第73話 大徳は幻想と見受けたり

 二頭立ての車が南皮の城内に入ってきたそうだ。

 大層なご入場だが、なんせ相手が相手だしな。ここでトチると歴史そのものがぶっ壊れてしまう可能性がある。


「劉備……玄徳か。ナマで見る機会があるとは、感慨もひとしおだなぁ」


 三国志プレイヤーでは知らない人はいない。

 中国における仁慈の塊であり、人徳を得る大事なキーパーソンだ。

 筵織りから皇帝にまで成りあがったというサクセスストーリーも、庶民に愛される英雄譚の一つなのだろう。


 一説によると耳は自分で見えるほど大きく、手は膝のあたりまで伸びているらしい。そこまでいくとどこかの地方妖怪感があるが、まあ盛りに盛っている逸話だろう。


「殿、玄徳公と側仕えの方がお見えになられました」

「ご苦労さん。それじゃあ早速会いに行くとしようか」

「……お気をつけください。何やらただならぬ気配を感じました故」

「……そうか。心しておくよ」


 従者の陸遜は、顔色を悪くしている。

 白磁のような肌を持っているのだが、この時は一層青白く見えた。


 若干の怯えを潜ませつつも、俺はくだんの劉備の元へ向かう。

 いきなり襲われることはないと思うが、念のため呂威璜を同席させることにした。


 香が焚きしめられ、室内の清掃は行き届いている。

 調度品も成金趣味を抑え、落ち着きのあるようにと指示をだしておいた。それが奏功したのか、非常にリラックスできる空間を演出出来たと思う。


 扉を開け、足を踏み入れた俺は、一人の柔和な人物と対面することになる。

 ――こいつが、劉備玄徳か。


 福耳ではあるが、バケモンみたいに長いわけではない。それに手足はすらっとしていてカッコいい。たくわえられたヒゲも丁寧に切りそろえられており、品の良さを醸し出していた。


「お初にお目にかかります。私は劉、名を備。字を玄徳と名乗るものでございます。此度は袁家のご嫡男様にお会いできて、幸福を噛み締めておりまする」


 落ち着いた所作での拱手。そして一礼。

 衣冠は乱れず、堂々とした立ち居振る舞いだ。


「ご丁寧に挨拶いただき痛み入ります。私は袁家の第二子、袁顕奕と申します。かの高名な玄徳公とまみえ、緊張で言葉が思いつきません」

「ははは、よいのです、よいのです。私は筵織りの成り上がりものでございますので、貴人の前で粗相をしないかどうか戦々恐々としておりますよ」


 これっぽっちも瑕疵がない。

 礼儀作法は板についているし、人を安心させる笑顔を持っている。

 話せば話すほど、もっと続きを……と気になるぐらい懐深いものを感じさせていた。


「おお、ご紹介いたしましょう。こちらにいるのは趙雲、字を子龍と言います。先の戦では不幸にも矛を交えましたが、今はこうして私と共に乱世を終わらせる誓いを立てた次第でしてな」

「……趙子龍でござる。兵家の常とはいえ、袁家に楯突いたこの身をお許し願いたい」

「……左様でしたか」


 いきなりぶっこんでくるね、こいつら。

 劉備が言いたいのは三つ。

 一つは、自分は袁家に役立つ人物なので、このまま陣営に入れてくれということ。

 二つは、趙雲が目を光らせているから、余計なことはするなよということ。

 三つは、色々と水に流し、仲良くやろうぜ、という押し。


 会話の主導権を握られている。

 彼は慇懃だが無礼ではない。そして要求はしっかり言下に匂わせてくる。

 そして袁家が得る利益も換算しているのだ。


「この度、逆賊・曹操に追われ、中原から逃れてきました。生き恥を晒しておりますが、漢朝復興のためにも是非袁家のご助力を願いたい次第です」

「なるほど。しかし我が軍は公孫瓚との激戦にて疲弊しております。ここで新たな戦が起きますと、河北の人々が大きな難を受けましょう」


 多少はハッタリもかましてみるか。

 実は本隊は丸々無傷で残っているし、なんなら袁譚の治める平原と、袁尚の治める邯鄲の軍もある。

 兵力と物資、そっして技術力から、まともに戦っても曹操に対抗できる程度には整っていると思うのだが。


「ははは、左様でございましたか。しかし大いなる皇帝が治める国があれば、天下泰平の屋根の下で、民衆も安楽に過ごすことが出来ましょう」

「そうなると、実に良いとは思いますが――」

「なので、今が踏ん張りどころです。一時の情に流されて大局を見誤ると、乱世は長く続き、大陸は衰えていってしまいますから」


 こいつは……なにを……?


