第103話 ちゅーちゅーとれいん

――袁煕


 人を待たせておいてマッスルドッキングとか、およそ人類の成せる業じゃないってのは分かってる。

 だが我が聖剣を抜かないといけない時というものは必ずあるし、今日はその時だったのだ。


 画戟をくるくると回している呂玲綺には、どんな言い訳も効かないだろうね。

 なので真正面からぶっ飛ばす。


「時間をかけてすまない。夫婦には必要な――」

「あの女の匂いがする……」

「そ、そりゃ、まぁ……」


 すんすんと鼻をくっつけて鳴らす呂玲綺は、まるで空港の金属探知機のように丹念でくまなく俺をチェックしていた。

 野生動物のマーキングって、こんな感じなんスかね。


「我が呂家は今後の全てを委ねるつもりで嫁いできたのだが、目の前でこうも袖にされると沽券にかかわるというものだ」


 凛々しい顔が眉根を寄せてより引き締まる。まるで絵画のような美しさだと思った。

 微妙に頭飾りからはみ出ているアホ毛と、ぷくーっと膨らませた頬を見ないことにすればの話だが。


「目の前で我が君を寝取られて黙っているのは、武人の名折れ。いざ尋常に勝負せよ! 無論閨でだぞ!」

「華燭の典……ってか、正式な室入りの儀礼がまだなんだけど、それはマズくないかな。一応俺も家名を背負ってるわけだし、ここは一つ穏便に、だね」


「我を舐めるな。飛将の娘は神速を尊ぶもの。くだらぬ手順などは些事として捨ておくのがよい。さあ、いざ戦場へ! 文遠、ついてまいれ!」

「ははっ!」

「ちょっとまてっ!」


「ん?」

「何か問題がありや?」


 なんで保護者同伴でベッドインするんだよ。

 いや、この時代に手続き無しで肉体関係を結ぶのは相当ヤベーことなんだが、それを置いても余りある暴挙よな。


「袁顕奕殿、何か某がいては問題があると仰せかな。お嬢様にやましいことをするわけではあるまいな」

「文遠、そう我が君を責めるな。男女の戦場は一騎打ちにて死合うと覚悟を決めておられるのだろう。貴様がいては横槍が入るのではないかと心配されているのではないだろうか」

「ふむ、なるほど」


 何一つ通じない感。

 こいつらの脳は常に何かと戦ってるんだろうか。張遼にガン見されながら初夜突入とか、確実にPTSD発症するぞ。


「まあ我が君の意を汲もうぞ。文遠、貴様は部屋の前で待機せよ。我が首を持ってくるまでな」

「御意」


 御意じゃねえから。

 どこの首を持っていくんだよ。

 そもそもだ。呂玲綺ちゃんは今から何をするのか、マジで分かってるんかな。

 分かっててこれなら、かなり素質あるよ。


「場は設えた。状況も良い。さあ、雌雄を決しようぞ」

「雌雄決まってるんだよなぁ……。ま、まあ、据え膳食わぬはとか偉い人も言ってたしな。じゃあ行くか……!」



 明兎にジト目をされ、マオに泣きべそをかかせながら、俺は今からオイタをするお部屋に入った。何の嫌味なのか、壁際には壺が並べられ、どこかに毒蛇が潜んでいるのかもしれないとの疑念を沸かせる。


「じゃ、じゃあ始めるか。不調法故痛がらせるかもしれんが、よろしく頼む」

「委細承知。我は如何なる艱難辛苦にも耐えて見せよう」

 

 まるでビスクドールのように整った顔をそっと撫で、頬に一つ口づけをした。

 びくりと体が震えるが、必死に手を握りしめて羞恥に耐えているように見受けられる。


「行くぞ」

「何処へ?」

「フッ、天国さ」


 室内気温を五十度は下げるような台詞を吐き、俺は呂玲綺の鎧を脱がそうと……脱がす……脱げ、脱げねえ!

 なんっだこれ、ガッチガチに締まってて、ギッチギチに留め金がはまってる。


「なんだ。我の鎧が邪魔なのか。それなら言えばよいものを」

「す、すまん。ちょっと鎧外してくれるかな」


 虚弱ポイントが爆上がりだが、無理なもんは無理だ。

 その証拠に、腕甲を外した途端、『ドゴッ』と音がして床にめり込んだ。

 君はサイヤ人か何かかな? そういう修行は昭和で既に途絶えたと思ったけどね。


「ふう、これでいいのだろう。さて、では何処へ向かうのか」

「君の秘密の花園へ、さ」

「そうか、庭か」


 もはやシベリア並みに零下の世界と化した部屋だが、俺は諦めない。

 そっと肩に手を当て、胸元で結わえてある紐をそっと解く。


「ひんっ」

「ぬ!?」


「ななななななななな、なにをするのだ! 服が脱げてしまうではないか!」

「や、だってなぁ……ああ、なるほど。呂家では着衣での遊戯が常識なのか」

「ちちちちちちがうっ。だって、だって、服を脱いだら、乳房が見えてしまうではないか! そんなのは恥ずかしい!」


 落ち着け袁煕。これは焦らしの一手かもしれない。

 ワンチャン素の可能性もあるが、流石に姫としての手ほどきは受けているだろう。

 故にここは押す!


