第96話 試されるのは、果たして誰なんだろうね

――袁煕

 静々と足音が近づいてくる。

 この小癪に障る大物感、気配だけで誰だかわかるわ。


「お呼びですかな、殿。この郭公則、御前に参りましたぞ」

「……うむ。実は先生に人物鑑定をしていただきたいと思いましてな。降った将が余りに多く、あまりに有能なのですよ。そこで一つ、と」

「はっはっは、左様でございましたか。この公則めは、目利きには自信がありまするぞ」


 まあ、うん。

 ある意味信じてるよ。なんせ、固有能力は『全言裏目』だしな。

 白と言えば黒。正義と言えば悪。巨乳と言えばパッド。

 天網恢恢疎にして漏らさずってワードもあるが、郭図の存在は中華史におけるダークマターなので、あまり気にしないで置くのが吉か。


「ふーむ、この者らでございますか。殿がお引き立てなさるのですから、是非とも忠義を示していただきたいですな――ややっ!?」

「如何しましたか、公則先生」


 郭図の顔が珍しく青ざめている。

 ぶよんと酒で弛んだ顎をガクガクと震わせ、不摂生な生活で出来た中年ニキビを弾ませながら、一歩二歩と後ずさっていく。


「殿、いけませぬ。こやつらはいけませぬぞ!」

「落ち着いてください先生。許先生、公則先生をおとめせよ」

「はっ、近衛兵、郭軍師をお諫めするのだ」


 小脇に抱えられ、郭図はいやいやをするように首を振っている。

 正直おっさんのむずがりなんぞキモすぎて見てられんのだが、場合が場合だからしゃーない。君が何を見たのか正直にお兄さんに話してご覧?


「こ、この娘! こやつからは毒の気配がしますぞ。きっと殿の朝餉夕餉に一服盛るに違いありませぬ!」

 すげえいいがかり。

 呂玲綺は小首を傾げていたのだが、意味が伝わったのか無言で方天戟を構えた。


「殺す。私の名誉に誓って夫に害意など抱かない。がるるるる」

「落ち着いてくだされ。公則先生はきっとわざと手厳しい意見を述べておられるのですよ。袁顕奕の正軍師ですから」


 一応、形だけはね。

 よし、呂玲綺は郭図センサーに引っかからなかった。毒殺云々ってことは、きっと何か医術の心得でもあるのだろうか。

 不吉なワードは幸運のフレーズ。郭図の言うことは信頼してるからね。


 念のために強力編集で見てみるか。郭図の言がどれだけプニキホームラン打ってるのか調査してみたい。


姓:呂 りょ

名:玲綺 れいき

字:未設定

年齢:15

相性:1 ⇒101


武力:87

統率:63

知力:22

政治:18

魅力:88


得意兵科:騎兵

得意兵法:突撃・一騎・錐行陣強化

固有戦法:医術・激励・罵声

固有性癖:愛情料理私の血肉を食べて


親愛武将:呂布 張遼 高順 袁煕 甄姫

犬猿武将:劉備 関羽 張飛 簡雍 郭図

特殊条項:一途 忠犬


 ……なんやこれ。

 郭図君さぁ、何をどうしたらここまで中身を間違えられるんだい。

 一部性癖が気になるところだが、きっと大丈夫。明日もいい天気だ。


「まあまあ、公則先生、次はこちらの武人をご紹介しましょう。彼は呂軍においても敵無く……」

「ひいいっ! こ、こやつはダメじゃっ! 敵意と怨念が渦巻いておりまするぞ。と、殿、はようお斬りなされ!」

「そう取り乱されないでください。近衛兵、もうちょいと〆てあげてください」


 首ねっこをキュっとされ、郭図は冷や汗をダラダラ流しながらも沈黙せざるを得なくなった。

 まあそこまで言うなら、張遼も見てみようかね。

 割とアバウトな内容だっただけに気になることこの上ない。


姓:張 ちょう

名:遼 りょう

字:文遠 ぶんえん

年齢:30

相性:25


武力:92

統率:95

知力:80

政治:56

魅力:81


得意兵科:騎兵

得意兵法:急襲・足止・牽制・鉄壁・突撃・全陣形強化・移動速度向上・逆境逆転

固有戦法:遼来

固有性癖:関羽愛好お兄ちゃんどいて、そいつ殺せない!


親愛武将:呂布 高順 袁煕(仮) 呂玲綺 陳宮 張虎

犬猿武将:郭図 

特殊条項:呂玲綺を守るために袁煕に降っている。彼を引き留めたいのであれば、主を守り抜け!


 なんで攻略情報チックになってるんですかね。

 マジでこの編集作ったやつはどれだけ無駄にデータ積んでるんだろうか。

 

 怨念、まあ、関羽に対する気持ちが先走ってて、ある意味正解だけどね。

 もっと呂布軍のメンツに対する思いがあるのかと思っていたのだが、そこは乱世の武人。必要な措置と割り切っているのだろう。

 ある意味このようなストイックな人材は信用できるかもしれない。


「最後にこちら、さるところよりお連れした謀士の先生ですが……」

 

 その前に、郭図が破裂した。

 びちびちびちっ。

「えっ? うわ、くさっ」


 こやつ、デカイの漏らしやがった。

 なんで言葉よりも先に実が出るんですかねぇ。いや、色々体調悪くなるようn思いをさせた俺も悪いけど、君一応袁煕軍の正規軍師だからね?

