第109話 激突!

――袁煕


 通常行軍で二週間の行程を短縮し、かなりの強行軍で半分にした。

 脱落者は当然出たのだが、申し訳ないがこの攻めは速度と時間が命。後ろから来る輜重隊や後詰に拾ってもらうことを期待するしかない。


「皆、辛いだろうが踏ん張ってくれ。上党付近にある高地を押さえれば、地形的に優位となるんだ」

「既に五千近くが脱落しているとのこと。このままでは実働兵力は五万前後になりましょう」

「許先生、それでもだ。脱落者よりも戦死者を減らす方がマシというもの。劉備三兄弟の武勇を避けるには、どうしても地形効果が必須なのだ」


 武神・関羽。

 万人敵・張飛。


 こいつらとのタイマンはほぼ自殺と同義だと思う。

 一緒に相手した呂布が、どれだけ異次元なんだよっていうね。

 リトルリーグに大谷さんが来たレベルなんだろうか。


 更なる脱落者を出したものの、俺たちは無事に高地の奪取に成功し、トレビュシェットの設置を開始した。

 チート能力である強力編集で、配下をイジるのは可能だ。

 しかし、予想外のバグで、元に戻ってしまう可能性がある以上、無駄に戦局を混乱させるのは良くない。

 故に三国時代の中華の礼儀通り、堂々と城攻めをさせていただこう。

 まあ、新兵器のお披露目っていう機会でもあるんだがね。


「殿、先鋒である張遼・趙雲・呂玲綺殿、配置につかれました。後方の魏延殿も強行軍にて到着のこと」

「よし、盤上は整った。これより上党を落とし、劉備一行を捕らえる。各自奮励努力を期待する!」

「ははっ!」


 夜霧がはれ、朝の霞が陽光を浴びる中、袁煕軍五万は攻城戦の火蓋を切った。



――劉備

 見張りの者は何をしていたというのだ。

 所詮有象無象の雑民。大した仕事も出来ぬか。


「兄者、袁紹軍が寄せて参りましたぞ。旗印から察するに、敵の総大将は袁煕と」

「そうか。雲長、よく知らせてくれた。流石は我が兄弟よ」

「拙者は防衛部隊の指揮をいたします故、兄者におかれましては、早急に中央軍の統括を」

「うむ。参ろうか」


 早すぎる行軍だ。

 長子の城塞が落とされたという報が来たのは昨日だったが、既に行軍を始めていたとは。

 陥落後、即移動したのであろう。あの凡愚に斯様な真似が出来るとは、些か予定外であったな。


「げ、玄徳様。おらたちは……」

「玄徳様、敵が来ておりまする。どうすればいいべか」


 やれやれ、仕事をするか。


「よいのだ。我らが大望である漢室の再興には、多くの障害が待ち構えているもの。だが大儀は我々にある。私を信じて一緒に剣を執ろう」

「おお、玄徳様!」

「そうじゃ、おらたちは官軍だべ!」


 農民・山賊・流民。集められるものはすべて結集させた。

 ほぼほぼ誘拐に近い形で、数を二万にまで膨れさせたが、さて。


 袁煕か。特徴がなく、影の薄い男であったな。

 参謀は悪名高い郭図だったか。

 ふっ。人望の無い男が、無能な軍師に耳を引っ張られる有様が浮かんでくる。

 馬鹿正直に城攻めを始めたところで、一気呵成に討って出て、敵将の首を狙うが上策か。翼徳にはまた暴れてもらわんとな。


「兄者ッ! 出撃はまだかよっ」

「おお、翼徳。滾っておるな。まあ待つがよい。もうすぐ我らの出番となろう」


 中央政庁を出て、広場に向かった瞬間に鬨の声が上がった。

 雲長が兵を激励し、鼓舞したのだろう。

 同じくして我らの周囲にも、その勇気が伝播するのが分かる。


 頼もしきかな、兄弟よ。

 我らの力を合わせれば、如何なる敵でも打倒出来よう。


 ひゅるるるるる。


 異様な音と共に、城壁が一部崩れ落ちた。


「な、何事だ」

「不明です。しかし、敵が何か岩のようなものを飛ばしているのかと」

「――そういえば不思議な絡繰をせっせと作っておったな。……よし」


 このまま城を盾とし、民衆を質にするのは限界がある。

 退路はあるが、たどり着く前に撃破されてしまったら元も子もない。


「雲長を呼べ。城の守りは周倉・裴元紹に任せ、我ら三兄弟は出撃するぞ」

「そうこなくっちゃなぁ、兄者! へっへ、腕が鳴るぜ」


 一撃だ。一撃で敵の兵器を破壊し、城へと戻る。

 袁煕の首を狙うには兵が少なすぎるし、防衛にも人員を割かなくてはならない。

 

「兄者、お待たせした。いざ往かん、我ら桃園の誓いを胸に」

「おうおうおう、どっちが首を多く取るか勝負だぜ」

「よいよい。これでよい。我らもとより、三人から始まったのだ。ならば死すときも生きるときも同じときであるべきだ」


 雌雄一対の剣を抜き、青龍偃月刀を振り上げ、蛇矛を回す。

 我ら三人、これより修羅道へと入る。

 行くぞ、袁煕!