「俺に任せてくれないか。できうる限りの気持ちを込める」

「そんなこと言って、我の乳房を見るつもりだな!」


 いや、乳房どころかあらゆるものを見て、呂玲綺見聞録を記す予定なんだが。

 三国時代の自称マルコ・ポーロはくじけない。


「身を任せてくれ。悪いようにはせぬ」

「顔が緩んでおるぞ! 第一、乳房は赤子のものであって、我が君には不要ではないか」

「むむむ……」


 根源たる問いを前に、戸惑ってしまう。


「第一赤子を授かるには、口づけだけで済むではないか。何故我が裸身を見せねばならぬ」


 ポクポクポク、チーン。

 大陸間航海士から、敬虔なる仏教徒にジョブチェンジ。

 悟り、ここに得たり。


「呂玲綺殿、その、ちなみに口づけした後はどうなるのだろうか。御父上から何か聞いてないだろうか」

「馬鹿にするでない! 互いに想い合う男女が口づけを交わせば、仙女が腹に子を運んできてくれるのだ。袁家の嫡男ともあろうおのこが、この程度の常識も知らぬか」

「あー……うん、そのレベル……なのね」


 意味不明なことを言うでない! とかプンスコ怒ってるが、もういい、分かった。

 所謂『キャベツ畑にコウノトリさんが運んできてくれる』論を、純真無垢に信じ切ってるんだね。

 

 心の中で、悪魔の袁煕と天使の袁煕が溜息をつく。

悪魔『お前、折角合法的にロリっ子食えるチャンスなのによ……どうすんだこれ』

天使『あなたはコンプライアンスを遵守しました。誇るべき事象です……多分』


 どうもこうもねーよ。

 大陸探しても見つかるかどうかわからん、天然記念物のような性知識の娘っ子に、夜の生徒指導なんぞ出来るか。


「ははは……いや、許せ。戯れだ。呂玲綺殿の御覚悟を知りたかったまで」

「ぬ、それは我の早合点であったか。斯様な深謀遠慮があったとは、露ほども気づかなかった。短慮な我を許してほしい」

「お気になされますな。さて、それでは」

「うむ、来るがよい」


 ひょっとこみたいに唇を突き出してくる、月下美人。

 天下無双の血縁は、少し残念な子だった。

 

 俺はそっと髪を梳き、呂玲綺の潤んだ唇と合わせた。

 涙が一滴、頬を流れてくるのに気づいたのは、離れて間もなくのこと。

 

 呂玲綺的には純潔を散らしたことになるのだろう。

 俺的には蛇の生殺しを味わってるのだがね。

 

「そ、その……だな。ど、どうしてもひちゅようなら、その……」

「ん、どうされた?」


「乳房を……吸ってみるか?」

 彼女はそっと胸をはだけ、俺の目には白い恋人Feat中華が飛び込んでくる。


▷YES

 はい

 Sir yes sir

 我吸引

 ypaaaaaa!!


「いいの……か。その、赤子用と仰っていたような……」

「ど、毒味だっ。将来赤子に何かあっては困るだろう!」

「で、では遠慮なく」


 それでは皆様、ご唱和下さい。

 おpp


「お嬢様、授乳中失礼します。文遠でございます」

「うむ、何事か」


 てめえええええええええええええええええええええええっ!!!!

 念波で人を殺せれば、どれほど素晴らしいことだろうか。誰か刺せ、この闖入者を刺せ!


拝見しておりましたが、火急の事態につき、ご容赦を」

「おい、今何て言った――」

「袁顕奕殿、貴殿の妹御が暴れているのだ。どうにかとりなしてもらいたい」


 顕甫ちゃん、お兄ちゃん悲しいぞ。

 目の前に新雪が積もった山があるのに、俺はアルピニストにすらなれないのか。

 

「家中の諍いを鎮めるは、嫡男の義務。我が君、後背は我に任せて往くがいい」

「え、いや、でも……」

「……またこんど、だ」

「ハイ」


 仕方がない。これも天命か。

 摘み取るには時期があり、季節が要り、時がある。

 目下喫緊の課題をクリアし、袁家に亀裂を生じさせないことこそが肝要だ。


 そう思ってたよ。

 御座所の床に寝っ転がって、手足をジタバタと動かしながら、べそかいてる顕甫ちゃんを見るまではね。


 どうすんだよこのカメムシ。

 一瞬腰の得物に手が伸びかけたが、我慢だ我慢。

 

「落ち着きなさい、顕甫ちゃん」

 俺は世にも奇妙な駄々っ子の姿を前に、震える声で問うてみた。

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