第95話 俺、実は策士だったんスよ…… なお()
――袁煕
先発した魏延が戻り、戦功を高らかに掲げている。
この時代の、ってか、ホンマモンの楽進の顔は知らないが、きっと本物なんだろう。竹竿から首を吊り下げ、まるで祭囃子のように踊りくる彼らは、きっとアッチの世界に行ってしまったに違いない。
「魏将軍、王副官、お疲れ様です」
「殿ォォォォオ!! 某が討ち取りましたぞぅっ!!」
大丈夫だ、耳栓はつけてある。魏延と喋ると数日耳がバカになるのは学習済みだ。
「将軍、任務大儀でした。しかし、一つだけ」
「はっ!! 次はどこの不埒者を討てばよろしいので!!」
現代人の感性からすると、首を見せびらかす文化にはなじめない。さりとて彼らのしきたりを軽視するのもいかがなものか。
けど、まあ。
「敵将の首を検分し、丁重に葬る。戦闘時の高揚感は理解するが、死した者にも敬意を払うべきだ」
「ッ!? こ、これは……確かに、某の落ち度でございました。敵将も主命を果たしたのみである故、無暗に晒すのは士大夫の道に外れまするな!」
「その通りだ。しかし猛将楽進を討ちし功績は大なり。戦後、重い恩賞を約束しよう」
「ありがたき幸せっ!!」
信賞必罰。
かの諸葛孔明も微細にこの点を重視したという。ならば俺が賢人に倣うのは必然と言えるだろう。だって俺頭悪いしな、その方が効率いいんよな。
見ると食事時にゲロ吐きそうになるが、首を検めるのも将の勤め。死ぬほどやりたくないが、まあ見るしかないか。
竹竿から降ろされた顔は、土気色をしており、苦悶の表情を浮かべていた。
胃の腑からせり上げるものをかみ殺し、俺は鷹揚に頷いて見せる。
「うむ、大丈夫だ。魏延将軍は楽進を討った。その功を記載せよ」
「はっ」
従軍記録官に命じ、戦功をしっかりと載せておく。三国志演義と違い、ここの魏延は非常に忠実で一途な男だ。ならばその思いに報いなければならないね。
「そろそろですぞ、殿」
許攸が北方を指さし、遠くに立ちこめる砂埃を示した。
そして東に指を移動させる。同じように、迫りくる軍勢の姿がそこにある。
「……趙子龍、殿の御前に。散らばりし敵の伏兵は全て排しました」
「顔良、殿の御前に。ご命令通り、白馬を放棄し馳せ参じました」
歴戦の勇将が目の前で傅く。劉備のバグで趙雲もいなくなるかと思ったが、俺の下に残ってくれたようだ。どうも劉備の存在に対して、疑念を抱かせたのが良かったのかもしれない。
「……して、殿。そちらのご夫人と偉丈夫は何者でございましょう」
「ああ、そうね。紹介しないといけないな」
なんて言おう。
呂布の残党とか、中国大陸全土で賞金首になっていてもおかしくない。下手したらここで一騎打ちが勃発するんじゃねえのかな。
「我が名は呂玲綺。天下無双を中華に示した、呂布の娘だ」
「……正気か、娘。かの暴威の名を継ぐということの意味を知っているのか」
「民草の怨嗟によって討たれるならば、それが天命。しかし、今の私は袁顕奕殿の妻である。主を変えるは乱世の宿命なれど、夫を支えぬ妻はいない。ご安心めされよ」
絶対零度の視線が俺に注がれる。
わかってるよ、そんな目で俺を見ないでくれ。
俺だってこの微妙に懐いて来た娘っ子の扱いに困ってんだからよ。
「呂玲綺殿の処遇は南皮に戻って以降考える。御父上にもご報告せねばならんしな」
「……お覚悟があれば、この趙子龍、口を差し挟むことは控えましょう。して、そちらの武人よ、名を伺いたい」
促されるまでもない、と言わんばかりに張遼は前に進み出る。
「拙者は張、名は遼。字を文遠と申す。呂玲綺お嬢様を守り、曹操軍に降った身だが、奇しき縁により袁家に身を寄せることになった。変節漢と罵られようが、生を止めることはない」
堂々たる名乗りである。
趙雲も顔良も何か言いたげであったが、口にはしないようだ。
恐らく『袁家を裏切る』可能性を示唆しているのだろうが、多分俺の舵取り……っつか、家内安全政策次第じゃないかな。
俺の腕にべったり絡みついてくる呂玲綺ちゃんを引きはがしつつ、取れぬ体裁を望んで声を発する。
「顔良将軍、白馬の仕上がりは如何に?」
「殿も案外隅に置けない……いえ、失礼しました。俺の出来ることは全部やりましたぜ。あとはきちんと計に乗ってくれるかどうかって感じっすわ」
