第74話 末期の水は美味しいか?
北平の戦いから半年が経過した。
南皮に居ると心なしか落ち着くよね。
なんせ自分が手を加えた都市ってのもあるが、快適さが断然他所と違う。
ローマ人は水洗便所に海綿でケツを拭いて過ごしたそうだが、厠一つとっても文明の発展度が大きい。
南皮の下水施設も大分整ってきたので、今までの豚に汚物を食わせるボットン形式を徐々に置き換えていく予定だ。
商業も順調に運んでいる。
令和のフリー素材として有名な、織田のノッブさんの手法をパクった。
即ち楽市楽座だ。
税金は取る前に与えなくてはいけない。
なので自由な商取引を推奨することにより、マクロの観点から経済効果にガソリンをぶち込むって寸法なんだが。
今一番頭を悩ませているのが、刑務所を作ろうかどうかってトコだ。
ジャパニーズスタンダードでは、一定以上の大罪を犯せば死刑なのは通じる。
だが、三国時代ではあまりに人命が軽すぎており、更に言えば、人口が少なすぎる。
中国は広大なので、氏族同士で結託するのはままあることだ。
だが、権力を持っている人間が裁かれないという状態は、非常に不健全である。
俺一代で完成するとは思っていないし、陳羣を筆頭に様々な法律案を思考錯誤してもらっているところだよ。
人は活かさなければ、人材――人財足り得ない。
証拠裁判主義とまではいかないが、民衆に支持される袁家でありたいね。
袁煕、袁煕でございます。
比例代表は袁家国民党へ!
なんてアホなことを想像していると、いつもの通り、バチコーンと扉が開く。
主従の立場を考えれば、マオにこの開け方を許すのは正しくない。
しかし、彼女の性格と火急の要件であることを一発で知ることができるため、そのまま放置しておいたのだ。
「け、顕奕様! ご注進、ご注進ですよ!」
「お、おう。今度はドコで問題が発生したんだ? 下水辺りが結構ホットスポットだからなぁ……」
「ほっと……? いえ、そうではございませんですよ! こちらの書状をご覧くださいまし!」
マオは薄い胸の谷間から書状を取ろうとしたのだが、すとんと服の下に落ちていったようだ。
以前、蘭が俺を揶揄うのに胸を強調して遊んでいたのを覚えていたのだろう。
だが悲しいかな。マオは平たい胸族だったのだ。
「くぅぅ……け、顕奕様、こちらですよ!」
「ははは、ありがとうマオ。さて、どれどれ……」
女性の胸には突っ込まない。
これ、乱世を生き残る鉄則ナリ。
青空に雲がかかる。
歌い飛んでいた鳥たちは木陰に隠れ、舞い散るこの葉は寒々しく地を舐める。
「ついに……来たか」
北平にいる袁紹パパンを経由して、俺の元に届いたのだろう。しっかりと袁家当主の印が押されている文書は、風雲急を告げる内容だった。
『曹操なる宦官の小倅の跋扈を、これ以上は許さず。また孔老先生の名を穢す孔融を討つは大儀なり。朝廷の威信を取り戻すにも、南伐の兵を起こし、逆賊を討つべし』
『皇族の血を引く劉玄徳の身柄は丁重に保護し、漢王朝の正当なる守護者は袁家であることを天下に知らしむべし』
『白馬には顔良、延津には文醜を先手とし、南部における優位を確保するべし』
頭がパーン!
なんだ、なぜこうなった。
これまで袁紹パパンは、割と楽天家だったが、決して無謀な挑戦をする人物ではないようにも思えていたのだ。
それが一転して郭図のような電撃戦を主張する――
あれ。
俺、そういえば郭図連れて帰ってきたっけか。
最近あのうぜぇ顔見てないなって思ってたが、あれ、マジであいつどこにいるんだ。おい、まさか……まさかだよな……。
確か史実では沮授が持久戦。田豊が電撃戦を撤回して持久戦。
しかして郭図は徹頭徹尾攻撃を主張したという。
このやり口……口車の乗せ方……。
間違いない。あのクソ野郎は今、北平にいやがる!
