝令が現れた。
横幅がデカく、疲労してやつれた様子もない。寧ろこいつが早馬に来た意味を問い詰めたい気分だ。
「お゙っ゙ お゙で、伝゙令゙。袁顕甫様から……言゙伝゙だべ」
「普通にしゃべっていいぞ」
「ごれ゙、普゙通゙」
「……そうか」
こいつの言葉は何語なんだ。訛りの一種なんだろうか。
中華は広いな、おい。
「殿゙、顕甫様が助゙げでっで」
「何、顕甫ちゃんに何かあったのか?」
「ん゙だ。顕甫様に゙特使? が来゙だだよ゙」
懇切丁寧に聞き取り調査をすること二分。ようやく事のあらましが理解できた。
「張燕から、同盟の申し出……とな?」
「ん゙だ」
「殿、これは袁家への侮辱、否、挑戦ですぞ! この公則めが即刻ひっ捕らえて参りましょう!」
君は座っとれ。
ステイ!
風体の冴えない男が一人、驢馬を連れてやって来たらしい。
風貌怪異なるも、弁舌は巧みであるという。
一体何者だろうかと首をひねるも、回答なぞ出てくるはずもなく。
「状況は理解した。今俺がこの地を離れるのは悪手かもしれん。だが、どうもその男が気になるな」
「殿、この許攸めが先行して内情を探りましょう。本隊は戦場の後を慰撫することを第一義とし、殿はごゆるりと足場を固められてくださいませ」
「否! 襤褸の身なりで袁家の廂を潜るとは不届き千万。臣が直接赴き、その腐れ儒者を叩き斬ってやりましょうぞ!」
なんで郭図はこう、物事を性急に進めたがるのか。
何か邪悪な霊でも憑依してるんかね。寧ろよくこの年まで生きてこられたなぁ。
「ふむ、吟味したのだが、許先生の言を採用する。公則殿の速攻案も時には必要だが、今は占領地を確実に袁家の庇護下にすることが先決だ。それに念のため、兵五千と顔良将軍も同行させよう」
「ははっ、この許攸必ずや真意を見抜き、お届けいたしますぞ」
「ぐぬぬ……ま、まあ殿がそこまで仰せであれば、否は……ございませぬ」
特使を送っておいて攻め込んでくる可能性もなくはない。
もとよりその手の賊徒として相対してきたのだ。敵の意図を正確に把握する必要があるだろう。
「修繕、兵糧の放出、看護……数えればきりがないほどの課題がある。諸将の働きを期待するものである」
「はっ!」
許攸を送り出し、手元に郭図と降将である孫乾しか残らないのは些か心もとない。なので南皮に要請を出し、陳羣先生をこちらに赴任させるよう書状を送ろう。
俺一人だと政務が滞るだろうし、そうなっては民衆の不満が爆発してしまう。
故に抱え込まないことが大切だ。
「そうだな、あとは郭図と割合仲がいい辛評と辛毗も呼んでおこう。何かの時のストッパーとして手助けしてくれるかもしれんし」
後に俺は知る。
辛評を呼ぶということは、青州にいる姉・袁譚に影響があるということを。
お姉ちゃんが俺のヘルプコールを見て、ただで済むわけがないということも。
「よし、政務――の前に、色々と掃除しないとな。千里の道も一歩からだ、早速やるか!」
俺はまだ、パーフェクトストームの味を知らないままだったのだ。
――魏延
「ぷはっ、やっと着いたわい! やあやあ我こそは、魏延、字を文長なり!! 音に聞き、目で見よ! 我を討てる者はいるか!」
「魏将軍じゃないですか。お疲れ様です。巡回ですか?」
「む、そこな兵よ。敵将関羽は何処。敵将張飛は何処なり!?」
「うわ、うっせぇ……いえ、失礼しました。何を仰っているのかわかりませんが、もう戦は終わりましたよ? 殿は上党に入られてますが」
迷うはずの無い平野部で、あろうことか魏延の部隊は濃霧に包まれて道を見失っていた。袁煕が上党を落としてから二日、魏延はやっとのことで戦の趨勢を知ったのである。
「なんてことだあああああっ!!」
「うっせっ」
後日、真実を報告した兵士は昇進し、文醜の軍団に加入することになる。
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