第88話 あなたの側へ

――袁煕


 延津の方角より伝令が走り込んできた。どうやら敵先鋒部隊である楽進を撃破し、拠点占領作戦へと移行したらしい。

 延津は巨大な港湾であり、巨大な城塞を持つ河北でも異端児と言える堅牢な場所だ。ここの十万の兵を集められれば、攻略に数年はかかるとも。


「流石に魏延の野戦部隊だけじゃ無理があるな……南皮と平原から送られてきた物資を使って攻城兵器を組むか」

 鄴都から発ち、白馬を落とした。そこからぐいーっと転進しての延津攻め。

 正直無理があるとは思っている。

 一度鄴に帰還し、兵士の交代をもって士気の維持に努めた方がいいとは思う。


「許先生、敵の反応はどうなるでしょうか」

「十中八九こちらの迎撃に来ますな。敵も機動部隊を保有しているのですから、攻勢に出るのは必定かと」

「ですよね……」


 状況を端的に述べると、こちらの先鋒が延津に取りついてるので、見捨てるわけにはいかんのよって感じだ。

 三国志で一、二を争うくらいに嫌われてる魏延。だが、俺は彼を信じている。

 単に相性の問題ではなかっただろうかって思ったのが原点だ。孔明先生は割と人を見る目が無い説が浮上してる。


「伝令!」

「お、南皮からか。物資が来たのかな?」

「先触れのご報告でございます。南皮より出撃された郭嘉様と『郭図』様が間もなく到着する由にございますれば」

「帰ってもろて」

「えっ?」

「いや、うん、了解だ。ご苦労様……」


 来ちゃった。

 ここ半年ほどウゼー面を見てなくて、胃が絶好調だったんだがねぇ。

 郭嘉の到着は嬉しい。これは文句ないっす。知力98はパねえからね。

 カレーの味がするカレーと、ウンコの味がするウンコが出された感じ。

 敵が迫ってるっちゅーに、マジでどうしてくれようか。


「行軍を緩めないようにしよう。先遣である魏延将軍への助力が第一だ。転戦して苦しいのは分かるが、ここが踏ん張りどころだぞ!」

「応ッ!」


 勇ましいね。

 練兵に練兵を重ねたせいか、それとも実戦経験が増えたためか。

 今や袁家の兵士たちは羅刹のような顔つきに変わっているよ。これならばどんな敵が襲ってきても撃退出来るに違いない。

 

「顕奕様、お耳に入れたいことが」

「許先生、いかがなされた?」


 どうみても悪党面の許攸が、神妙な顔つきで訥々と語る。

「こちらの斥候の帰還率が悪うございます。主に陰安……延津の真北に当たる地域に放った兵が全滅の憂き目にあっておりまする」

「俺たちの左翼方面から来る……か。些細なものでもいい、情報は何かないのか」

「既に息絶えましたが、一人の斥候が黒色の『呂』の旗を見たと……」


 えぇ……。

 ちょっと時代考証バグってないっすか。

 呂布は既に討たれたって聞いたけど、それってあなたの感想ですよね? っていうオチですかね。

 ちょっとこれはアカン。俺は非常に重要な二択を迫られた。

 このまま進軍し、郭嘉・クソバカの軍と統合、然る後に魏延の援軍に向かう。

 一方、魏延に退却命令を出し、鉄壁の布陣を敷いて敵の襲撃に備える。


 楽進を討って勢いがついている今が攻め時なのは重々承知だ。しかし、このまま本隊である俺らが撃滅されてしまっては、魏延が敵中に孤立する。到着する二軍師も各個撃破されてしまうだろう。