 動かせる兵士を動員し、我ら三兄弟、敵陣へと走る。

 立ち塞がる『張』『趙』『呂』の旗よ、何するものぞ。

 当たるを幸いに、斬って斬って斬りまくるのみ!



――周倉

「始まったか。おーい、裴元紹、生きてるかー?」

「くっそ、こんな霹靂が降ってくるとか、聴いてねえぞ。あの史渙とかいうのに担がれたか」

「いんや、攻城兵器には気を付けろって言われてただろ」

「それしか言われてねーじゃねえか!」


 死線のさなかで軽口を叩き合うのは、元黄巾賊の残党であり、現在は関羽部隊の配下の二人だ。

 周倉は関羽の武勇に惚れこみ、臥牛山で手勢を集めて、彼を助ける用意をしていた烈士だ。

 裴元紹も志を共にし、周辺の村々から兵を集めていたという。


 この世界線では趙雲に出くわさなかったため、裴元紹はブチ殺されずに済んでいる。逆に兵士が十分に整わないまま、張飛に出会い、ボコられて上党に連行された不運が憑いて来たが。


「んで、やるんか周倉」

「他に道はないだろう。雲長殿……なぜ俺たちを裏切ったんだ……」

「あの話を聞いちまったらなぁ……まあ、どうせ死ぬなら前のめりに行こうぜ。深く考えてもしょうがねえ」

「……そうだな。よし、行くぞ」


 余談だが、周倉はロリコンであり、裴元紹はショタコンである。


「密使殿。でゅへへへ、そういうわけで、兵器庫と糧秣小屋はこちらですぜ」

「はい、ご教授感謝です。ようやく殿に恩義を返すことが出来そうですよ」


 二人の少年は少女と見まがうばかりの、花のかんばせでほころぶ。

 その艶やかなこと、まるで黒曜石の玉なりや。


「周倉殿は兵器庫の制圧に。某と一緒に参りましょう」

「でゅふ、イきます、イきます。どこまでも!」

「……頼みますからね?」


「裴元紹殿は僕と共に、糧秣の確保を。そのあとは人民の避難指示に向かいましょう」

「ハァハァ、うっ、ふぅ……。うむ、参りましょう。万事俺ッチに任せてください」

「……なぜ急に冷静に?」


 史渙の手引きにより、入り込んだのは陸兄弟。

 二人とも傾国の美女もかくやと思わせる、コケティッシュな面相をしていた。

 それが奏功し、劉備軍の変態二人はあっという間に尻尾を振ったのだった。


「それではお見せしましょうか。陸家奥義を」

「ですな兄上。この陸瑁めも精一杯支援いたしますぞ」


 マイ火打石を取り出し、昏く微笑む姿は、益々妖艶であったという。


 倉庫までの道は顔パスであった。

 防衛任務に当たっている周倉や裴元紹がいるので、兵士の誰もが怪しむことはなかった。多少連れの人物が増えようとも、戦時、それも混乱時であれば誰何されることはない。


「ここだよ、お嬢ちゃん。で、俺と一緒に火遊びするのかな」

「某一人で事を済ませます。周倉殿は油を散布してください」

「撒くのは油だけでいいのかい? 俺の思いも君に蒔きたい」

「――時は一刻を争います。戯言は後ほどお聞きします故」


 陸遜は一瞬脳裏に危険な映像が浮かんだが、それを振り払って策に注力することにした。弟も同じく貞操の危機にあっているのだろうか。悩みの種は尽きない。


 やがて上党の要所で大火が上がる。

 稀代の放火魔・陸兄弟による物資消滅作戦が成功した。

 黒煙を上げて燃え盛る物資は、劉備の凋落を表しているのかもしれないと、陸遜は心中で無常を感じていた。


「さて、それでは退路を封鎖しますか。周倉殿、もうひと働き願いますよ」

「火に当てられちまったぜ。こうなりゃやるだけやってやらぁ」

「では参りましょう。港を制圧し、洛陽方面への水路を断ちます」


「分かったぜ。結婚しよう」

「――斬りますよ」

「すまん」


 不安を胸に抱えつつ、陸遜は策の要である『曹操と劉備の合流』を阻止すべく、行動を開始したのであった。

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