「そうだな、あえて白馬を再び空にしたんだ。さぞや上陸したいだろうね」
白馬港には仕掛けを命じてある。
最低限度の補修をした――と見せかけて、要所には念入りに伏せてある油がたんまりとある。
守将が離れ、戦線がいっぱいいっぱいだと誤認させるのが狙いだ。
さぞや『兵士を集めるのに適した土地』に見えるだろう。
かの高名な韓信は背水の陣を敷き、敵兵を見事撃退したという。
俺は未来に学ぶ。ゲーム脳と言われようとも弁解できないが、白馬を空城の計として大炎上させる予定だ。
理由は二つある。
一つは、嫌な言い方だが、効率良く敵を殲滅できること。
大将軍級の輩が来てくれれば御の字だ。人材オールスターの曹操軍とガチンコ勝負とか、バッドエンド確定に近いからね。
二つ目は距離の問題。
端的に言うと、白馬港と官渡港は『近すぎる』
濮陽・陳留・洛陽。この三つの大都市から延々と兵士が送られてくるのだ。ならば最短ルートは真っ先にぶっ潰しておきたい。
理由は二つあると言ったな。あれは嘘だ。
三つめもあるんだな、これが。
平原から濮陽へ渡る港。微妙に戦域から離れている敵味方の盲点部分を突く。
その名は高唐港だ。
戦の全容、というより俺の描いた図面だが、こんな感じになる。
あくまで袁煕軍は『助攻』である。
魏延・顔良・趙雲・張遼・呂玲綺。これだけ脳筋軍団を集めているが、脳みそは郭図というお粗末さ。
敵の参謀が一人ならいいけど、曹操軍だからね、相手。うじゃうじゃいるんだよなぁ。なので高唐港から濮陽に雪崩れ込むのは、パッパの『主攻』――つまり袁家本隊である。
それまで俺は前線を荒らしまくり、敵の目を釘付けにしておくのが役目だよ。
だから、俺はこれから――
「――高唐……ですかな」
静まった空間に、声が通った。
なん……だと。
誰だ、今声を発したのは。俺は恐らく今、顔面ブルーレイになっているに違いない。しかしそんなことは些末な出来事だ。
「俺に何か言いたいことがあるのかな。構わないから前に出て発言をしてほしい」
その男はまさに影のような存在だった。ぬるり、と兵士の人垣から現れ、周囲と変わらぬ装いながらも異様な圧迫感を放っている。
「偽撃転殺の計ですな。孟徳公は既に学習済みかと」
「……深い見識をお持ちのようだ。貴殿の名を伺いたい」
「某はただの一兵士。将の盾となり、矢を防ぐだけの肉壁です」
「肉壁などと言わないでくれ。俺は貴殿の名を知りたいのだ」
「……賈詡、字を文和と。しがなき捨て駒です」
耳からサナダムシ出そう。
え、なんでこんなところに賈詡がおるん?
しかもバチクソ見破られてるし。
「賈文和殿。張繍殿をお支えしたその智謀、河北まで流れておりますよ。しかし何故兵卒の身なりを」
「強いて申し上げれば、主筋に逆らい、気分を害したからでしょうな。我が主は世継ぎの手綱を引くのが苦手なご様子」
意識高い系軍師の言いたいことは迂遠でわからねえ。
凡人の俺としては、何とか知力50くらいの会話をしたいんだが。
「曹操殿に、いや、ご親族に何かありましたか」
「我が妻を奪われ、抗議の声を挙げればこの通り前線行きです。斯様な沙汰は、この賈文和、到底容認出来るものではありません」
「……つまり?」
「某程度に見破られる主攻は、曹操軍の参謀にとって容易い相手でございましょう。ですがこの賈文和、全ての英知をもって相手を翻弄してみせましょう。袁顕奕様、この身をお抱えいただけないでしょうか」
「採用」
「えっ?」
「採用」
いやいやいや、あのさ、曹操君さぁ。
郭嘉に賈詡、張遼とか色々流出させすぎじゃね。
ワンチャン埋伏の毒であると考えたが、そこは判定出来る自信がある。
袁家のリトマス試験紙の出番だ。
「郭公則先生をお呼びしてくれ。賈詡殿と引き合わせたい」
「承知ッ!」
兵士が幕舎へと駆けて行く。
さて、郭図センサーはどのような判断を下すかな。
これでガチ降伏だったら、俺の軍が主攻になるパターンもありうる。
戦場は生き物だ。常に状況は変わり、人々は流れていく。
俺は大言壮語を吐いた身として、この戦は何としても征さなくてはいけない。
背中におぶさってきて、薄い胸を当ててくるれーちゃんを引きはがし、俺は渋面をつくって威厳を保つ。多分失敗してるけどね。
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