第57話 史実通りには行かない。うっせー! 知ってるよ!

 敵軍、あえてそう呼ぼう。

 今までの賊徒とは異なり、拠点となる都市で訓練を施された軍団だ。

 確かに騎馬に傾倒する戦法を好むかもしれないが、それは戦いの本質ではない。


 明確に勢力として版図を広げ、河北を平定しようとする意図と用意があるのだ。

 面積上は袁家の方が広く、そして深く河北に浸透している。だが、総大将たる袁紹が討たれれば、一気に形成は傾くだろう。


「全軍停止の命を出す。伝令は各兵団の長に補給と休息の指示を届けよ」

「はっ!」


 斥候の報告によれば、公孫瓚は郭嘉・許攸の読み通りに、場外へと出撃をしてきた模様だ。

 易京に籠られるとめんどくさかったのだが、両軍のガチンコ激突という博打要素が出来てしまったので、悔いのない采配を執らねばならない。


「白馬陣……か」

「気圧され召されませぬよう。既に一度は破った陣形故、簡単に同じ陣形で攻め込みはせぬでしょう」


 討ち死にした袁春卿に代わり、近衛に任じたのは陸遜・陸瑁兄弟だ。

 まだ軍を率いたことがないので、俺の側近兼知恵袋として居てもらうことにしている。


 実際に近衛を統括するのは許攸である。

 ゲーム的価値観からすると、必ず裏切る輩として有名なのだが、他に人材も少ない。それになぜか俺と行動すると、許攸のステータスにバフがかかる仕様になっている。


 激突までもう数時間もないだろう。

 軍師勢と練った策と共に、味方を信じて行動するのみだ。

 それにはきちんと休息をとらせ、万全の態勢で事に臨むのが良い。


 ふと、袁春卿のことを思う。

 影が薄い部類の人間ではあったが、それは俺も人のことは言えない。

 決死の覚悟で防衛に徹し、俺の元まで敵を近づけはせいないという信念を感じていた。自分の使命を全うし、最善の結果をもたらす。そのためには傷つくことすら厭わない。


 たまに薄暗い倉庫で、自己棒を握っている場面を見たが、そこは男同士の仲だ。

 誰にも言いやしない。


 歴史のズレは、とうとう本格的に影響を現し始めたのかもしれん。

 まあ、袁譚・袁尚が女性になった時点でお察しなのだが、本来あるべき世界線から逸脱した地球史になりそうだ。


 このまま仕掛けが効き、公孫瓚を撃退できるのか。

 いつの間にか降り始めた細雪に震えつつも、俺は白い雲の下で、眼前にはまだ映らない敵の軍を睨みつけた。


「越よ、準備はよいな?」

「兄上は心配性でございますな。白馬陣を擁する以上、最後に笑うは我ら公孫ですよ」


 公孫越。

 史実では袁紹に和睦の使者として赴き、その帰りに暗殺された公孫瓚の実弟だ。

 令和ジャパンの人間が知っている世界史から外れたことにより、彼は一軍の将としてこうして易京の前に立っている。


「兄上はどうぞ城砦にて堅守なさいませ。聞き及ぶところによれば、袁家の子せがれが前曲の大将とのこと。惰弱にして暗愚な輩だとか……。率いられる将兵が哀れでございましょう」

