第46話 ほぼイキかけました

 紙飛行機の持つ浮力や揚力にご執心の郭嘉なのだが、俺はまだ本気を出していないんだぜ。

 未来技術はどんな可能性をも内包している。今からそれを実証してみせよう。


「奉孝殿、検証されるのもよろしいのですが、こちらも中々に面白いですよ」

「…………殿、これ以上に何かあるんスか?」


「マオ、例のものをここへ持ってきてくれ」

「かしこまりでございますよ!」


 マオは拱手で礼を取り、俺たちの前から一度辞す。猫が股下をするりと抜けていくような走りだった。

 鈴の音が響きそうなその様に、俺は頬が緩むのを自覚したようである。


 少しの時間が空き、しげしげと紙飛行機を手にしていた郭嘉のもとに、次なる爆弾が届けられた。


「ふぃ、お待たせでございますよ、顕奕様!」

「早かったね。ありがとう、ご苦労様だ」


 頭を撫でてあげたかったが、マオの髪飾りがずれてしまいそうだったので、ぐっとこらえることにした。それに撫でポはもう流行ってないしね。


「奉孝殿、こちらをご覧ください」

「もう何が来ても驚きやしませんよ。でもすっげえ気になるッスね」

 郭嘉を再び庭園の中に誘い、とあるブツをセッティングした。

 

 それは竹の骨組みを薄い紙で覆った、提灯のような物体だ。

 袁家でもあちこちに行燈が置かれているので、そうそう珍しいものではない。


 空いている口を上向きにすれば行燈。だが逆にしたらどうなるか問題よ。

 熱は揚力を発生させる。適切な高さの炎にあおられたどうなるのか見てほしい。


「奉孝殿の思考模索の一助になれば幸いですが、それっ」

 俺は中の蝋燭に火をつけ、そっと地面に紙の球体を置いた。

 

 ふわり、という状態に対して適切な擬音なのか迷うところだが、それ以外に形容しようがないからしゃーない。

 熱気球プロトタイプ・バージョン1.0は無事に中空へと昇っていくのであった。


 あんぐりと口を開けていた郭嘉は、瘧のように体を震わせる。そして一足で掴みかかってきたよ。


「と、殿! あれ、あれが、あの!」

「落ち着いてください、奉孝殿。もはや言語になっておりませぬぞ」


 水代わりに差し出した冷茶をぐびりと嚥下し、郭嘉はめっちゃ早口で喋り始める。


「なんという慧眼か。炎はモノを浮かせる力があるという偉大な発見、殿は間違いなく後世の歴史家に高く評価されることでしょう。それにしてもこの物品――戦略的な価値が計り知れないものがあるッスね……例えばもっと巨大にしてみるとどうなるか……」


