第113話 張郃、暁に…… ッピ!?
――袁煕
劉備の片羽は一時封印させてもらった。この隙に乗じて上党に巣くう一味を捕縛せねばならんね。
タイムイズマネーと偉い人は言っていたが、こっちはもっと深刻だ。
タイムイズライフだもんな。やり直しの効かない人生ゲームほどやべーモンはないね。
「我が君、ご無事か!」
「うむ。どうにかなったよ。急いできてくれたようで嬉しい」
「当然だ。これから合戦が出来るほどの子をつくらねばならんのだからな」
それは編集を使っても無理だと思うなぁ……。
俺はなんか変なチューブに繋がれて、子種を吐き出すだけのマシーンにでもなるんだろうかね。
ともあれ、呂玲綺も無事で何よりだ。わずかの差で訪れた張遼・趙雲も傷一つないという。
本陣急襲ともなれば、馬が潰れても参じるのが将の宿命なのだが、申し訳なさも募る。なんせこっちは郭図を魔改造して突っ込ませたからなぁ。
厩舎から新たな騎馬が連れられ、各将率いる兵士たちも給水や休息をとっていた。
依然中央部では劉備軍の猛攻が続いている。
張飛を取ったとはいえ、決して楽観できぬ状況だ。
「現在中央は誰が対応している? 流石に相手も士気が高いようだが」
「はっ、張郃将軍が我らに代わり、敵を止めると仰せで。途中まで張飛を追っていた、顔良・文醜の両将軍も加勢に向かった由にございます」
趙雲の部隊にいた斥候兵から、合戦の詳細が伝わった。こちらの最大火力をぶつけているのだが、それを弾き飛ばすほどの武神が出てきたという。
「……関羽が防壁の守備を放棄し、突入して来ております。張郃将軍の部隊の損耗は激しいかと」
「ヒゲ無し髭達磨め。やってくれる。至急張将軍の救援に向かおう。呂玲綺軍は機動力を生かして疾く駆けつけてくれ」
「分かった。しかし文遠たちはどうするのだ?」
「彼らには、ちっとやってもらうことがあるんだわ」
行ったり来たりと忙しない行軍でマジすまん。
こういうところが俺の将器の低さだよなぁ。まあ自戒するのは生き残ってからにしよう。眼前の敵を殲滅し、河北からイレギュラーを消し去ってやろうか。
「趙子龍、張文遠よ。すまんが、命を預けてくれないか」
「もとより殿のために全てを賭けております。如何様にも」
「お嬢様を泣かせることだけはせぬようにな」
その約束はできねえかもな。
しかし、今はこれしかない。
「強力編集起動――新機能発動だ」
――張郃
「ピッ!」
張郃部隊の共通語により、第五列目の兵士たちが前進を開始した。
全体の局面としては包囲が形成されつつあり、時と兵を使用すればいずれ圧殺できるだろう。
しかし、今後訪れる張燕・曹操との決戦を考えれば、この程度の寡兵相手に大損害を出すわけには行かないのも事実だ。
「ピッ!!」
第六列目が突入を開始する。
盾を構え、槍を突き出しながら粛々と距離を詰めていくが、一人の男によって薙ぎ倒されていくのだった。
「我が名は関羽雲長なり! 敵将、勝負勝負!」
曹操より恩寵を受けた証である赤兎馬に跨り、巨大な青龍偃月刀を繰り出す。
その威力、まさに風神の息吹のごとし。
「……敵軍にはそれほどの知将がいるとは聞いていないッピ。とすればこれがあの筵売りの天運なのかッピ」
張郃が悔し紛れに吐き捨てた言葉には、次のような意味があった。
正攻法で戦えば当然数の差で袁煕の軍が勝つ。例え上党に籠ったとしても、糧道を断ち、張燕・曹操と組みするための使者さえ捕殺できるのであれば、やがて飢え殺せるはずだった。
しかし、あろうことか全軍に近い部隊が突撃してきたのだ。
衝突に備えていたとはいえ、いくら何でも捨て身すぎる猛攻に後退することを余儀なくされたわけである。
しかしとある情報が伝わる。
敵軍中央に、首魁たる劉備玄徳あり、と。
事実であればその首級には、一つの城を与えられてもおかしくないほどの価値がある。誰もが目の色を変えて戦功を欲しがったのだ。
残念ながら、後退途中からの反転迎撃は多大なる負担を強いるものである。
劉備の首を夢見て戦っていた兵士の前に現れたのは、燕人張飛その人であった。
鬼神のような武威の前に、前線は瓦解し、再び後退――否、敗走という形へ。
さらに本陣を張飛が急襲する姿勢を見せたことで、否が応でも死地へと向かわなくてはいけない。兵士たちの士気はいかばかりであっただろうか。
張飛捕縛の報に安堵し、口から魂が抜けていた兵士にも喝が入る。
元の任務である劉備撃破の使命を思い出し、再び名将張郃の指揮で中央へと戻って来た。