「生き別れになった義兄弟を呼び寄せることができれば、曹操軍との戦いに合力し、粉骨砕身で働きましょう。どうか、この玄徳めを幕下に加えていただけませぬか」

「……一つお伺いしたい。玄徳公は曹操殿と覇を争っておいででしたな。河北で袁家の庇護に入るということは、それ即ち曹操との対決を意味します」

「然り。かの梟雄とは同じ天を仰げぬと判断します」


 兵が足りないから、袁家を使うって魂胆かい、このオッサン。

 言ってることは綺麗事なんだが、やってることはパラサイトなんだよなぁ。

 それに河北の民は今まさに発展の兆しを見せている最中だ。無駄な争いごとで希望の灯を消してしまうのはいただけない。


「酷なことをおたずねするが、玄徳公、貴方を曹操殿に送りつければ、河北は安泰ではないのですかな」

「はっはっは、よいのです、よいのです。その手段も大いにあるでしょうな。ですが一つだけ欠点がございます」

「勉強のためにもお教えいただけますかな」

「ええ。私を孟徳殿のもとに送ってしまうと、将来袁家の禍根になりましょう」


 具体的に言え。こいつは何を考えてるんだ。


「私が孟徳殿のところへ行くと、きっと関羽や張飛、そしてこの趙雲が一つの旗に参集することになりますな。それでは袁家の気苦労も絶えないかと思う次第ですが」

「……そういうことですか」


 袁家に寄りては兵を借り、曹家に寄りては身を売ると。

 この野郎、とんだ詐欺師じゃねえか。

 大きな勢力に、武勇優れる人材を集めて確固たる土台を築く。そして主だった人物を引き抜き、戦争を焚きつけては鎮火させずに逃げていく。


 強力編集だ。

 こいつだけは見ておかなくてはならん。

 俺の中の赤ランプがめっさ点灯してるんだわ。


『強力編集を起動します。ジャーン! ジャーン!』

 相変わらずうるせえ! いいからそういうの。ちょっと今ピキってるんだから、あんまり煽るような真似せんでおくれ。


『主様、そこは触ったら駄目ですぅ♪』

『この命……貴方様に捧げます』

『三国乙女大戦、百花繚乱。来年度リリース! 君主として、恋と国を萌えさせよ』


 飛ばせないコマーシャルやめーや。

 こういうの課金しないと消せないんかね。


 よし、終わったな。じゃあ劉備をチェックだ。


姓:劉

名:備

字:玄徳


年齢:37

相性:75――「¥:「@・※($%#$


武力:73

統率:76

知力:74

政治:78

魅力:999


得意兵科:歩兵

得意兵法:斉射 鶴翼陣 賊徒特効

固有戦法:脱兎 超運 情報隠蔽 寄生 武将懐柔 登用

固有性癖:興味なし

個性:ヤドリギの星は、相手を腐らせる


親愛武将:関羽 張飛 趙雲 公孫瓚 盧植 徐庶 諸葛亮 田豫

犬猿武将:蔡瑁 袁煕


※一部ステータス情報が改竄されています。

お手数ですが、nankarousenn.comまで、お問い合わせメールを送付してください。


 ……なんじゃこれ。


 やべーくらいに危険人物じゃねーか。

 こいつを仲間に引き入れたお姉ちゃんもいかがなものかと思うが、来ちまったもんはしょうがない。

 戦死させると歴史がどう転ぶかもわからんし、さりとて放置するわけにもいかん。

 有能な武将をガンガン引き抜かれては、袁家そのものが瓦解してしまう。


 こいつは目の届く範囲に置かなくてはダメだ。

 下手にどこかに知行地を与え、そこで拠点を作られると反袁紹勢力が出来上がってしまうだろう。


「……すまぬ。少々霞目でしてな。このところ移動が多かったもので」

「よいのです、よいのです。人間体調を崩すときも御座いますから。不調の時にお会いくださりまして、感謝感激です。この良縁を胸に刻み、袁家のお力になれるよう努力してまいりますぞ」


「ああ、そうあってほしい」

「ええ、そうしますとも」


 分かるかな。

 言葉を交わして、「ああ、こいつ嫌いだわ」って思う感覚。

 天下の大徳像がガラガラと音を立てて崩れていくわ。


 曹操に送れば、奴に付く、か。

 天秤にかけられるのは好きじゃない。まあ、乱世は好き嫌いで過ごせるほど安楽でもねーんだが、こればっかりはな。


 劉備玄徳。

 今まではのらりくらりと泳いで来れただろうが、そうはいかん。

 お前の目の前にいる男は、神仙からチートを授かった稀人だぞ。


 通常は不断の努力をすることで仲間の信頼を得ようとした俺だが、もう看過できん。借り物の力だが、時至れば、地獄すら生ぬるいステータスとデバフを付けてやるからな。

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