第110話 ダイジョーブ博士の楽しい人体実験

――袁煕


 時は来た。

 敵は突出し、こちらは十分に防備を整えた投石陣地での迎撃になる。

 山頂に布陣するのは愚策と、某登山家がやらかしていたのだが、現状は問題ないと思う。退路はバッチ確保してあるし、物資・糧秣も問題なく補給出来ている。


 対して劉備軍は居城は火計にあい、投石の的になり、伏せている兵には気づいていない。一点気になるところと言えば、敵の武力の高さだろうか。

 強引に突破されてしまうというイレギュラーがあれば、流石に形勢が危うくなるかもしれない。


 故にもう一つ仕掛けをしておいた。

 出番が無いことを祈るのみだが、さて、どうかな。


「敵軍、攻撃予定地に侵入いたしました!」

「よし、旗を赤に変えよ。前衛部隊に攻撃命令を出すんだ」

「御意っ」


 劉備三兄弟VS中華オールスターズだ。

 天下分け目の一戦とまではいかないが、袁家の鼎を測る大事な局面でもある。

 だが、俺がまず思うことは、皆の無事だ。戦場では様々な要因で死が身近に寄り添ってくる。どうかそれらを跳ねのけて、全員で帰ってきてほしい。


「許先生、公則殿をお呼びしてくれ」

「軍師殿ですな。かしこまりました」


 よし、それじゃあ最後の仕上げってやつをやっておくか。

「強力編集、起動――」


 激烈にうるせえ銅鑼が鳴り響き、頭痛を誘発させるのはいつものこと。


『ジャーン! ジャーン! 強力編集へようこそ!』

 うるっせえ!

 起動するたびにセリフが変わるのは、あの老人の好みなんだろうかね。


「殿、郭公則めが参りましたぞ! 早速我が策を――」

「いや、待て。公則殿にはもっと重要な役目を担っていただきたいと思ってまして。本陣守備の将として、全幅の信頼を寄せたく」

「おおお、殿、ついにこの公則の実力を発揮するときがきましたな。お任せくだされ。蟻の子一匹通さぬ、鉄壁の布陣にて待ち構えましょうぞ」

「是非お力をお借りしたい。よろしく頼みますぞ」

「ははあっ!」


 鼻息荒く郭図はスキップしながら去って行った。

 野郎が鉄壁とかほざいたってことは、敵は確実に防御陣を突破してくるってことだな。生きるマインスイーパーってのは、中々有能だとつくづく思う。


「さて、それよりも、だ」

▷既存武将編集

▷郭図 公則


 っと。


姓:郭 かく

名:図 と

字:公則 こうそく

年齢:42 

相性:111


武力:43→38

統率:57→55

知力:81→82

政治:66→1 裏目(実測値99)

魅力:16→7


得意兵科:歩兵

得意兵法:火計 攻城 言毒

固有戦法:全言裏目 奇跡農業 強奪New!

固有性癖:放置遊戯フリースタイル


親愛武将:袁煕 農民New!

犬猿武将:審配 沮授 田豊 逢紀 王脩 張郃 高覧 甄姫 明兎 郭嘉New!   

     顔良New! 文醜New! 


 相変わらずヤベーステータスだ。

 こんなんクトゥルフ神話に出てくるバケモンじゃねえか。

 しかし編集画面を見るたびに、犬猿武将が増えていくのはすさまじい。もうこれ一種の超能力だろ。


 さて、こいつをイジるのは癪に障るが、しゃーない。

 全軍が必死こいて戦うってときに、後方で暇こいてるのは流石にヘイトが溜まりすぎるだろうよ。軍隊の規律維持のためにも、郭図には吶喊してもらわねばならん。


「よし、武将編集だ。うなれ袁家の資金。弾けろ我らの財宝!」

 鄴都の倉庫から、数々の名品が散逸した瞬間である。すまんな、後世の歴史家よ。


「郭図Ver.1.3の爆誕だ」


姓:郭 かく

名:図 と

字:公則 こうそく

年齢:42 

相性:111


武力:43→38→135(期限付)

統率:57→55→123(期限付)

知力:81→82→100(期限付)

政治:1 裏目(実測値99)

魅力:17→97(期限付)


得意兵科:歩兵→全兵科(期限付)

得意兵法:火計 攻城 言毒 堅守墨攻(期限付) 

固有戦法:全言裏目 奇跡農業 強奪 一騎(期限付)

固有性癖:放置遊戯フリースタイル 


親愛武将:袁家全武将(期限付)

犬猿武将:劉備 関羽 張飛(期限付)