そこで、関羽である。
要は大波を二回に分けて直撃されたようなものだった。
故に張郃は吐き捨てた。こんなバカな戦術が罷り通ってなるものかと。
「ピーーッ、ピッ!」
その合図は張郃軍の覚悟の現れである。
兵士たちの前に、張郃本人が躍り出た。槍を片手に、偃月のもとへと向かう。
「待たせたッピ。某は張儁乂なり。大徳の刃よ、相手をしよう」
「ほう、張郃か。よく逃げずに来たものよ。無益な殺生を続けるのは夢見が悪い。我ら将は刃で語り合おうぞ」
「まったく、不幸だッピ……」
武神と崇められる男の一撃は、張郃が今まで受けてきた何よりも重かった。
「ぐ……こやつ、同じ人間だッピか……?」
「うおおおお、行くぞ、張郃よ!」
「まずいッピ……」
一撃受けるたびに骨にクる。
軋み、歪み、悲鳴を上げているようだ。
甲冑は既に剥がれ落ち、槍もヒビが細かく入っている。
張郃は決して弱くはない。寧ろ顔良・文醜に続く剛の者だ。しかし、今眼前にいるのは、まさしく中華三本の指に入るほどの武の高みであった。
命が削られていく音を、張郃は耳に聴いていた。
風が、金属音が、大地が。
全てが死で包み込もうとしていた。
「無念……これまで……ッピか……」
先に受けた一撃で、兜が飛んだ。その衝撃で血が流れ、視界を赤に染め上げている。
「覚悟ッ!」
「殿……ご武運を……ッピ!」
偃月はそれを射抜く二つの槍によって阻止された。
鉄が鈍くすり合わせる音が聞こえる。
「なに……うぬら、何処から……」
趙雲と張遼の二人が、張郃を必死の一撃から救う。
「その気持ちは私も同じですよ、髭殿。しかし、これは好機なり」
「袁顕奕、まさか奇門遁甲の遣い手であったとは。縮地の術、見事」
――袁煕
ジャーンジャーン!
銅鑼はもういい、つっこむのは飽きた。
今必要なのはアレよアレ。
新機能の『武将移動』だ。
どう考えても戦力的空白地になった場所に、一人指揮を執っている張郃が狙われるに決まってる。誰だってそうする。俺だってそうする。
今から鬼のようにダッシュし、残影拳が使えてもきっと間に合わない。
『武将移動を選択しました』
『注意・キャラロストの危険性があります。宜しいですか?』
『キャラロストを防ぐには、操作者自らも移動してください』
▷是。
『マニュアル作動を受け付けました。セーフモードにて起動中』
▷目標・関羽雲長。
『対象を発見しました。移動する武将を選択してください』
▷袁煕・趙雲・張遼・???
『マニュアル作動にて処理中――セーフモードON』
『金200,000を消費します』
『移動を開始します。目標地点到着まで五秒』
くそ、ややこしい操作だよ、まったく。
俺だってこの不思議な能力を放置してたわけじゃない。時間があるときにはポチポチいじって確かめてたんだわ。
そしたら見つけたんだわ、抜け穴。
追加された機能は、俺がリスクを取ることによって、他のリスクが軽減されるんだよね。
郭図に干将莫邪を付けたとき、俺の秘蔵していた宝剣を生贄にしたんだ。
つまり、俺がババ抜きのババ引けば、周囲は割と安全に動けるって設計よ。
やるじゃん、南華老仙。
それか、俺がリスクから逃げ回るとでも思ってたんかね。
今回のチートは関羽のもとに『俺を含めた三将が移動する』というものだ。
当然、いきなり俺が流れ矢とかで戦死する可能性もあるが、少なくとも敵のふざけた攻勢をひっくり返せるだろうよ。
そして今、俺は戦場の中心で哀を叫んでいる。
「関羽雲長殿。お覚悟はよろしいか」
「ぬう、貴殿は袁煕……殿。まさか本隊がここまで。翼徳は如何した!」
「張飛殿は最後まで武人だった。いい義弟を持ったと誇るべきだろう」
「ふぬおおおおお、翼徳ッ!」
慟哭の声が天を衝く。
「よかろう、我らが結んだ桃園の誓い。死をもって焼き付けてくれん!」
「まあ、そうなるよね。けどこっちだって命張ってんだ。簡単には行かねえぞ」
「逃げるか!?」
「悪いね。俺はやることがあるんだ」
これから始まる大レース。
俺は耳野郎を探し、三将には関羽を押さえていてもらう。
「やいやい、兄者に会ったら俺は帰るぜ!」
「いえ、それは無いでしょう。張飛殿、これから『兄者』の正体を見に行きましょうか。もし先ほどお教えした通りでなければ、いつでも俺を斬っていいですよ」
「チッ、しゃあねえなあ……」
俺は雑兵の身なりをした張飛と共に、戦場を駆けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます