第二部 198年 北平平定 VS公孫瓚

第56話 易京への険路

 198年 冬 易京城砦より数里 袁煕軍陣地


 郭図の差配というか、逆神効果によって、農作物は空前の大収穫を迎えることができた。

 おかげで住民たちは冬備えが十分にでき、軍用の糧秣も堆く積まれる結果になったのである。

 万物の法則に逆らうかの如き荒業だったが、終わりよければすべてヨシ! とも言う。公孫瓚討伐に際し、大きなアドバンテージとなるはずだ。


 報告書を目にして、重畳なりと戦場の帷幕で頷く。

 事が起きたのは、俺がマオの入れてくれたほうじ茶を啜りながら、申し訳程度に生えているヒゲをいじっていた時だった。


「急報、急報にございます!」

 帷幕の前で伝令と思しき者が、執戟郎と押し問答しているように聞こえる。


「マオ、出てくれるか」

「合点承知でございますよ!」


 当初、全ての来客は自分で出迎えようとしていた俺だったが、それは貴人の振る舞いではないと各方面から叱られ、どっしりと腰を落ち着けて対応するクセをつけるようになった。


 それが戦場であるならば、用心しすぎるに越したことはない。


「何事でございますか、ここはですよ! 戦場で女人に会われるのですか!」

「ご無礼万死に値しまする。しかして、こちらも火急の件にありますれば、何卒ご寛恕賜りたく……。それに符号を確認しましたので、こちらで間違ってはおりませぬ」


「構わんよ。マオ、ありがとう。通してくれ」

「――大丈夫のようですね。それではどうぞ」


 こっわ。

 ねえ知ってるかい。最近の侍女さんはすれ違いざまに武装のチェックが出来るんですよ。奥さん、ご存知でした?


 でもアレか。

 マオはまぁ、一応新武将の扱いだし、チート蔓延る強力編集の産物であると思えば、異能の一つや二つあっても不思議ではない。

 けど最近は蘭の連れてきた侍女の明兎も似たようなことやってたね。


 この中華世界は、びっくりスキルを持っている人間が多すぎるんよなぁ。


「殿、ご報告申し上げます」

「うん、頼む」


「斥候部隊、壊滅――袁春卿様……討ち死にとのことで……」

「なん……だと……」


 眩暈がする。今にもへたり込みそうになるが、自分をどうにか叱咤し、文机に捕まることで己を律する。


「確か春卿殿には、北平攻略前に、残った住民の避難を任せていたと記憶しているが……」

「生き残った者の証言によりますれば、騎兵のみで構成された部隊がつむじ風のように浸透し、各地の村々を襲撃している由にございます」


 殴られそうになったら、先に刺して来るパターンか。

 流石北方の雄。勝負どころの勘働きは強いな。


 しかし、袁春卿が……まだ年若く、よく懐いてくれていた……。

 落ち着け、俺。

 これは戦争だ。ゲームでも映画でも、アニメでもない。

 戦えば人は死ぬ。それがどんなに身近な人物であろうとも、特別な身分であっても、死ぬときはアッサリと逝くものだ。


「して、敵軍のその後や如何に」

「はっ、手当たり次第に物資を略奪しては、易京城砦方面へと撤退していった模様でございます。殿、お下知を」


 そうだ。

 俺はもう、自分の手を血で染めたことがあるじゃないか。

 怖気づくな。怯懦に打ち勝て。かたき討ちをせねばならん時だ。


「月は満ちた。本隊に先駆けて、易京城砦周辺にいる公孫兵を駆逐する。城砦を攻める必要は『まだ』無い。通るべき道を掃き清めるぞ」

「はっ、お言葉しかと」


 伝令兵は休むことなく、同僚たちに俺の命令を告げに行った。

 やっちまったぜ。

 歴史の流れ故仕方がないと言い訳することもできる。だが、これから起きる本格的な激突は、間違いなく俺の決断によるものだ。

 

「各陣地の諸将を集めよ。軍略家を呼べ。この一戦、天に帰りし袁春卿への手向けとするのだ!」


 袁家 公孫瓚討伐軍 前衛部隊。


総大将:袁煕

副将:張郃

随軍武将:文醜・高覧・魏延

斥候統括:袁春卿(戦死)


南皮守将:呂威璜

輜重隊統括:陳羣


筆頭軍師:郭図

副軍師:郭嘉

参謀:許攸・高柔・陳琳


従士:陸遜・陸瑁

侍女:鈴猫


新兵器:鐙・天灯・組み立て型トレビュシェット

出撃兵力:五万 

南皮守備兵:一万


 白馬陣。

 それは熟練した騎兵による一撃離脱戦法で、不安定な馬上でも巧みに槍や弓を操る。特に馬上からの弓掛けは、北方鮮卑族や烏丸族から伝授されたとも言われており、中原や河北には無い兵法である。


 要はアレだ。

 超スピードで突っ込んできて、弓とか槍とかでチクチクしては逃げていくっていう、クッソイラつく戦い方よな。

 そんな煽り運転みたいな真似をされたら、ドラレコ公開どころの騒ぎじゃない。

 河北の警察としては、直接的な武力行使によって取り締まるしかねえわけで。


「さて、騎兵を多く擁する公孫瓚は守備に徹する可能性が少ないでしょう。前面に歩兵を展開し、左右両翼からの騎兵攻撃が主軸になるかと推測されます」

 まず考えを開陳したのは許攸だった。

 良く言えば積極的。悪く言えば空気読まず。

 

 しかし議論を動かす場において、彼はとてつもなく有用な人材だった。


「某も許攸センセーの考えに同意ッスね。まあ、多少の兵士の配置換えはあるでしょうが、騎兵でとどめを刺しにくるのは確定みてーなもんッスよ」

 郭嘉が言うならば間違いないか。

 古くはカンネーの戦い。そしてザマの決戦。

 伝説の名将、ハンニバルとスキピオが敷いた陣が、河北でも展開されるらしい。


「臣めはその論は間違いと思いまするぞ」

「ほう……その内容と理由を聞こう」

 聞きたくないけどな!


「この公則めが思いまするに、敵は籠城を選択することでしょう。迫りくる袁の威光に対し、兵士たちの統率を執るはは困難。故に、正面から正々堂々と歩み寄れば、おのずと城門は開かれましょう」


 …………。

 にやり、と郭図は笑みを浮かべ、目をつむる。

 いや、この沈黙は論破した空気じゃねえからな?

 こいつヤベエってみんなが思ってるんやぞ。


 陸兄弟だけは目を輝かせていたが、大丈夫ですかね。

 早くこいつの特性に気づいてほしいのだが、恋は盲目ならぬ、学徒は従順というところなのだろう。

 郭図先生しゅごい! で脳死してはイカンよ。


「ふむ、諸先生方の案を聞き、この袁顕奕、一つの判断を下すことにする」

「おお、して、如何なる?」

 口から言葉が漏れるのが早い許攸は、いち早く食いついてきた。

 もう彼に代弁させて、議論を強引に決めちまってもいいかな。


「公孫瓚は野戦にて勝負を仕掛けてくる。我が軍は正面に文醜、魏延。左翼に高覧、右翼に張郃を配し、我らも同じ陣形にて挑む」

 おお、とどよめきが帷幕を震わせる。


 技術の流出や、間者の懸念はある。

 だが一兵でも多く生かすためには、積極的に使用していくのが俺の決断だった。


「三日後に出撃とする。各々よ、油断すること莫れ」

 拱手で諸将が一斉に傅く。

 

 ここからが本番だ。

 一気呵成とは行かないだろうが、易京周辺は俺が平定して見せる。

 大鉈を振るうときは、苛烈に、そして効率的にだ。


 行くぞ、公孫瓚!

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