俺は急ぎ使者を選抜し、郭図を帰還させるべく早馬を飛ばした。
既にもう手遅れ状態だが、やらないよりマシと信じたい。
「クソ……完全なる俺の失態だ。あのクズ野郎、ツラ見かけたら煉瓦でぶん殴ってやる」
「け、顕奕様……その……御館様の御朱印がある書状を握られては……」
「む、すまぬ。ぞんざいに扱うのは無礼の極みだったな。忘れてくれ」
歴史の流れってのは、どうやっても変えられないのかね。
こまごまとした支流は出来ている感はあるが、本流はあくまでも不動なのか。
原因を探るのもいいだろう。
郭図の放蕩。劉備の帰属。袁紹の流され具合。
色々あるが、全て俺が防げたことかもしれないと思うと、地団太を踏みたくなる。
時は199年8月。
北平を平定し、内政も落ち着いていた。
事は全て順調に推移し、商業・農業も発展を遂げていたのだがね……。
前倒し気味に、事は大きく。そして深刻になっていった。
陳琳が君命を受け、各国の君主に檄文を飛ばした。こいつこれで何度目だよって言いたいが、もはやそんな状況じゃない。
『曹操討つべし』
要約し、端的に述べるとそういうことだ。
詩的な内容や皇室がうんぬんかんぬんは目に入ってない。それは些事だ。
何がやべーって、これで精強なる陸戦部隊を持つ曹操と完全に敵対関係になったってことよな。
最前線は鄴都南部にある白馬港・延津港付近。
南皮からは文醜が。鄴からは顔良がそれぞれ出陣していったそうだ。
対する曹操軍は、濮陽に兵を集めている。
細作を放っては見たものの、そのほとんどが帰ってこない。厳重すぎる警戒網を潜り抜け、命からがら帰ってきた者の報告を受けた。
先手大将は于禁。
副将に李典。
まあ、ここまではいい。
よくねえけど、いいってことにしないと精神病むからしゃーない。
随伴する将に……髭の大男……と。
レッドアラートが大音量で俺の頭に響いた気がする。
アカン。座して待っていれば、確実にえぐいことになるのは間違いない。
俺の世界の故事に曰く、司馬懿は反乱を起こした孟達を討つとき、行軍してから報告を出したという。
つまりは三国時代、先に軍を動かしちゃってもオッケーってことよな。
やるしかない。
俺の大切な仲間や、民、そして蘭と息子を守るため、苦労を惜しんでいられん。
「マオ、すぐに出陣する。手勢は即応部隊として待機している者たちでいい。とにかく速さが肝要だ」
「い、今からでございますか!? か、かしこまりですよ。関係各所に即時通達を出して参ります!」
瞬間移動のようにマオはすっと部屋から出ていった。
クソ、気が焦る。
確か現在の即応部隊は……畜生、あいつらか……。
「急なお召しと聞きまして、まかり越しましてございます」
拱手をして頭を垂れる男が一人。
その側には豪槍を離さぬ武人が一人。
「火急の用にて失礼仕る。我が手勢にご助力を願いたいのだが、よろしいだろうか」
「日頃の恩義に報いるときが来ましたな。よいのです、よいのです」
張郃と呂威璜は物資保管の重要拠点である鳥巣へと配置換えをされている。
文醜は既に出撃し、城を守るのは高覧と陳羣、そして高柔だ。
俺が手勢として連れていけるのは、陸遜・陸瑁。侍女のマオ。副軍師の郭嘉。
武力が圧倒的に足りてない。
嫌な予感はバリバリに立っているが、やるしかない。
「こちらこそお願いしますよ。玄徳公、趙子龍殿」
この腹黒貧乏神を自由に泳がせておくのは危険だ。
手元に置いておき、常に監視する必要がある。南皮を任せると、勝手に独立されそうだしな。
なあ、劉備クンよぅ。
顔がニヤけてんぞ。
思ってるだろうなぁ。すべては順調で、自分の思い通りって。
調子コイてっとこ悪ぃんだけど『イジ』らせてもらうわ。
顔良を一合で斬った?
文醜を瞬殺した?
ヒゲのおっさんと戦場を放棄して逃げ出す?
あんさんの未来予想図、俺が全部ぶっ壊してやんよ。
「心強いですな、玄徳公。ささ、こちらで茶でも――」
この日のための蓄財と課金よ。
地獄のどん底にぶち込んでやるから覚悟しろよ、劉備ィ!
「強力編集――起動」
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