「うむ。憎き本初めの首を取るまでは、馬を走らせ続けなくてはならん。袁家の……たしか袁煕とかいう小僧だったな。一気呵成に踏みつぶして参れ」

「ご命令、忠実に実行してご覧にいれましょう。後背は兄上にお任せいたしますぞ」


 出立前の激励が終わり、野戦軍団の大将を仰せつかった公孫越が帰陣する。

 袁煕……とな。くだらぬ。歯牙にもかける価値のない凡人よ。

 公孫越は鼻息を一つ吹き、舞い散る粉雪を追い散らした。


「越様、お帰りなさいませ。出撃の容易は万事整ってございます」

「おう、今戻った。兄上からは一息に揉み潰せとの訓を頂いてな。我らが操る神速の機動をもって、敵を蹂躙しに行くぞ」

「おお、その通りでございます。小細工無しの平地戦において、我ら公孫の行く手を遮るものなど、土くれも同然」


 そうだそうだ、と諸将も目を輝かせる。意気軒高とはまさにこのことを指すのだろう。公孫越は北方の大地にて鍛えられた弓馬の技術に、心底信頼を置いている。


「行くぞ、皆の者。我ら『白馬義従』が誇る怒涛の進撃にて、都で安楽に過ごしていた弱兵たちに恐怖を刻むのだ」

「応ッ!」


 公孫瓚軍 野戦部隊


大将:公孫越

副将:公孫範・公孫続

随軍武将:田豫・趙雲

随軍軍師:関靖

抽出兵力:二万


 山間いが白い化粧を施され、吐く息も、木々も全てが単色に染まりつつある。

 軍馬の足を止めるほどのぬかるみには至らず、騎馬にての行軍は全く問題がない。


 雪花の咲く中、二人の男が轡を共にしながら語り合っていた。


「なあ子龍。この戦、どう見る?」

「私に国運の顛末を占わせたいのか? それは一武将の行うべき事柄ではない」

「相変わらず固ぇな。まあ、言わぬが花ってこともあるしな。俺が軽率だったよ」

「……理解してくれればそれでよい」


 ただなぁ、と田豫は呟く。

「俺の字、知ってるだろ?」

「…………承知の上だ。今は余計なことを考えるな、『国譲』」

「そうだな。それじゃあ俺は右翼に戻るぜ。じゃあな!」


 困った奴だ、と趙雲は嘆息する。

 君命に付き従い、戦場にて戦果をあげる。それこそが武士の生きる道だ。

 他の感情など無用。ただ只管に敵を屠ればよい。


「……国譲か」

 田豫にはこの先の結末が見えているに違いない。

 そして全く同じことを趙雲も想像してしまっている。


「たわけたことを」

 己の心に芽生えた毒草の芽を摘み取り、趙雲は公孫範率いる左翼へと馬を返す。

 我が槍に賭けて、袁家を討つ。

 これは公孫瓚麾下にある以上、絶対の掟だ。


 兄の喪に服すため、帰郷の意を示したが、公孫瓚は首を縦に振らなかった。

 客将という身分ではあるものの、既に莫大な財貨と恩を受けていたため、趙雲としても道を譲らざるを得ない。


「我が槍に……賭けて……か」

 磨いてきた技術。研ぎ澄ました心。身に宿る炎。

 行き場のない問いかけに、趙雲はただ雪空を見上げるばかりであった。


「公孫の旗を確認いたしました。その数、およそ二万!」

「ついに……か。クソ、震えが止まらん。なっさけねぇな、俺は」


 伝令に一々ビビッてたが、もういい加減慣れてもいいころだ。

 そう思ってたら敵が来ちゃった系男子。

 もうちょっと余裕をおくれよと思うのだが、騎兵は待ってくれないだろう。


「さて、亡き麹義将軍の考案された『対白馬陣』の構えでいくか。まあよほどのアホじゃない限り、既に対策はされてんだろうけどな」


 俺は軍略にはまだ疎い。故に定石を打つ。

 個々の将の質は、圧倒的にこちらが上だし、新兵器もある。

 

 激突まで残り数分。

 これ以上先延ばしには出来ない。


「軍師殿をここに。特別に任務を与えると伝えてほしい」

「ハッ!」


 陸兄弟は顔をぱぁっと光らせるが、俺がやろうとしてることは割とゲスなことである。

 題して『郭図が邪魔だったら、敵に郭図をあげちゃえばいいじゃない』作戦。

 すまん、フランス人。

 革命でも何でも起こしていいから、今だけ拝借させてくれ。


「ほっほっほ、お待たせいたしましたぞ、殿」

 ニヤケ面の男は、厚ぼったい唇を嬉しそうにゆがめて現れた。

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