SSなる書物群
第51話 SS 鈴猫の暗躍
時は後漢末期。
かの名族袁家は嫡男、袁煕に仕える二名の影がいた。
鈴猫は袁煕の腹心中の腹心であり、彼の生活をトータルサポートする女房役的な存在でもあった。
朝は起床時から側に控え、衣服の気付けや衣冠を正すのも彼女の役目だ。
そんなマオの最も大切な任務は護衛である。
袁煕は気づいていないが、公孫瓚・張燕の陣営から多くの刺客が送られてきている。闇夜で蠢く賊どもを見つけては、駆除していくのがマオに課せられた使命でもあるのだった。
とある夜。
白の漢服に文官の冠を着けた人物が袁煕のもとを訊ねようとしていた。
公共事業が乱立し、クラッシュ&ビルドが目覚ましい南皮なので、夜中に急報が来ることは珍しくない。
袁煕の眠る部屋へと続く回廊にて、執戟郎相手に問答をしている男がある。
「下水工事にて火急のご報告で御座います。新規立ち上げを行っている村にて問題が発生しました由ゆえ、御目通りを願いたく」
「ふむ、拙者の独断では判断いたしかねるので、少々お待ちあれ」
執戟郎二人のうち、一名が扉の前から離れて去っていく。
「夜のお役目ご苦労様ですぞ。殿がご就寝されているので、勘気に触れぬか冷や汗が流れますな」
「ははは、殿はそのように狭量ではありませんよ」
無難な会話が続くが、この文官は公孫瓚からの刺客である。
易京城砦に近い南皮に詰める袁煕を、ことのほか危険視しているのが公孫瓚だ。
可能であれば戦力を減らし、文武両官の忠誠を解くのが目的である。
「御目通りの許可が出ました。どうぞこちらへ」
「それはありがたい。問題は早く解決せねば大きな損失になりますからな」
刺客が控えの間に進むと、そこには一人の侍女が佇んでいた。
「夜分お疲れ様でございますよ。顕奕様はただいまご準備をされておりますので、お茶をたてさせていただきました。どうぞゆるりとお待ちくださいませですよ」
「これは助かりますぞ。急いで参りました故、喉がカラカラでしてな」
ややぬるめのお茶を胃に流し込み、刺客は一息いれて気力を充填させる。
一突き。
懐に忍ばせた毒刃でかすり傷一つ負わせれば、彼の任務は達成である。
「それはそうと、政務官様。お荷物がおありのようですので、猫がお預かりいたしますですよ」
「いや……この書類は直接殿にお見せしなくてはならないものでしてな。失礼だが一介の侍女に渡せるようなものでは――」
そこまで言いかけ、ぐらりと刺客の視界が揺らぐ。
ぐにゃり、と空間が歪み、足元が覚束なくなってきた。
「ややや、これは一体……」
「ご気分がすぐれないのでございましたら、そちらの椅子をお使いくださいませ」
言葉に誘導されるがまま、くらくらと刺客は勧められた椅子にへたり込む。
猛烈な眠気と酩酊感に惑わされ、身体を深く沈みこませる。
「さて、猫の質問に答えてもらいたいのですよ」
「は……い……」
勝手に口が開く。望んでもいない言葉が紡がれ、気が付けば刺客は己の目的を洗いざらい喋っていたのだった。
「正直なご回答感謝でございますよ。それでは懐のものを床に捨てて、猫の後についてくるですよ」
「うぐ……は……い」
苦し気に呻きつつも、何かに操られたかのように命令に従ってしまう。
のっそりと立ち上がった長身の刺客は、ずれた冠を気にすることなくマオの後ろに続く。
――それが刺客としての役目が終わる、最後の行動だった。
◇
「ふぃ、今日もお掃除完了でございますね。顕奕様に近寄る羽虫は、一匹残らず猫が捕らえるですよ」
濡れた手ぬぐいで返り血を拭きながら、マオは大きくあくびを一つ。
「明兎ちゃんから頂いた、甄姫様特製の毒。便利極まりないです。か弱い猫としては助かりますね」
袁煕が聞けば噴飯ものの独り言だが、マオは自分がごく一般的な侍女であると信じて疑っていない。
ちなみに袁煕の武力を大きく上回る、80台の数値を叩き出しているのだが。
相手が河北の二枚看板であったり、五虎将軍であったりしなければ、十分に渡り合える能力である。
「さ、マオはもう寝るですよ。夜更かしすると顕奕様に叱られます」
不思議なことに、マオは怪しい人物が近づくと自動的に起床するようになっていたのだ。
その彼女が眠気を訴えるということは、今夜の襲撃はもう無いということだろう。
もそもそと寝台に転がり、マオはそっと目を閉じる。
「顕奕しゃま……猫はもっと頑張りましゅよ……」
幼き頃、人買いに捕まっていたマオを買い取ったのが袁家である。
あてがわれた袁家の嫡男は、惰弱にして虚弱。マオは身の危険を感じることなく成長していくことができた。
恐ろしく低姿勢であり、卑屈なまでに謙虚。
そんな危うい主君に、マオは己の居場所を見つけたのだった。
そこに袁煕の覚醒が起きる。
マオの心は毬のようにはずみ、落涙するほどの歓喜を覚えたのであった。
『この人に仕えていて良かった』
今のマオはとても充実している。
発展していく世界。進化する町に見惚れ、マオは未来がとても美しくなるのだろうと信じていた。
――なので汚れ仕事の一つや二つ、マオにとってはこなして然るべき業務であった。
愉快に鼻提灯を浮かべている袁煕は、今日も動体センサー並みの感度を持つ侍女に守られ、夢の世界に落ちている。
まあ、夢の中でも袁煕は必死にハンコマシーンになっているのだが。
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