 自分で見せといていうのもなんだが、落ち着いてくれ。

 でもまあ、戦に転用されるってのは想定の範囲内だからOKだ。

 圧巻の知力98が気づかないわけねえしな。


「ご賢察の通り、これは形を大きくして使用することを前提としております」

「これは……戦が変わるッスね……これまで平面的に扱ってきた情報が立体的になっていく……ッスね」


 歩兵、騎兵、槍兵、盾兵、弓兵、攻城兵器。

 そのどれもが正面を向き合って戦うことを前提としている。

 若干攻撃機動が異なる兵科もあるが、それらが強いのは頭上から攻撃できるという点に尽きる。


「殿、まさかこれ、人が乗って動かすことが……?」

「そのつもりで考えているよ。敵の大軍を俯瞰する天空の瞳。そして頭上から降り注ぐ防御不能の攻撃は、我が袁家の大きな力になることでしょう」

「は、ははは……こいつは傑作だ。まったくもって傑作ッスね! で、いつッスか? いつその本命のでけえ船を作るんですかね!」


 郭嘉の知識欲はすさまじいものがあるね。農場送りにした軍師にも見習ってほしいとこだよ。

 いや、見習われると困るか。


「秘密裡に完成させ、時期が来たら奉孝殿とのお約束を果たさせていただきましょう」

「ああ、もどかしいッスね。だったらこれ、この――なんでしたっけ、名前」


 それが気球だと郭嘉に伝える。

 キキュウ、キキュウと何度もリフレインし、その存在を脳に焼き付けているようにも見えた。


 俺はプロトタイプを郭嘉に手渡し、研究にGOサインを出しておいた。

 彼はまるで玩具を手にした子供のようだったのは言うまでもないよな。


 ちなみに中国における気球の源泉は、かの有名な諸葛孔明の手によるものであったそうだ。

 司馬懿の軍に囲まれた孔明は、味方に援軍要請をするために『天灯』と名付けた熱気球を使用して合図を送ったという。


――

 郭嘉との約束を一歩進めたとして、俺は再び政務に戻ることにした。

 政務関係の人物が詰めているエリアはマジでやばい。

 わかるかな、徹夜明けの独特の澱んだ空気。それよ。


 連日頭壊れる量で文書が運び込まれてくるので、もう文官さんたちは煉獄の針の山登山真っ最中の面構えになっとる。

 突っ込むか、花火の中に。


「け、顕奕様がお戻りになられたぞ!」

「こちらの……こちらの文に決済を……」

「竹簡はもう嫌だ! 放せ、拙者は自分の部屋に帰るぞ!」


 亡者が手を伸ばして来る。

 払いのけたい気持ちをかみ殺しつつ、俺は静かに鎮座することにした。

 途端にうずたかく積まれる書類と竹簡の山。


「顕奕様、これらが終わらなければ本日分が滞ってしまいまする。早急にご決済くださいませ!」

「う、うむ。任せよ」


 よろしい、戦争だ。

 鉄風雷火ならぬ、墨汁乱舞を見せつけてやろう。


 無論その日の夜、全身に走る倦怠感から逃れることは出来なかった。

 

――

「体だっる、マジで早く寝よう……もう脳がトロトロだよぅ……」

 幼児退行しつつも、俺は適当に服を脱ぎ散らして寝所へと向かった。


 そこには透けるほど青い薄絹で編まれた夜着の人物が。

 唇にはしっかりと紅をさし、薄暗い灯の中でもはっきりとわかるほどの白玉の肌。


「お待ちしておりましたわ、顕奕様」

「う、うん……あの、何でここに?」

「野暮なことをお聞きになられますのね。それとも妻の口から全てをつまびらかにさせたいのでしょうか」


 ころころと笑い、甄姫はそっと俺に近づく。

「ふふ、お疲れでござましょう。どうぞ今宵はこの蘭めに全身を委ねてくださいまし」


 うちのカミさん、めっちゃいい匂い。

 クチナシのようでもあり、熟れた果実のようでもある。とにもかくにも、一部分を元気にさせる効能があるように感じられた。


「あら、硬くなっておられますね」

「そ、そんなことないやい」

「お肩のことをお話ししているのですが……ふふふ、この調子ですと、やや子の期待はしてもよろしゅうございますね」


 そ、そうね。

 毒蛇プレイとかいう過激な行動に出なければ、まあ、うん。大丈夫だと思うよ。


「それでは顕奕様、ゆっくり五十を数えてからお越しくださいな」

「わかった。そうしよう」


 ようこそ、夜の暴君。

 さよなら、明日のスタミナさん。


 明かりがないと傾国の美女が良く見えないとも思ったが、それはそれでいい。ある程度のミステリアスな部分があれば、より魅力的に感じることだろう。


「数えた……ぞ」

「お待ちしておりましたわ、顕奕様……今宵も蘭を極楽へお連れ下さいまし」


 一つだけ言っておくことがある。

 この時代、性知識は良家両家の子女であれば仕込まれていることだ。いわばコモンセンスに近い概念だともいえる。

 

 だが、そこで王者を譲らないのが我らクールジャパンだ。

 様々な体形で、様々な絡み方を表現する才能を持っている自分に気づいたんだよね。令和スタンダードは三国時代の異端児であり、風雲児でもある。


 結論として述べれば、俺のエロ知識をフル活用することにより、夫婦仲はより円満になっているということだ。


「こ……こんな……辱めを……わたくしにっ!」

「はっはっは、もう逃げられないぞ!」


 本日は貴き身分の姫君を、下卑た山賊が手籠めにするというシチュエーションだった。ある意味別料金取られそうなオプションもついていたが、今日も袁煕ファミリーは元気です。


 そして、マッスルドッキングの結果は優勝という形で奏功することになった。

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