所有物:干将莫邪の剣(武力+30)(期限付)



 費やせる金をぶち込んで、最終決戦兵器に仕立ててみた。

 何をどうやっても、期限付きのマークが外れなかったのは仕様だろうか。まるでシステムが郭図の存在を疎ましく思っているかのようだった。

 犬猿武将:システム とか、もう人の手ではどうしようもないね。


 よし、これで本陣の構えは出来た。

 あとは逢紀の策の最終段階が決まれば勝てるだろう。

 言い訳出来ない、袁家の最大火力だ。天下に見せつける意気で当たろう。


――趙雲


「……いざ参る!」

 竜の顎とも形容されるほどの一撃は、容易く劉備軍の兵士を飲み込んでいった。

 公孫瓚のもとにいたときには、兵を率いる将の不足故に十分に武威を奮えなかった。そのため、全てを解放して戦える今こそが、趙雲子龍の全力である。


「敵将や何処にありや! 趙子龍の前に推して参られよ!」

「流石常山の昇り竜。相手にとって不足はない」

 立ち塞がるは長身巨漢の偉丈夫。髭こそ喪失しているが、眼光に曇りはない。


「雲長殿、貴殿が相手とは光栄の極み」

「うむ。我が気力も漲るというもの。いざ、偃月刀の威を味わうがよかろう!」

「……参る!」


 一瞬の交差。

 趙雲の身につける鎧の肩装甲が破壊される。

 同時に、関羽の直垂に血がにじんだ。


「流石は趙子龍。有象無象とはわけが違う」

「髭殿……いや、雲長殿もお代わりないようで」


 さあ死合おうぞ。

 両者はもう言葉は発しない。その必要もない。

 彗星のような槍捌きが乱れ飛び、全てを打ち払う魔滅の刃が閃く。

 戦っていた兵士たちは、神話に匹敵する一戦を前にして、固唾を飲んで見守る以外に方法を選べなかった。

 例え自軍が敗北しようとも、この歴史を目撃してから死にたい。

 

 誰一人音を発することが出来ぬ、静謐な空間。

 ただ二人の半神が鎬削る武威を示すという、芸術に近しい一時であった。


「……フッ!」

「むぅん!」


 時折漏れる発破の声に、兵士たちは手に汗握る。

 心臓の高鳴りを誘発する戦いの前に、涙する者さえいた。


「セイッ!」

「甘いぞっ!」


 得物がぶつかり、軋み合う。

 力量差は微弱であり、天秤が僅かにでも傾けば、一気に勝敗は決するだろう。


 鍔迫り合いから離れ、互いに必殺の一撃を繰り出そうとして――


「なんと……」

「これは……」


 趙雲の龍槍は穂先が取れ、地に落ちていた。持ち手にも亀裂が入り、もはや原型をとどめていることは出来ないだろう。


 それは関羽の偃月刀も同様だった。

 刃がこそげ落ち、ただの棒切れ同然になっている。


 両雄の一騎打ちの顛末は、互いの武器が破損するという結果になった。


「殴り合いでもしますかな、髭殿」

「ふむ。それでは将として無粋。この一戦で拙者は勇を見た。それで満足よ」

「私は出直しますが、髭殿は如何なさるおつもりですか」

「拙者も戻るとしよう。兄者にいい土産話が出来たわい」


 互いにクスリと笑い、同時に背を向けて馬を走らせる。

 割れるような。否、大地を煮たてるような大歓声が英雄の凱旋を祝っていた。

 正々堂々、真正面からのぶつかり合い。何ら疚しいことのない清廉な一騎打ちは、多くの者の心に残ることだろう。


 戦況は随時変わっていく。

 関羽が死闘を演じている間、義弟の張飛が破竹の勢いで進軍をしていた。

 

 張遼・呂玲綺の攻撃を受けつつも、ひたすらに前へと進んでいた。

 遊軍として展開している顔良・文醜の軍団も急遽中央へ急ぐが、間に合わない。


「どきやがれってんだっ!」

「張飛将軍に続け! うおおおおっ!」


 防衛線を噛み破り、まるで象のように進む。

 だが、ふと異様な空気を感じて張飛は馬を止めた。異質。まったくの異質。

 これまで感じたことのない、不穏な気配に気色ばむ。


「出てきやがれ! てめぇ何者だ!!」


「今宵の双剣は――哭いているぞよ」


 影よりふらりと現れ、周囲を圧迫するほどの気を発する存在。

 袁煕伝にて、最も不可思議な事象として書かれている一戦だ。後世の歴史家が頭を抱え、悶絶して悩んだという人物がいた。


 その男、郭図なり。

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