 

「……お連れせよ。そして今日はゆるりとお休みあれと」

「え、じ、自分がですか? しょ、承知いたし……ました……くさっ」

 すまん近衛。

 君の忠誠度が今、30くらい下がったのが分かるわ。けどこのままクソ軍師を放置しておくことは出来んじゃないか。

 所謂コラテラルダメージってやつだ。


 さ、さて、気を取り直して。

 賈詡センセーのステを見てみよう。

 思わず脱糞するような異常性でもあるんだろうか。


姓:賈 か

名:詡 く

字:文和 ぶんわ

年齢:52

相性:20


武力:48

統率:87

知力:97

政治:85

魅力:53


得意兵科:歩兵

得意兵法:火計 誘引 罠設置 看破

固有戦法:虚誘掩殺 

固有性癖:NTR殺しキレちまったよ……


親愛武将:張繍 袁煕(同じ匂いを感じる)

犬猿武将:曹丕曹丕曹丕曹丕曹丕曹丕――

特殊条項:脳破壊済み


 ……いや、そういう親近感持たれても困るわ。

 そうか、何があったのか知らんが、きっと史実の袁煕と同じ目にあったのだろう。

 犬猿武将の欄に『曹丕』が延々と綴られてるんだが、これ何個あんだろうね。

 ある意味純粋な殺意の塊に、初めて出会った気がするわ。


「さ、さてだ。色々と予定外の出来事があったのだが、気にしないでほしい。軍師殿はここまで強行軍で来られた故、体調不良であったのだろう」

「戦場ではよくあることです。糞尿にまみれ、命を削り合うのも軍師の勤め。この賈文和も覚悟しておりまする」

「寛大なお心で助かる。では改めて今後の方針について話そうか。我らの軍集団も大きくなった。それに貴殿らに付き従ってきた兵士たちも十分慰撫してもらいたい」


 言うて目の前で離反だからね。呂布軍残党だけで構成されてればいいけれど、曹操軍の兵士が混ざってたら危険だ。

 上手く説得してくれよ、という期待を込めて皆を見渡す。


「任されよ。この張文遠、必ずや『全兵』の意志を一つにまとめて進ぜよう」

「う、うん。お願いします」


 人、それを洗脳という。

 まあそれに近いことやってる部隊もあるしな。

 今更ながら、誤差の範囲じゃねって思う自分が悲しい。


 さて、だ。

 パッパが主攻に回る高唐港からの軍は、恐らく狙い撃ちされるって話だったな。

 常識的に考えて、正面からしか敵が来ないっていうのは無茶なシチュエーションよな。そら横撃されるケースもありけりってもんよ。


 誘い受けからの一転攻勢のエキスパートである賈詡がやめとけって言ってるんだ。これは流石に備えがあると考えるべきだろう。

 俺は新たに設営した幕舎に移動し、そこに主だった将を集める。

 ウンコ臭かったしな。


「では、諸将よ、曹操軍を撃退するための策を練ろう。それに上党に逃れた劉備への対応も考えたい」

「はっ!」


 拱手にて会議が始まる。

 採用したばっかりだが、賈詡に場の流れを投げてみよう。疑うわけじゃないが、まあ『ホンモノ』の軍師の采配を見てみたいんよな。


「では僭越ながら某がこの会議を取り仕切らせていただく。各々方、ゆめ粗略に軍略を語る莫れ」

 猛禽の目と言うのだろうか。

 肉食のケモノに出会ったときの様に、場はヒリついた空気に変わる。


「まずは某の発案から述べておこう。これをたたき台にするもよし、却下するもよし。指針を開示しておきたい」


 賈詡が述べた案。

 それは壮大なる虚誘掩殺であった。


「殿、糧秣の備蓄地点を敵陣に流しましょうぞ。来なければ良し。来れば死。この賈文和、河北を舞台にした壮大なる罠をお見せしましょう」

 

 ごくり、と喉が鳴る。

 良いのか、信じて。

 歴史の事実では、鳥巣を強襲されて袁紹軍は敗れ去った。

 今、その大いなる試練が目の前に圧し掛かって来た。この話、受けざるや否や。


「――袁家の兵糧庫は」


 俺は乱世を渡るには才覚が無いのかもしれない。

 しかし、人を信じることが出来なければ、俺の唱えた連邦制は露と消える。

 編集能力で賈文和をイジるのが一番安全なのはわかっている。だが俺自身の行いや人物像によって、他の者の信を得るのが正道ではなかろうか。


 甘い、甘すぎる。人は必ず裏切り争う生き物だ。

 いや、人を信じろ。理想を掲げて戦わずして、誰がついてくるのか。


 俺は――弱い男だ。


「強力編集――起動」

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