「……伝令を呼んでくれ。魏延将軍に撤退を命ずる。鄴都方面に向かい、敵の要撃を行うとしよう」

「殿、延津に曹操の本隊が向かっているとの噂もありまする。このまま攻め、黄河の藻屑にしてしまうという手もありますぞ」

「試さないでくれ、許先生。どうせ延津を取り返しても敵の本隊の上陸は防げないかもしれない。この戦いは長くなる。俺たちも仲間を集結させ、じっくりと挑むとしよう」

「ははは、殿らしいですな。某も同じ考えでございます。では早速伝令を送りましょうぞ」


 今更だが許攸は眉毛が無い。

 しかもデコが広く、三白眼のおっさんだ。

 こんなインテリヤクザが付き従ってるのが不思議でしょうがないが、なぜか俺といるとバフがかかるらしい。俺、生前何か変な縁でも出来ちまったのかな。


「後陣の張郃将軍にも、野戦防備の伝を出してくれ。それから趙雲と関羽にも出撃要請を出すと……あ、れ……」

 関羽。官渡の戦いのエースオブエース。看板破りの王者様よ。


「ねえ許先生。劉備ちゃんと関羽は今どこに?」

「え、殿が上党攻略の命を出したと伺っておりますが」

「マジかよ、え、この一大事に謀反起こすの……」


 どうも劉備は関羽と信者兵士を連れて、鄴の西部にある上党を攻略しに行ったらしい。確かにあそこは空白地だが、それはあえて空けてあるんよ。

 洛陽付近の猛津港から北上すれば、上党へ続く。しかして、道が大層険しく、大軍を動かすには不向きの地形だ。


「いっそ張燕が取れば、絶好のボコりポイントになると思ってたんだが……クソ、あのメスガキ、好き放題泳ぎやがって」

 最悪のケースを考えれば、劉備が上党で旗揚げ。張燕を吸収し、そのまま曹操に降る。これがガチでやべえパターンだ。


 袁尚ちゃんも晋陽攻略のために頑張ってくれてるが、基本スペックが俺と同じく底辺なので、あんまり捗ってないだろう。

 おのれ……ここで兵力を割かなければいけないのか。

 鄴には主だった将が不在だ。壺関に詰めるよう指示した高幹も、友軍であるはずの劉備は素通しするだろう。


「ご報告!」

「ぬ、なんぞ」

「二郭先生、ご到着でございます!」


 泣きっ面に蜂ってのはこういうことを指すのだろう。

 俺は今にも涙をこぼしそうだ。もう、精神状態がマトモでいられない気がする。


「殿! 郭公則、お側に参りましたぞ!!」

「ペッ」

「殿?」

「い、いや……よくぞ来てくれ……たよ。うん」


 唾棄すべきアホ面を引っさげて、我が袁煕部隊の正規軍師様がご到着あそばされた。殺すぞ。


「コホン、よくぞ遠くから駆けつけてくれた。袁顕奕、嬉しく思う」

「何をおっしゃいますか。この郭公則、殿と『一心同体』でありますれば」

 うん、いいね。

 俺の殺意ゲージがもりもり溜まっていくよ。これよこれ、この感覚、久しぶりだわ。血圧がブチ上がっていくのを強く感じるよ。


「二郭先生にご相談がありましてな、実は――」

「ふむふむ、それは一大事――」


 現状をかいつまんで説明したんだが、本当に事の重大さを理解してるかどうか怪しい。郭嘉は眉根を寄せて深く考え込んでいるが、郭図はアヘ顔に近い舐めたツラしてやがる。


「つまり殿、逃げた劉備を捕獲する必要がある、それも急務でってことッスね」

「うむ。本陣が手薄になるが、関羽に対抗するには張郃将軍か顔良将軍の力が要ると思う」

「了解ッス。ならば某がちくっと行って制圧してきましょうかね。あ、張郃将軍をお借りしたいッス」

「え、奉孝先生が行くの? 公則先生を置いて?」


 それ以外にあるんスか? って顔されたら頷くしかないんだよなぁ。


「閃きましたぞ!」

「黙ってろ!」

「いえ、拙者の案を聞いてくだされ。殿、ここは劉備めに上党をとらせてしまいましょうぞ。さすれば袁家の軍を総動員して、洛陽を直撃出来まする」

「……だからそれがヤベーっつってんだろうが。待て、ちょい待て……」


 郭図の言うことは全てが裏目だ。

 つまり劉備に上党をとらせてはいけない。

 そして、袁家の軍を上党に集めてはいけない。


 ん、あれ。

 これは裏を返せば、だよ。


「ちなみに公則先生、曹操軍が上党に入った場合はいかがお考えですか」

「非常に危険と存じますぞ。壺関では持ちこたえることができますまい。鄴都へ逆に直撃を受ける可能性が高いですな」

「非常に参考になった。ありがとう」


 曹操に上党をとらせる。劉備は縛り上げる。

 壺関が抜かれるっていう郭図の言葉はありがたいね。つまりは鉄壁ってことじゃん。もっと言えば鄴にも来ないってことだ。

 

「奉孝先生、すぐに出陣してください。今ならばまだ上党に入る前に抑えることが出来ましょう」

「そッスね。強行軍は体に堪えますが、殿から教わった健康法で風邪すら引きませんし。なんとかなるっしょ」


 俺は郭嘉が連れてきた軍を吸収し、比較的疲労の少ない部隊三千を抽出。そのまま西へ向かわせることにした。



――劉備

「ちょっろ、なにあの高幹とかいうヤツ。私の胸をじろじろ見て、ほんとキモ」

「姉者、声が大きゅうございますぞ。余計な火種を起こしてはなりませぬ」

「うんちょがそう言うなら、そうね。はぁ、ほんと山道とかだっる」

 

 僅かな手勢と共に行軍する劉備。移動速度は遅々としており、郭嘉の追撃に耐えきれぬはずであった。


◆システムエラー

 劉備玄徳のステータスに致命的なバグを検出。

 プロセスチェック……エラー。

 

 ウイルスを検知。

 南華老仙公式のウイルス駆除ソフトをご利用ください。



――

「では行くぞ。雲長」

「そうですな、

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